表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天界での死に方  作者: 土成 のかげ
1/193

人として最後の日

「あーいい温泉だったね」同僚の柑と凛と1泊2日で行った旅行の帰りにお土産屋さんで試食をしながらもうすぐ終わる旅の終わりを偲んだ。

「咲はさ、今日この後帰ったら仕事でしょ?本社(ミラノ)に上司がいると大変だね。休みも違うし。」

「まあね、(アメリカ)よりはマシかな。会議も夕方に終わるし。」

「あ!見て!このゼリーかわいい!中のビーズが光ってキレイ。机に飾っておきたい。しばらく旅の余韻に浸れるかも。」

「これも美味しそうだよ、試食出来るみたい。」

思いつくままに取り留めもない話をしながら色々と物色する。目の前には地元のパティスリーが作ったお菓子、コンフィチュール、ギモーブなどが並んでいる。サルナシ、サンザシ、自然の珍しい素材を使っていてデコレーションもとても独創的だ。可愛くしてもらった素材も、それを食べた人の体も幸せにするステキな仕事、ちょっと憧れる。 


別に今の仕事に不満があるわけでは無いし恵まれていると思う。こうして休みに出かける仲間がいて、海外とほどほどに刺激のある仕事をして、あっという間に時が経っていく。だけど、自分の中で少しずつ埋まらない何かが大きくなって,その穴が私を引き込もうとしてくる。その力が大きくなって呑み込まれそうになると助けを求めて林や森、庭園など、自然を感じられる場所に避難する。そうするとその穴が少しずつ小さくなって満たされていく気がするからだ。うまく説明出来ない心の穴が満たされるのをひたすらにそこで風に吹かれて待つ。心の穴はなくならないけれど、しばらくすると通常運転に戻っていく。


今回はそんな旅に2人を誘って湖畔のグランピングをして来た。有機野菜たっぷりの朝食、湖面がキラキラと光る静かな湖畔、優しい午後の光に葉っぱが揺れて今の季節を喜んでいるように見える白樺の木。ザワザワしていた心が凪いで自分の中の穴が優しく埋められてきた帰りだ。


「これ見て、カワイイ瓶に入っているコンフィチュール。カリンの実を使っているんだって。カリンって何だろ?洋梨と言うかリンゴみたいな絵がかいてあるけど。」


「カリンって果実酒のイメージだけど食べられるんだね。」  


「飲兵衛発言出ちゃったよ!」


私達は、飲み仲間でもある。昼は人並みに頑張って仕事で戦い、夜は美味しいものを肴に美味しいお酒をガッツリ飲んで喋りまくる。真剣な悩みから後で何を話したのか記憶がないようなどうでも良い話までなんでも話すと、心のモヤモヤが砕かれて新しあり気持ちになって翌日の戦闘に向けて心を整えるのだ。


凛の見つけたカリンの蜜を試食用のスプーンで掬うと、窓から光が差し込んで蜜がキラキラと琥珀色に輝いた。キレイ、宝石みたい、そう思った。そして口に入れた瞬間、何かが落ちる大きな物音と同時に衝撃を感じた。


なんだろう、と思わず振り返ると柔らかそうな薄青い壁が見えた。あれ?壁紙こんな色だったかな。おしゃべりとお菓子に夢中で全然周りを見ていなかったことに気づいた。


「なんの音だったんだろうね」

2人に声を掛けた。あれ?反応なし?でもこんなに大きな音がしたのに気づかないはずがない。

「咲ー、どこいった?鞄落ちたよ。」

私のカバンが落ちたのか、だから衝撃を感じたのか。ん?どこってなんだ?私はさっきと同じ場所にいるはずだ。けれど周りを見るとさっきとは違って広い空間に沢山のガラスディスプレイが並んでいる場所に立っていた。あれ?本当に私はどこに来てしまったのだろう。みんなの声は耳に届いてはいるけど私の声は届いていないようだ。自分の今の状況に頭が追いつかない。


すると突然巨大タコの足のようなものが近づいて来たので驚いて悲鳴をあげた。何これ、どこから来たの?恐怖で動けないでいるとそのタコの足は私を無視してガラスディスプレイの一つを掴んで持ち上げていく。その行く先を追っていくと先程の薄青い壁からその足は突き出していて、壁がふんわりと揺れているのが分かった。え、壁は布のような柔らかい物で出来ているの?もしかして壁の向こう側にはタコの本体があるの?怖くなって壁と反対側に向かって走った。でもその壁はとても大きくてなかなか視界から消えない。息が切れるまで走って走って振り返って愕然とした。壁は、布で出来ていると確信が持てた。だってそれは柑の着ていたシフォンブラウスだったのだから。

え?私、柑のブラウスが壁に見えてしまうくらいに小さくなってしまったの?え?なんで?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
日常の温かさと自然の癒しを感じる描写が素晴らしいと思いました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