アレクシス王国の暗雲
エルフの里にてちょっとした事件に巻き込まれながらも、アレクシス王国の領土へと足を踏み入れた俺たちは、国境に近い街――ガゼルシートまで間も無くという地点までやって来た。
「今度こそフカフカのベッドだぞ! これ以上野宿を続けていたら筋肉痛になるところだったぞ!」
「全身筋肉のカルロスがそれ言う?」
「うるさいぞシュワユーズ! これでもオイラは王族なんだ、とってもデリケートな体質なんだぞ!?」
それだけ吠えれるならまだ余裕だろうが。だいたいデリケートって言うならロージアはどうなるんだ。胸が邪魔で寝返りが打てね~とか抜かしてるクーガに比べてロージアは慎ましいサイズなんだぞ? あれ以上硬い地面に押し潰されたら未来への期待が――
スッ……
「ひげっ!? 殺気?」
「マサル、私に対して良からぬ感想をいだいてませんか?」
「き、気のせいだって! ロージアも久々にベッドで寝たいだろうなって思っただけで。つ~かマジで怖いから、後ろで剣をチラつかせるのは止めろって!」
「ならばよいのですが、今後は邪な視線を私の胸に向けないよう注意して下さい」
「お、おぅ……」
相変わらず感が鋭いことで。寿命が百年単位で縮まった気がする。
まぁそれは置いといてだ。俺だって以前より気配察知が上手くなってるんだぜ? 例えばだが、右手の雑木林には100羽近くの小鳥が止まってるし、左手には――
「――おい、そこの男。何でさっきから後をつけてやがる?」
「!?」ビクゥゥゥ!
バレてないとでも思ったのか、軽装の中年男が木々に身を隠しつつ密かに尾行してやがったんだ。
しかし俺の台詞で観念したらしく、両手を上げて姿を現した。
「わ、わりぃ、別に邪魔しようとは思ってなかったんだ。ただ、その……し、知り合いの冒険者と見間違えたみたいでさ」
「……ふ~ん?」
「じ、じゃあ俺は消えるぜ、あばよ!」
そう言い残すと脱兎の如く男は走り去っていく。
「良かったのかマサル? あの野郎ぜってぇ怪しいぜ」
「分かってる」
明らかにこちらを観察してる様子だった。目的は不明にしても、良い感じはしない。賊の偵察か? 危険な目は摘み取っておくか。
「尾行するぞ」
さてさて。例の男は尾行されていた事にも気付かず、茂みに身を隠して街道を窺っていた。誰かを捜してるって感じじゃない。獲物を物色している目だ。
そこで不意に思い出す。数時間前にエルフが誘拐されかけた事を。
「さっきの冒険者パーティ。アイツらの取り引き相手か?」
「かもしれませんが、話し合うつもりはなさそうですよ? ほら、あちら側にも仲間と思われる輩が潜んでいます。エルフを連れてきたところを強奪するつもりだったのでは?」
街道を挟んだ反対側で上手く隠れている怪しげな連中を発見した。この様子だとロージアの言う通り強奪目的だったんだろう。どっちにしろあの冒険者共には救いがなかったわけだ。
さぁて、それとは別に目の前の賊だ。
「純度100%の賊だな。取っ捕まえるか?」
「いえ、しばらく様子を見ましょう」
「んだよロージア、どうせ盗賊なら半殺しにしたって構わねぇだろ?」
「落ち着きなさいクーガ。下手に襲い掛かればこちらも犯罪者になってしまいます。決定的な瞬間が訪れるまで我慢なさい」
「蹴っていい時? よく分かんねぇけど分かったぜ」
それから数十分。いかにも初心者ですって感じの若い冒険者パーティが遥か先からやって来た。例の男はそれを見た瞬間に肩を震わせ、目をギラつかせているのが分かる。
賊が待っているとは思ってもみない男女4人の初々しいパーティは、足取りも軽くドンドン近付いてくる。
「襲う気のようですね。現行犯で捕獲しましょう」
「だな」
ザザッ!
「「「!?」」」
例の男が動いた。パーティの進路を塞ぐように立ち塞がったんだ。直後に反対側で伏せていた連中も飛び出し、背後から取り囲む。
「へへ、ちょいと待ってくんなぁ」
「な、なんだよアンタら……」
「リーダー、コイツら盗賊よ、やっぱり噂は本当だったのよ!」
「その通り。俺たちゃここいらを縄張りにしている盗賊さ。お前らには――」
ゲシィッ!
