ランドへの誘い
「はじめまして、水・グネルです。」
暗闇からふっと現れた声の主は私と同じくらいの大きさで、碧い瞳の異国人だった。
「あの…どなたですか。私が見えるんですか。」
「はい。同胞ですから。名はグネル、と申します。」
相手がすでに名乗っているのに頓珍漢な質問になってしまった。
「あ、すみません。私は三井 咲です。」
「樹なのですか!ついに、お会いできたのですね!光栄です。」
グネルが私に跪いて首を垂れる。
「そんな、やめて下さい。苗字は三井ですが、どなたかと勘違いされていると思います。」
グネルは跪いたまま、口元を少しだけ上げると確信を持ったように話す。
「天界にいらっしゃいますよね。御自覚されたと思いますが、人間には我々の存在は見えませんのでここにいても、辛いだけかと思います。」
人から見えない存在って私はオバケにでもなったんだろうか。でもグネルも私も足はある…
「…ランドというところに行くかどうか、今決めないとダメですか。他に選択肢はないんですか。」
イエスかはいしか答えがない選択肢に、他を求めるがグネルは無表情のまま首を振る。
しばらく訴えたが、グネルが呆れたように返事もしなくなった。
「分かりました…」
全然分からない。納得もしていない。でもそう言うしかない。
その言葉を待ってましたとばかりにグネルが半ば強引に私を板上の何かに乗せる。するとすごい勢いで上昇を始めた。
うわあああっっっっっっっっっっっ
窓の隙間から飛び出すとそのままどんよりとした昼間の空を駆け抜ける。
高所恐怖症なので恐怖で棒にしがみついて悲鳴を上げ続ける。
「あの、もう少し静かにお願いできませんか。」
うるさいのは分かるけど、怖いものは怖い。
雨が降ってきて全身びっしょりになり、捕まっている手に力が入らなくなる。ドーンとぶつかる鈍い音と振動が響く。手が滑って棒から離れそうになる。
「お、落ちるーーー!!死ぬぅ!!!もうだめー!!」
「あの、すみません。」
「誰かぁ!」
「あの、天界に着きましたよ。」
「え、あ、そうですか。」
降りようとしても手足が震えて上手く動けない。
「すみません…手伝ってもらっても良いですか。上手く歩けなくなってしまって。」
何かふんわりしたものを突き抜けるとグネルに引っ張られるように前に進む。
「樹の枝が当たっても突っ切ってください。」
「はい。」
注意を受けたが、水が髪から滴って前がよく見えない。幸い通ったところがよかったのか枝にぶつかることもなく前に進むと大通りに出た。
そのままグネルについて行くと大きな家に着いた。びっしょり濡れているけれどこのまま入っても良いのだろうか、気になって頭に触れると髪から滴り落ちる雫がすーっと乾くのに気付いて驚く。
「ああ、水の力もあるのですね。二つも力があるなんて素晴らしい。」
「すー?」
「私と同じです。」
「水…グネルさんはどんな事が出来るのですか。」
「私の力は…水の位置がわかるだけです。例えば、雨の日が分かったり、地下水の位置が分かったりするだけです。大したことはないのです…。」
「すごい力だと思います。雨が降るのが分かるなんてノーベル賞ものですよ。」
「ノーベル賞が何か分からないですが、こんな力を褒めていただいてとても嬉しいです。貴方で二人目です。何か食べますか、ずっと食べていないでしょう。」
疲れていたのでご飯をいただくとすぐに寝てしまった。
「眩しい…」
朝日で目が覚めた。
深呼吸をしてから立ち上がり、部屋のドアを開けると靴を履いて昨夜ご飯を食べた部屋を見渡した。
部屋にはご飯を食べた机とは別の石の机がもう一つあって、実験器具のようなものが並んでいた。
何を実験しているのだろうか。それ以外は家具もない殺風景な部屋に、全く合わないカラフルな花の鉢植えが窓際に置いてあるのが目に入った。
今は小さなダリアのような赤い花が咲いていて、隣の蕾はオレンジ色に見える。そして他の色の花も花の色が分かるくらい色づいた蕾が付いている。
「とても不思議な花…」
今 赤 時間
どこからか澄んだ声がした。誰?誰なの?
