マサルとアイリ
ミネルバの魔方陣が迫る。ならばこちらもと障壁を展開しようとしたその時!
バシュゥゥゥ……
「――え?」
「バ、バカな、魔方陣が消滅……した?」
そう、目の前まで迫っていた魔方陣が忽然と消えたんだ。放った本人も驚いているように、ミネルバが消したわけではないらしい。ならば誰が? ――という疑問をいだいていると、俺の身体に変化が訪れた。
ガシン――ガシンガシンガシン!
「な!? ど、どうなってんだよ、妙な鎧が勝手に装着されたぞ!?」
よく見るとあちらこちらにドクロマークが施されていて、世紀末世界のモヒカン野郎の服がより豪華になりましたって感じだ。何だか中二病っぽくて、すんげぇ恥ずかしい!
「クッ、その鎧はフールからデスへと昇華した証。もはやこれまで――ゴフッ!」
「ミネルバ?」
ミネルバが片膝をつき、血を吐き出した。
「ゴフッゴフッ! 私の……全身全霊をかけた魔方陣だった。命を削り取られるのは……承知の上――ガハッ!」
もう一度盛大に血を吐くと、ミネルバは倒れ込む。
「……最初からこうなる事は分かっていた。だがこれで終わりではないぞ? 大役職の1つであるタワーを攻略した者は望みが叶うと言われている。私に従える大役職たち、いずれ彼らが……」
「そうまでして俺を殺すってか? その信念だけは感心する。けど1つだけ教えろ。こうなると分かっていて、なぜ俺に挑んだ?」
「フ、私は運命。運命には逆らえん……」
そう言い残し、ミネルバは瞳を閉じた。俺も好きで死神になったわけじゃないが、ミネルバだって好きで運命になったわけじゃないんだろう。大役職なんぞに成らなきゃお互い敵対せずに済んだかもしれないのにな。ホント今さらだが。
「これで……終わったのか?」
「いや、まだだ、マサルくん。エーテルリッツは壊滅したと言っていいが、支配下に置いている大役職はまだ健在だ。ハーミットも逃がしてしまったし」
そうだった。ハーミットもそうだしリュウイチの奴も見かけない。下っ端引き連れてタワーのやらの攻略に勤しんでいるんだろう。
「ならさっさと追撃しようぜ? タワーとかいう奴も、あたいがブッ潰してやらぁ!」
「待てクーガ、そもそもどこにタワーが居るのかも分かんねぇんだぞ? まずは居場所を突き止めねぇと――」
「あ、ひょっとしてコレじゃない!?」
シュワユーズが祭壇に乗っかっていた大きな地図を持ってきた。
「ほらここ。赤いマルで囲ってるでしょ?」
彼女の言う通り、1ヵ所だけ赤マルが付いている場所がある。どこか遠くにある街のようだ。すると真っ先にロージアが声をあげた。
「なるほど、魔導国家ガルドーラの首都クラウンですね。ここにタワーが居るのでしょう」
次はガルドーラって国か。そこで決着をつけてやる。
「おっし、さっそく今から乗り込んで――」
「それはなりません。お前の冒険はここで終わりです」
「「「!!!???」」」
不意に女の声が聴こえてきた。しかもこの声には聞き覚えがある。つい最近も聞いた記憶が……そう首を捻っていると、突然目の前に翼の生えた女性が降臨した。
「ア、アンタいったい……」
「私ですか? 私は女神ラフィーネ。生と死の狭間で一度会っているはずですが……ああ、そういえば姿を見せるのは初めてでしたね」
「ああーーーっ!」
思い出した。ハーミットに殺られた直後の妙な空間で、俺を閉じ込めようとした女だ。どうりで神々しく光ってると思ったぜ。
「まさかまたあの空間に引きずり込むつもりじゃないだろうなぁ?」
「いいえ。先ほども言いましたが、あの空間は生と死の狭間の世界。現世から隔離された空間です。生きているお前をあの場に連れ出すのは不可能でしょう。それに私の目的はお前ではなく……」
ラフィーネが俺から視線を外し、隣にいたロージアへと向けられ……
「貴女なのですから」
「私……ですか?」
目的はロージア?