「ヒデブッ!?」
強烈な飛び蹴りで男が吹っ飛ぶ。食らわしたのは……
「おい、暇そうな盗賊共ぉ! このクーガ様とキックベースでもやろうじゃねぇか! ボールはお前らな!」
「「「ひぃぃぃぃぃぃ!?」」」
呆気にとられる冒険者を他所に、次々と盗賊に蹴りかかるクーガ。奴らの頭をボールに見立てたキックベースは激しさを増し、あわや頭部と胴体がお別れしそうになる際どい場面も。最終的には賊全員が負傷退場し、クーガの圧勝となるのであった。
「ふ~ぅ、いい汗かいたぜ!」
「クーガ、何か勘違いしてませんか?」
「蹴っていい時なんだろ? 何も間違っちゃいねぇって」
「…………そうですね」
ロージア困惑。でも元気があって宜しい。
「あ、え、た、助けてくれてありがとう御座います!」
「この辺りは危険だと分かっていたはずなのに……。本当にありがとう!」
「礼には及ばないさ。それよりこの辺りについて何か知ってるのか?」
「え、御存じないのですか? 最近この辺りじゃ行方不明者が多発してるって聞きますよ。そのせいでギルドの依頼が溜まる一方なのもあって、報酬が倍以上なってるんです」
どうやらこの賊共、相当数の人を誘拐しているとみえる。このパーティは報酬に釣られてあわや被害者になるところだったわけだ。
「こんな危険な場所には居られない。ボクたちは別の街に活動場所を移しますよ」
難を逃れた冒険者パーティが去っていく。さて、捕えた賊共だが、ガゼルシートが目と鼻の先なのに堂々と活動していたのが気になる。領主を直接問い質せば何か聞き出せるかもしれない。
「おいお前ら、ガゼルシートへの抜け道まで案内しろ」
「……何の事だ?」
「とぼけんじゃねぇ。正面から入ろうとしたら捕まるだろうが。中に入るにゃ裏ルートがあるはずだ」
「フッ、知らねぇな。それよりテメェら、俺たちを舐めない方がいいぜ? 俺たちゃちょいと名の知れた闇ギルド――ディオスピロスの一員なんだからなぁ!」
その単語はもう聞き飽きた。ついでに言うと驚きもしねぇし怖くもねぇ。
「クーガ、どうやらキックベースを堪能しきれなかったらしい。もう一度相手してやれ」
「……え?」
「っしゃあ! 派手に打ち上げるぜぇ!」
ドゴォ!
「へっっっぐぅぅぅぅぅぅっ!?」
ベチョ!
真上に蹴り上げられた賊の1人が顔面から墜落。これを見た残りの賊は揃って正座をし始め……
「「「全力で案内させていただきます!」」」
快い返答をもらい、抜け道となる洞窟まで案内された。長い通路をしばらく進むと石の扉で塞がれた場所へと出る。賊が軽くノックをすると、扉の向こうから声が発せられた。
「合言葉だ。山!」
「…………」
ゴツン!
無言をつこうとした賊の顔面に肘鉄を食らわすと、賊は慌てて合言葉を口にする。
「――下清!」
「よし!」
ゴゴゴゴゴ……
石の扉がスライドしていき、煌々とした光が差し込んでくる。どうやらどこかの屋内に出たらしい。
「――って、何だお前ら――」
「ま、まさか侵入者――」
ガスガスッ!
「しばらく眠っとけ」
入口の見張りを気絶させ、屋内から閉め出してから扉を閉じた。しばらくは時間を稼げるだろう。
「……で、ここはどこなんだ?」
「俺らの飼い主――モルドフ様の邸だ」
「モルドフ!」
「知ってるのかロージア?」
「不安定な地方情勢において、彼の活躍なくして安定は訪れなかったと評されるほどの人物です。今では辺境伯の地位についていると聞きました。まさか犯罪に関わっているとは……」
アレクシス王国では有名人らしい。
「へへ、かつての英雄様だって神じゃない。心変わりもするだろうさ。俺たちディオスピロスでさえ逆らう事ができない組織がバックについてやがるんだ、そのうちアレクシス王国を乗っ取っちまうかもなぁ?」
その組織とやらには心当たりが有りすぎるなぁ。
「何て組織なんだ?」
「はっ、そこまでは知らねぇよ。気付けばディオスピロスが支配されていたくらいだ、知っちまったら首が跳ぶかもしれねぇぜ? ま、この邸に侵入してるって事も感付いてやがるだろうし、テメェらも覚悟するこったな!」
勝ち誇った賊が鼻を鳴らす。まるで俺たちには勝ち目がないとでも言いたげだ。そこまで言うくらいなら出てきて欲しいんだがな。その方が手間が省ける。
そこに俺の意思を読んだかのように、邸の主であるモルドフの声が聴こえてきた。
『侵入者諸君よ、このモルドフの邸を訪れるとはとんだ命知らずのようだ。強制排除と行きたいところだが、それでは大変味気ない。是非私と手合わせ願いたい』
マジックアイテムで呼び掛けてるようだ。
「どこだモルドフ、出て来やがれ!」
「ふふ、そう興奮するな。私は逃げも隠れもしない。それより私からの挑戦、受けてくれるかな?」
やはり直接対決をご所望か。
「ああ、願ったり叶ったりだ。テメェの背後にいるエーテルリッツについてじっくりと聞かせてもらうぜ?」
『いいだろう。――そこの下っ端、彼らを案内せよ』
「へ!?」
『聴こえなかったのか? 彼らを礼の場所に連れてこいと言ったのだ。貴様の処分はその後だ、よいな?』
「は、はいぃぃぃ!」
生意気だった男はすっかり意気消沈し、トボトボと先頭を進んで行く。やがて案内された場所は、兵たちが鍛練に使用しているであろう訓練施設だった。
「お、お連れしやしたぁぁぁ!」
「うむ、ご苦労様」
中央で平伏す下っ端男。その先にはヘビーアーマーとバトルアクスの重装備で待ち構えるオッサンが1人。コイツがモルドフなのだろう。
「さっそくだがオッサン、ここいらで人攫いをやってるって話は本当か? コイツらがそう言ってるんだが……カルロス」
「おおぅ!」
ドサドサドサッ!
