謎の勧誘
「決まったぁぁぁ! 正に一撃粉砕のデストロイヤービガロ選手、華麗な勝利を飾りましたぁぁぁ!」
「「「おおおおおっ!」」」
あっという間だった。対戦相手の猪突猛進ガイラとかいう巨漢野郎を、たった一発でKOしちまったんだ。
「…………」
拳を突き上げ、会場全体に存在感をアピールするビガロ。俺はというと、観戦席から無言でそれを見下ろしている。
ビガロが戦うところを見たのは初めてじゃない。しかし、この圧倒的な強さはなんだ? やっぱり何かしらのギフトの影響か。
「あの男、なかなかの強さですね。あの実力ならば、アイリの眷族とも互角にやりあえるかもしれない」
隣に座っていた青年が感想を漏らす。アイリを知ってるってことはコイツも参加者か? いや、アイリはかなり有名だし、一般人が知っていても不思議ではないか。そう考え席を立とうとすると……
「無言で去るのは感心しませんね。何も敵意を向けているのではありませんし、会話に乗ってくれても罰は当たらないでしょう?」
この青年、俺に話しかけてたのか……。
「独り言だと思ったんだよ。いきなり他人に話し掛けるとか普通思わないだろうが」
「それも一理ありますか。ならば名を名乗りましょう。ボクの名は日野隆一。貴方と同じ転生者です」
「転生者……」
俺のことを知っている?
これは話を聞く必要があると判断し、浮かせたケツを元に戻した。
「わざわざ話し掛けてくるってことは、何かしら頼みたいことがあるってことか?」
「そうですね。頼み――というより勧誘と言った方がよいのかもしれません」
「勧誘ね。悪いが貴族に専属で雇われるのは御免だぜ? 俺は冒険者生活を満喫したいんだからな」
「フフ、心配には及びません。貴族という枠組みには興味ありませんので。ボクが――いや我々が見ているのは世界。この世の全てなのですから」
この世の全てとは大きく出たもんだ。新手の宗教勧誘だと勘繰りたくなる。
「言っておきますが、これは怪しげな宗教勧誘とは全く異なります。我が組織エーテルリッツはこの世の行く末を案じているのですから」
「エーテルリッツ……だと?」
聞いたことのない組織だな? なんとなくだが闇ギルドとは違う感じもする。
そんな俺の推測を他所に、リュウイチは真顔を向けて話を続けた。
「マサルさん。今のこの世界――イグリーシアを見てどう思いますか?」
「え? どうって言われてもなぁ。こっち来てまだ数ヶ月だし、世界の隅々まで見たわけじゃないから何とも言えないぞ? そりゃ生活しているうちに不満は出てくるかもしれんけど」
それでも魔法が使えたり(←習得を怠っているから使えないが)剣使って敵を成敗したりと、割と楽しく生活してる方か。
「なるほど。貴方ほどの実力者なら一般生活に支障は無いという事なのでしょう。ですが視点を変えれば見えてくるものは違ってくる。我々のようにズバ抜けた能力がなければ一般人の命なんぞ脆いもの。結局のところ、力ある者が好き勝手をできる世界なのですよ」
「そうかもな。けど元の世界だって似たようなもんだろ? 有力者が権力を求めて争う。所詮は物理法則かファンタジーかの違いだ」
「その通り。政治家同士の足の引っ張り合いなんて日常茶飯事。選挙が行われる時にのみ庶民に対して頭を垂れる。後は都合の良いように演説するのみ。そんな連中を庶民だった我々は冷ややかに見ているだけでした。しかし、今は違います」
そう言ってリュウイチは、次の試合が始まっている会場に視線を落とす。俺もつられて視線を移すと、小学生にしか見えない銀髪の女の子が両手に剣を持つ長身の男と対峙していた。
リーチの長さも加味すると女の子が絶対的に不利。しかし!
「ぶごぉぉぉぉぉぉ!? ……が……」
ドサッ!