「貴女はイグリーシアの世界バランスを著しく損ねました。よってその身は我々で預からせていただきます」
「バランスだと? ロージアが何したって言うんだ」
「それは貴方もご存知なのでは? なぜ生きているかをよ~く考えなさい」
「んなもんお前、ロージアが時間を巻き戻してくれたから――」
そこまで言って気付いた。時間を巻き戻すなんざ常人には不可能で、言うなれば歴史をねじ曲げる行為に等しい。しかも俺に至っては死んだらしいじゃねぇか。それを女神は見逃さなかったって事か。
「気付いたようですね。そう、彼女は禁忌をおかしてしまったのです。よってその身を拘束し、封印措置を施さねばなりません。貴女も、異論はありませんね?」
「…………」
悔しげに俯くロージア。だが分かりましたと納得するほどお人好しじゃねぇぞ俺は。
「まてよ、神だから何だってんだ。そんな勝手は許さねぇ」
「マサルさん……」
前に出てロージアを後ろに匿う。するとラフィーネはヤレヤレと首を振り、言い聞かせるように話を続けた。
「はぁ……。元はと言えば貴方のせいなのですがね。全てを語る前に運命は逝ってしまいましたか。ならば私から説明しましょう、なぜ貴方がここに居るのかを」
聞いたところで納得はしないだろうが、ひとまずは聞くことにした。
「今から5年ほど前になりますか。異世界から1人の少女が転移してきました。前世では運に恵まれなかった彼女は幸運を得て生まれ変わり、ワールドとして新たな世界を築きました」
そもそもアレだ、フールだのワールドだのってのは、昔同級生の女子の間で流行ってたアルカナっていう占いみないなやつの事だ。イグリーシアにも同じもんがあったんだな。
「ワールドには思った事を実現する力があり、異世界を生き抜くための強力な助けを望んだところ、世界征服できそうな眷族を召喚してしまいました」
チートじゃねぇか、凄ぇなおい……。
「更に彼女が宇宙を眺めた結果、眷族たちと共に宇宙に旅立つ事ができました」
宇宙進出かよ、凄ぇなおい……。
「更に更に未来を夢見た結果、仮想世界にて子孫との対面も果たしました」
もうわけわかんねぇなおい……。
「そしてここからが肝心なところです。強い手下に恵まれはしたものの、彼女と対等に話せる者は居ませんでした。当然です、手下だけでも世界征服できるほどの力を得たのですから、誰もが恐れるのは必然とも言えるでしょう」
そういや高校の同級生に国会議員の孫が居たっけ。本人は良いやつだったが、周りに集るのは媚を売る連中ばかりだった。それと似たようなものなんだろう。
「そこで彼女は望みました。互いに気を使わずに対話できる者が欲しいと。その結果……」
「俺が呼ばれた……か」
「その通り。しかし一般人では彼女と対等な関係は築けません。少なくとも自身と同じ大役職でなければならなかった。そこで呼ばれたのが、死神の素質を持つ貴方というわけです」
死神――ねぇ。この世界に災いをもたらすんだっけか? 俺自身そんな気は更々ないってのに、迷惑な話だ。
「天界で見ていましたが、彼女との対話は終始和やかそうでしたね?」
「対話って、俺はソイツと話した事は――」
いや待て、1人だけ女神の話に合致するやつがいる! 強い眷族が居て、宇宙にまで手を伸ばしたダンジョンマスター!