カルロスが俺の呼び掛けに応じ、連行してきた賊共をモルドフの前に放り投げる。それを冷ややかな視線で見下ろすと……
ドガッ!
「ぐえぇぇぇ!?」
「この役立たず共がぁ! あれほど犯行時には注意せよと申したではないかぁ! 只でさえ噂が広まりつつあるというのにどう責任を取るつもりだぁぁぁ!」
ドガッドガッドガッ!
叱責しながらも蹴り続けるモルドフ。しばらくして気が収まったのか、バトルアクスをこちらに向けてきた。
「さて、待たせたな諸君。こんな小者では満足に相手を出来なかったであろう? この私が直々に相手をするゆえ、どうか水に流してくれたまえ――」
「――貴様らの血肉と共になぁぁぁぁぁぁ!」
ドスン!
掛かってくるかと思いきや、手にしたバトルアクスを地面へと突き立てた。
武器を手離した? いったい何を考えている? そう思った矢先、ロージアたちが異変を訴えてきた。
「トラップですマサル! 足が動きません!」
「このオッサン、姑息な手を使ってきやがったぜ!」
「フハハハハハ! 諸君らを招くのに茶菓子が無いのも失礼かと思ってな? しっかりと味の染み込んだものを用意させてもらったよ」
なるほど、粘着トラップか。今さらながら、粘着テープに足を踏み込ませたネズミの気分が味わえたぜ。
けど生憎とトラップとは相性が良いんだ。こんな風にな!
「ほらよっ!」パチン!
フワッ!
俺が指を鳴らすと全員の身体が軽くなる。トラップを解除したんだ。ダンジョンじゃなくてもトラップの解除ならこの通りってな。
「バ、バカな! 最高級のマジックアイテムを使用したのだぞ!? 侵入者ごときに破れるはずが――」
『諦めなさいモルドフ、お前の敗けです』
な、何だ? 今度は女の声が聴こえてきやがった。すると透かさずシゲルが反応し、衝撃の事実が明らかに。
「その声、ミネルバだな!? どこにいるんだ、姿を現せ!」
ミネルバ……エーテルリッツという組織の最上位にいる人物だ。別名フォーチューン。
「ミ、ミネルバ様、まだ勝負は着いておりませぬ!」
『愚かな。その手勢をお前1人で倒せるとでも? 絶対的優位性を失ったことでお前の勝利は無くなったのです。それに私は告げました、近々フールが現れるであろうことを』
「フール……で御座いますか? そのような化け物は確認されてな――」
俺と目が合ったモルドフが瞬時に硬直。そして徐々に顔が青ざめていき……
「ま、まま、まさかお前が!?」
「ああ。不本意ながらエーテルリッツの連中からはフールって呼ばれてるな」
「あ……あ、あ……」
言葉を失ったモルドフが、力なく尻餅をついて後退していく。
『理解しましたかモルドフ? お前をエンペラー候補と捉えていましたが、とんだ期待外れでした。そこの雑魚共々命を投げ捨てることで役目を果たしてもらいます』
「そんな! お待ち下さいミネルバ、私にはまだ腹案が――――ガガガガ!」
「「「ギェェェェェェェ!」」」
モルドフとディオスピロスの連中が唐突に全身を震わせ、人とは分からないくらいに黒焦げとなった。体内に何らかの仕掛けが施されていたんだろう。
『さてフールよ、私を討ちに遥々アレクシス王国へとやって来たのでしょう。その勇気だけは認めて差し上げます――が、私としても貴方の暴挙を見逃せるほどお人好しではありません。王国を敵に回してどこまで生き残れるか。この目で見せていただきましょう』
この女、高みの見物を決め込むつもりか?
「おいテメェ、自分だけ安全な場所に居やがるな? さっさと出て来やがれ!」
「マサル、落ち着いて。この場に留まるのは得策じゃありません。早く脱出を!」
「脱出って――」
ドタドタドタドタッ!
「全員動くな、ガゼルシート騎士団だ!」
いくらなんでも早すぎる! モルドフが死んでから10分も経ってないぞ!?
「どうしますかマサル?」
「…………」
プラーガ帝国に続いてここでも追われる立場になるとはな。さて、どうしたものか。