「ダブルハンドのセイヤ選手、ダゥゥゥゥゥゥン! このまま終わってしまうのかぁぁぁぁぁぁ!?」
驚いたことに、銀髪の女の子が一撃でダウンを奪ったようだ。
それを見たリュウイチが……
「見ましたか? 元の世界ならばあの少女に勝ち目はなかった。しかし現実では起こり得ないことがイグリーシアなら起こり得る。力さえ有れば革命を起こせるのですよ」
リュウイチの言葉通り、長身の男は立ち上がることなくそのまま敗北。何故か無表情になっている女の子が勝者となった。
「革命ねぇ……。言っとくがそんなもんに加担しないぞ?」
「腐った国々がのさばっているとしても――ですか?」
「それは俺の目で確かめてからだ。それに国の問題は当事者たちが動くべきであって、他人がどうこうする事じゃない。話は終わりか? 終わりならもう行くからな」
「…………」
まだ何か言いたげだったリュウイチを残し、俺は闘技場を後にした。その結果……
「テメェ、なんであたいの試合を見てねぇんだ! お陰で負けちまったろうが!」
「悪かった、ゴメンて!」
クーガの試合を忘れてて、めっちゃ怒られた……。
★★★★★
気持ちを切りえて迎えた次の日。俺の対戦相手として現れたのは、シルクハットにタキシード姿のマジシャンチックな老人だ。全身黒なだけに、手に持つ紅白のステッキが異様に目立っているな。
「それでは1152試合目を始めます! 西方からはトラップマスターマサル選手、東方からはミスターマリク選手です!」
シルクハットを外して律儀に礼をするマリク。それに合わせて俺も軽く会釈を――
「ポッポ~~~!」
「うおっ!?」
シルクハットから鳩出しやがった!
演出が良かったのか俺が仰け反ったのが面白かったのか、観客席から笑い声が響く。
「おっと失礼。どうやら出番が待ち通しいようで、堪らず出てきたようで御座いますな」
「それは構わんけど、ハトも戦うのか?」
「もちろんで御座います。わたくしめのハトはそこらのハトとは違いますゆえ……フフ」
何やら含みのある笑みを見せてくるな。そんなマリクを他所に、レフェリーが開始を宣言する。
「さぁ両者とも準備はいいか!? それではレディ~~~~~~、ファイティィィィィィング!」
ザッ!
まずはセオリーに従って相手から距離を取ってみた。どんな攻撃を繰り出すか分かんねぇからな。
そんな俺を見たマリクはその場から動こうとはせず、のほほ~んと顎髭を撫でている。
「おやおや、先ほどのパフォーマンスで少々警戒させてしまいましたかな?」
「さっきのハトか? アレが無くても警戒はするつもりだったがな」
「ふむ、実に強かで御座いますな。これでは油断させるのは難しい。ここは少々強めに押しておきましょう!」
シュ!
再びシルクハットを外すと、俺の方へと飛ばしてきた。
「飛び道具か。危険物は撃ち落とすまでだ。迎撃!」
シャシャシャシャ!
地面に仕掛けたトラップから矢を放つ。並の物体ならそのまま撃墜となるところだが……
「クルッポ~~~!」
「うえぇ!? シルクハットが巨大なハトになった!?」
シルクハットから出てきたのではなく、シルクハットそのものがハトになったんだ。そして迫る矢を羽ばたきによって叩き落とされちまった。
「言ったでしょう? そこらのハトとは違うと。この子はわたくしのパートナー。これまで多くの戦地を潜り抜けてきた歴戦の猛者で御座います」
魔物使いか。しかも大型の鳥類ときた。コイツとまともにやり合うのは苦労しそうだ。
――ん? だったらマリク本人を攻撃すりゃ終わるんじゃね? 足を地面に縫いつけるように……
…………ギン!
「クッ!?」
ま~たあの視線か! 毎度毎度しつこいったらありゃしねぇ。微妙に殺気まで混ざってやがるし、徐々に悪質になってやがる。
な~んて事を気にしてる隙はなかった。
「おやおや、見とれていてよろしいので? ならば攻勢と参りましょう。見せておやりなさい、究極の必殺技――」
「――スクリューバードストライクです!」
急上昇した巨大ハトが俺目掛けて急降下を開始。しかも体を高速回転させ、まるで電動ドリルが迫ってくるかのようだ。
「へっ、上等だ。弾き返してやるぜ――反射ぁぁぁ!」
究極の技なら威力は充分だろう。俺の代わりに受けてもらうか!