「もしかして…………アイリか?」
「流石に覚えてましたか。その通り、アイリこそが貴方を貶めた張本人と言えるでしょう」
やっぱりか。つってもアイリに悪意はなかっただろう。迷惑だとは言ったがアイリを責める気にはなれない。
「言っておくがアイリに恨みはねぇぞ? アイリのお陰でロージアと出会えたんだし、むしろ感謝してるくらいだ」
「ふむ、ワールドの行動が宇宙を生み出したと考えるならばそうなのでしょう。貴女も同じ考えですか? 宇宙」
「わ、私は……」
女神のやつ、ロージアのことをコズミックとか呼んでやがる。
「おい、何だそのコズミックってのは? ロージアはロージアだろうが」
「いいえ、ロージアとは個人の名に過ぎません。しかし宇宙とは大役職の1つなのです。御覧なさい、壁に掲げられているステンドグラスを。全て合わせると23枚あるでしょう? これは大役職と同じ数なのです」
「え?」
それはおかしい。思うにリードロールってのは日本基準で言う大アルカナの事だ。でもって大アルカナは全部で22枚だったはず。
そんな俺の思考を読み取ったのか、ラフィーネは祭壇の上にあるステンドグラスを指し、衝撃の事実を述べてきた。
「元は22であった大役職。ワールドが宇宙から帰還した時、宇宙という大役職も降臨したのです」
これはアイリから聞かされた内容と一致する。アイツは宇宙で消える予定だったロージアを哀れんで、イグリーシアに連れ帰ったと言っていた。アイリが新たに創ったと言えなくもないか。
「これで分かったでしょう? 死神だけでも厄介だというのに、その上謎だらけの宇宙という大役職まで。特に時次改変を難なく行う者を放っておくのはイグリーシアにとっての脅威に他ならない。――さぁ決断なさい。神に逆らうか、己の意思で封印に同意するかを」
「封印だと!?」
堪らず俺はラフィーネに掴みかかる。
「テメェ、ロージアを封印するってのか!?」
「当然です。何故なら私は女神、イグリーシアにおける節制なのですから」
「テンパランス!」
テンパランスというフレーズに、シゲルが動揺し始める。
「ま、待つんだマサルくん! テンパランスとは世界全体のバランサーだ、大役職の1つであり、その力は絶大! 手を出してはならない!」
「手を出すなだって? それはコイツ次第だ。おとなしくロージアを返してくれるなら――」
「いえ、その必要はありませんよ」
「――え?」
ロージアが慈悲の隠った瞳で告げてきた。
「私さえ素直に従えば、マサルさんは助かるのでさ。そうですねラフィーネ様?」
「ええ。貴方が応じるのなら、この際死神は放置します。イグリーシアにとってはマイナスですが、まぁ大目に見るとしましょう」
「ちょっ……」
俺を差し置いて話が進んでしまった。しかも悪い方にだ。ロージアが封印される? 冗談じゃねぇ!
「待てロージア、俺はこれからも二人で――」
「すみませんマサルさん。誠に勝手ながら、ダンジョンコアは返却したいと思います」
そう言って差し出されたダンジョンコアを俺は受け取らず、ただ棒立ちで眺めていた。
今ロージアは何て言った? ダンジョンコアを返すだって? そんな事、了承できるはずがないだろう!
すると寂しさと慈愛が混ざった眼差しで、ロージアが俺の手を握る。
「御免なさいマサルさん。我々では女神であるラフィーネ様には勝てない。貴方を助けるにはこれしかないのです。だから……ね?」
「…………」
俺は無言だったがロージアが強引に握らせてきた。そして寂しげに背を向けると……。
「さようなら、マサル……」
ひとこと言い残し、ラフィーネと共に飛び立っていった。
「おいマサル、このままでいいのかよ? ロージアのやつ穏便に済ますために連れてかれちまったんだぞ?」
「そうですよマサルくん。今ならまだ……」
クーガとスュワユーズに詰め寄られる。
「けどロージアの意思だぞ? 自分から進んで去っちまった以上――」
バキッ!
「ってぇぇぇ!?」
「バッキャロゥ! テメェはそれでいいのかよ! 仲間は護るんじゃなかったのか!? あんだけイチャイチャを見せつけといて、テメェが持つロージアへの想いはそんなもんだったのかよぉ!」
そうだ、そうだよ、やっとロージアが心を開いてくれたってのに、何やってんだ俺は!
「すまんクーガ。お陰で目が覚めたぜ」
「おぅ! だったらどうすっかは分かるよな?」
「勿論だ――」
「――ロージアを連れ戻す!」
幸いにしてロージアとのリンクは切れていない。まだ追跡はできる。
「すまんみんな、ちょっとロージアを助けてくる!」
「おぅよ、女神に一発お見舞いしたれ!」
「こっちはボクに任せてくれ。マサルくんも気をつけて」
「サンキュー!」
俺は急いで二人の後を追った。
キャラクター紹介
ミネルバ
:秘密結社エーテルリッツの首領にして、運命という大役職の1人。5年前にリードロールの能力に目覚め、少し先の未来視が可能に。やがて訪れるであろう死神の復活に備え、リードロールの適性を持つ者を引き入れてきた。
マサルと対面した時点で既に憔悴し切った顔をしており、ターゲットを強制転生させる術をも破られると、力を使い果たしたかのように倒れた。恐らくはマサルに勝てない未来を見てしまったのだろう。