ようこそ 咲
「誰?どこにいるの?何で私を知っているの?」
ここ
目の前
目の前と言われても、花しかない。
「おはよう。いらっしゃい。」
グネルとも、澄んだ声とも違う声が後ろからしてびっくりして飛び上がる。
「私は、土・ギトラレール、博士と呼ばれている。」
「…はじめまして。三井 咲です。お邪魔してます。」
「気分はどうかね。」
「正直、何が起こったのかまだよく分からなくて…」
そう答えると博士が一瞬顔を顰めたように見えたが、私を憐れむような笑顔で椅子に座るよう私を促した。
博士は、私以外に誰かいるような素振りは見せない。空耳だったのか、それとも本物のオバケ?
「朝飯を食べるかい?」
「ありがとうございます。」
博士は頷くと何かを作り始める。物を作るのに慣れた手つきを見て、きっと実験器具は彼のものなのだろうと察した。
博士が料理をする間、洗面所を教えてもらって顔を洗う。初めて鏡に映った今の自分の顔を見て驚く。元の顔に近いけどパーツが整って美人になっていて思わず顔がニヤける。
漆黒に近い瞳はよく見ると深い碧色をしている。髪も深海のような深い紺色だ。よく見ると体型も出るとこ出て、スタイル良くなっている。鏡に映った自分に見惚れているとご飯はすぐに用意されてグネルが起きてくる。
「あの、ここは天界なんですよね。この後私はどうしたら良いのでしょうか。もう地上には戻れないんですよね。」
不安に耐えかねて質問する。
「君は…よく見ると水なのだね。では、アンセを呼んで家に案内させよう。」
「なぜ私が水だと分かったのですか。」
「水の一族の瞳は透き通るような碧色なのだよ。君の目は一見黒いが、よく見ると碧いのが分かる。」
「お迎えに来ました。」
しばらくすると玄関から抑揚のない男の人の声がする。
「おお、早かったね。咲くん、アンセだ。これから君の家に案内してくれる。アンセ、こちら三井 咲くんだ。」
アンセという人も無表情だがイケメンだ。ここはみんなイケメン揃いなのか?
「樹ですか。」
私の名前を聞いて少しだけ表情が変わる。
「三井です。ミーではないです。」
「…水…の方ですね。」
私の目をじっと見るとアンセと呼ばれた男の人は興味なさそうに頷いている。
「博士、家にご案内してもよろしいのでしょうか。」
「そうだな、今回も違うようなのであとはよろしく頼むよ。咲くん、大変だと思うがこれから新しい生活を楽しめるよう健闘を祈る。」
「ありがとうございます。お世話になりました。」
そのまま家を出てアンセの後をついていく。
「今日来たのか。ご愁傷様。家まで案内するからついてこいよ。」
ご愁傷様って…そんな不安になるような言葉をかけなくても…ここ以外行く場所もないのに。
大体さっきの丁寧な言葉使いはどこにいったのだ。体格の良いイケメンだからって騙されないからね…
アンセは指輪をじゃらじゃらつけていて、服装はよれよれしたTシャツにダボついたパンツでなんとなくチャラい感じを受ける。
アンセについて行くと歩道橋のような階段があって、その途中の踊り場から人が空に飛び込んだ。
「あ、危ない!!!」
驚いているのは私だけで、空中に飛び出した人ではなく私に注目が集まる。え、私?