ズドォォォォォォ――――――
「ピギィィィィィィ!?」
「な、なんと、わたくしのハトが!」
ドリル状になったハトのクチバシが俺に触れるか否かというところで究極技が逆噴射。ハトは虚しく上空へと打ち上げられていく。
「どうだ、アンタの相棒はもう戦えないだろ? 降参すれば休ませてやれるぜ?」
「フム。寛大なお心遣い、大変痛み入る次第で御座いますが、わたくしのパートナーはまだ戦えるのですよ」
「え? そりゃアンタ……」
いくらなんでも無茶だろうとツッコミしかけて口を噤んだ。なぜなら負傷したはずのハトが何食わぬ顔をして戻ってきたからだ。
「クルックル~~~♪」
「う、嘘だろ!?」
「フフ、ご覧の通りですよ。さて、貴方の手の内は見せていただきました。今度は同じようにはいきませんよ? ハッ!」
そう宣言して紅白のステッキをハトに向けるマリク。するとステッキの先から魔力が放出され、ハト全体をバリアーのようなもので包み込んだ。
「これで風属性の攻撃は無効。さぁ受けてみなさい、ソニックシュート!」
「クルッポ~~~!」
鳥なだけあって風の大砲を使ってきやがったか。その上弾いたところでダメージは受けないときた。だが避け切れない速度じゃないな。
ビュン!
「よっと! へへ、避ければどうってことはないさ」
「ほほぅ。ならばどこまで避けていられるか試してみましょうか」
「……は?」
マリクが言った意味を直後に理解した。あの魔法――
ビュン!
「追尾してくんのかよ!」
いや待て、確かソニックシュートって魔法に追尾機能は無かったはずだぞ!? いったいどうやって――――あ!
その時、偶然にもマリクが持つ紅白のステッキが目に止まる。しかもこのステッキから膨大な魔力が溢れていることも感知した。
「分かったぜ、そのステッキの影響だな!?」
「ムム!?」
おかしいと思ったんだ。普通なら瀕死になってもおかしくないところをケロッとしてやがったんだからな。
思い返せばなんて事はない。あのステッキに籠る魔力でハトを回復させやがったんだ。
「ムムムム……バレてしまってはもはやこれまで。ハトよ、ソニックシュートを連発させるのです!」
「クルッポ~~~!」
数を増やせば避け切れないと踏んだか。
「ハッ、甘いぜマリク。これでどうよ?」
「ムム? わたくしの後ろに? しかし、そのような動きでは避け切れな――ムグッ!?」
そしてマリクは気付く。自分の足が地面に固定されているってことを。
「わ、わたくしの足が!」
「そういうこった。おとなしく魔法が飛んでくるのを待つんだな」
絶望に染まった顔のマリクと、そんなのどこ吹く風とばかりに上空を漂う平和の象徴。しかし、二人の平和は自らが放った風魔法によって終わりを迎えることに。
バスバスバスーーーーーーッ!
「ぬわっはぁ!?」
足が動かずパニックに陥ったマリクにソニックシュートが直撃! ダウンしたまま起き上がる気配もなく……
「決まった~~~! 1152試合目はトラップマスターマサル選手が勝ち抜けました~~~~~~!」
「「「おおおおおっ!」」」
ちょっとビビっちまったが今回は上手く勝てたな。次はもっと圧倒的な試合運びをしたいもんだ。
★★★★★
その日の全試合が終了した夜……
「あの~支配人。上空で巨大なハトが飛び回っているんですが……」
「ミスターマリクのだろ? あの爺さんまだ目を覚まさないんだよ。面倒だからほっとけ」
「そ、そうですか……」
「クルッポ~~~?」
キャラクター紹介
ミスターマリク
:パートナーの巨大なハトと共に世界を転々としている御老体。普段は冒険者や傭兵として活動しており、武術大会に参加したのは今回が初めて。
自分たちのコンビは最強クラスだろうと自負していたが、マサルに敗れたことで世界は広いということを思いしらされたであろう。