お散歩での出会い
「鍵ってどうなってんだ?」
外に出ようとして気付いた。どこかにあるかも知れないと机やキッチンのカウンターを確認する。無いな。どうするかな。そういえばアンセが自分家の冷蔵庫開けて良いって言っていたけど鍵ないから入れないんじゃない?
このまま家にいても何もないし、庭くらい見てみよう。再び出口に向かいドアを開ける。わ、眩しい。空がキラキラと輝いている。庭の端には可愛い色とりどりの花が咲いていて昨夜の雨水が葉っぱや花で光っている。
「きれいだね、キラキラ光ってるよ。これからよろしくお願いします。」
誰もいない庭で挨拶をする。何事も最初の挨拶は肝心だからね。アンセの話の通りならどこにいるのか分からない大いなるチカラにご挨拶は必要だ。
ようこそ 天界に
どこからか返事がした。そう言えば昨日も博士の家で同じ様な声がした。透き通る様な頭に語りかけてくる声。博士が驚かせたと言っていたけどあの透き通る声は博士でなかったと思う。
「あなたは誰?どこにいるの?」
ここ あなたの目の前 きれいね 嬉しい
え?きれいねって言ったのは庭の花に対してだけど…
わたしたちは 貴方 知ってる
え?私は知らないけど?誰?
わたしたち 天界と生まれ 魂 育むもの
大いなるチカラってことかな?
「姿を見せていただいても?」
ふふふ 目の前 いる
「え、あなたが話しかけてくれてるの?」
今度は目の前の花に向かって話しかける。花が風で揺れる、そうだよ、と言っている様に見えた。
クノー 呼んでる 案内する
くのう??誰?案内ってどうするの?もしあの花だとして動けないと思うのだけど、ここでは何でもアリとか?
南行く
西
そのまま
声がして道筋を示すのでその声の通りに進む。南進むと右手に小道があったので曲がって直進する。すると細い遊歩道に突き当たったが直進することは出来ない。
左右を見渡して見るどっちに行けばいいのか。キョロキョロしていると何人かのんびり散歩している人が通り過ぎる。しばらくすると誰も通らなくなった。
こっち こっち
え?突き当たりだと思っていたところに道が出来ていく。よく見ると足元の草が道を開けてくれている。ここの植物って動けるの?
早く 早く 今のうち
よくわからないけど速足で歩く。歩く先にすっと道が出来るのでそれに沿って進む。途中水流の少ない水たまりの様な川を爪先で渡り、木の間を抜け進んでいくと前方から光が一番差し込んでくる。少し開けた場所に出たところで道が途絶えた。目の前には大きな大木が三本立っている。橅木の様に樹皮はまだら模様で天に向かって枝が大きく広がっている。ハートの様な濃い緑色の葉っぱがびっしりと茂っていて木の下は木陰が出来ている。これからどうしたら良いんだろうか。木を見上げていると上からまた違う透き通る声が聞こえてきた。
よく来ましたね 咲 何も知らされずにここに呼ばれて 大変だったでしょう 貴方に 知恵を授けようと思って 呼んだのです
私がクノーです
どうやら目の前の大木がクノーと言うらしい。ちょっとお母さんみたいな威厳のある話し方と声がする。
「はじめまして。あの、ここの植物はみんな話せて動けるのでしょうか。」
生きとし生けるもの みな必要に応じて成すべき事を成すのです
「私は何故ここに呼ばれたのですか。私は樹なのですか。」
貴方にはあなたの 役割があります でも正直私達にも 貴方が何者なのか分からないのです
「どうしたら、良いのですか。私の役割って何なのでしょうか。」
まだ分かりません でも貴方には 与えらるべき知恵が与えられていません それでは 成すべきことも出来ないでしょう 私の知恵を授けます こちらに
言われて木に近づくと大玉スイカくらいの大きさの濃い紫の実を付けた枝が私の手のひらに実を落とす。ずっしりと重い。これが知恵?果物に見えるけど。
これを毎日食べなさい 多めに与えたのでこれを他にも分け与えなさい 今は混沌としている 少しでも助けになる様 考えなさい
「誰に分け与えたら良いのですか。」
貴方には分かるはずです わたしたちは 道を示すだけ 全ては貴方達の手に
「あなた達って他にも誰か協力してくれる方がいるのですか」
貴方は1人ではない ここに生きるもの 全ては貴方と共にあり 共同体です
本来はここの成り立ちから全て 貴方に授けられるはずでした でも何かのチカラが働き 何も渡す事が出来ぬまま 貴方はここに来てしまいました
私から全てを話すことは出来ません しかし自分で真理を見つける事が出来たなら わたしたちは否定しません
「分からないけど、分かりました。何が出来るのか考えます。あと、その、突然で申し訳ないのですがハグしてもらえませんか?」
見返りもなく心配して声を掛けてくれる優しさに甘えたい気持ちになる。
ハグ とはなんですか
その答えを体現する。両手を木の幹に手を回す。大きなこの体にこうして私は抱きしめてもらうのだ。木の温もりと湿った森の香りがする。ふうと深呼吸を繰り返し体にこのエネルギーを行き渡らせる。どこにいてもこの森の温もりは同じで安心する。こうして私を心配し与えてくれる人がここにいる。感謝と安堵の気持ちが溢れてくる。
落ち着きましたか
「クノーのお陰で少し落ち着きました。ありがとうございます。」
「また来てもいいですか。今度は、その、ただのおしゃべりに来てもいいですか。私、今友達居なくて、別に何か教えてくれなくてもいいんです。もし嫌なら会話しなくてもいいです。どうでもいい話や悩みを話しにここに来てもいいですか。」
もちろん でも他の人にここを教えない事 それだけ守ってください