「これは風通路と言って風の力で移動する乗り物なんだよ。」
アンセは迷惑そうな顔で教えてくれる。
何もないように見えたが透明な筒状のものが道に沿って続いていた。それでも高所恐怖症の私には怖い。
「早く乗るぞ。…エスカレーターみたいなものだから一度乗ればタイミングが分かるようになる。」
アンセが私の背中に手を回して軽く推すが、足が進まない。行くぞ、と今度は強く押されて抵抗できずに筒の中に踏み出すと足が取られて倒れそうになってアンセが支えてくれる。
「ありがとうございます。乗るのに勇気と技術が要る乗り物ですね。」
「早く慣れろよ。もたついていると周りがケガするからな。」
「…どれくらい乗るのですか。」
「そうだな、ここからだと色半分くらいかな。」
「色半分?とはどれくらいでしょうか。」
「今、赤だから橙になるまでの半分くらいの時間かな。」
「橙とか、赤とか、何なんですか。」
私が聞きたいのは時間で色の話じゃない。
「朝、空が色づく頃が赤で橙・黄・緑・青・藍・紫となる。真っ暗な時間は特に呼び名はない。」
「…カラフルな時計なんですね。」
「時計草は確かにカラフルだな。」
時計草、カラフル…ああ!博士の家の花は時計草と言うのか。なるほど。部屋に馴染まなくても時計は必需品ではある。ちょっとだけ謎が解けて嬉しくなる。
「…そういえば、私、これからの生活費どうしよう。」
不意に不安になってきた。ここで何をしよう。なんだか常識が違いすぎて今までやってきた事は役には立たなそうだ。
「仕事はちょっとスクエアで散策して何するか考えてみれば。」
スクエアって場所でぶらぶらしたらすぐ仕事が見つかるようなところなのだろうか。
「分かりました…」
「そろそろ終点だ。行くぞ、せいの!」
風通路を降りると目の前には石造りで真ん中がアーチ状にくり抜かれた建物が立っていた。幅広い凱旋門みたいだと思った。
「素敵な建物ですね。」
「ここは専門店が色々入っている。ここをくぐり抜けるとスクエアがあって昼は出店が沢山並んでいる。誰でも店を出せるから空いている場所を見つけて商売を始めることができる。しばらく食い繋ぐのにはちょうど良いはずだ。」
簡単そうに言うが、商売なんてやったこともない。
「正面は樹の館、右は病院、左は日用品も取り扱う食品店だ。俺たちの家は西の風通路の端にあるから乗り換えるぞ。」
「あの、もう少しここを歩いてみたいのですが。」
「あとでもう一度戻って来たらいい。このあと俺も用事がある。」
「すみません、そうですよね。」
それなら後で一人で来よう。今の説明では覚えきれなかった。
乗り換えた風通路の三駅目が私たちの目的地だった。
「ここが今日から君の家だよ。」
石造りの平屋の一軒家で小さな庭もある可愛い家だった。入り口までに砂利が敷いてあって歩くとジャリジャリ音がする。ドアを開くと大きめのこれまた石のテーブルが真ん中にあって右手奥にキッチン、左手はちょっと床が上がっていて別の部屋のドアが付いている。その奥が洗面所になっていた。
「この部屋は靴を履いたまま使って、左の部屋に入る時は靴は脱いでな。」
アンセは入り口に立ったまま口だけで説明する。
「全て石造りなんですね。」
「まあな。」
玄関のドアに寄りかかって面倒臭そうにアンセが話す。素材として良いのかもしれないが、家全体が冷たい感じがする。
「木があったと思うのですが、家具とかには使わないのですか?」
「樹々を切ったら生きて行けないぞ。嫌われて仕事も難しくなる。」
「木って偉いんですか。」
「…偉いっていうか、天界の主みたいなもんだから天界そのものを敵に回すことになる。」
「天界って何なんですか。この場所のことかと思っていましたけど、違うんですか。」
一瞬の間があって私をじっと見ながらアンセが答える。
「間違ってはいない。この場所の事だけど天界には意思みたいなものがあってそれに俺らはその手の中なのさ。その意思を大いなる力って呼んでる奴らもいる。」
アンセは一瞬私を警戒しているように見えた。




