西部貴族と南部貴族2
「あら? この場に居ないはずのマサルさんからタメ息が漏れたような……」
「お嬢、マスターは西に向かったので、南方に位置するこの街には居ませんよ?」
怪訝な顔をしながらジャニオに告げられました。
出発して2日。南の森を越えたところにあるホーヨンという街を偵察していると、早くもマサルさんの空耳が聴こえたようです。自分では気付かぬうちに寂しさを感じてたのかもしれません。
とは言え、念話があるのでいつでも話せるのですがね。
「フフ♪」
「おや、今度は楽しそうな笑顔で。何か良い事でもあってのですかお嬢?」
「い、いえ、何でもありません」
「何でもなくはありませんわ。薄気味悪い笑顔を浮かべて何か企んでるのでしょう。まったく、怖いったらありゃしませんわ。ジャニオ様もそう思いますわよねぇ?」
「え? ボ、ボクはそのような事は……」
「…………」イラッ
重要な調査のためにダンジョンを離れたというのに、どうしてブローナまで付いてきたのでしょう? その上他人の前でイチャイチャと。
ええ、分かっています。このブローナがジャニオの側から離れない事は明白でした。なのでこうなる事は充分予測していたのですが、こうも気分を害されると森に捨ててくれば良かったと思えてくるのです。
いえいえ、本気ではありませんよ? そのような事をすれば森の生態系を害してしまいますからね。その代わり、多少の仕返しはするつもりですが……
ガン!
「ブッフ!?」
「と、突然顔を押さえてどうしたのですかブローナ殿!」
「ととと、突然目の前に氷の壁が!」
「壁……ですか? そのようなものは見当たりませんが……」
「そ、そんなはずは……」
はい、ザマァ。氷魔法で壁を生成してやったのです。すぐに消しましたので、端から見ると突然悶え始めたように見えた事でしょう。
道行く人も怪訝な顔で見てきますし、せいぜい惨めさを味わってください、クククク(←悪魔の笑み)
「お~い、氷の壁とかどうでもいいからさっさと飯にしようぜ? 街に入る手前で回り道させられちまったから余計に腹が減ってんだ」
「ちょっと! どうでもいいとはどういう意味ですの!?」
「そうですね。もうすぐ日が暮れますし、テキトーな宿に入るとしましょう」
「わたくしを無視するんじゃありませんわ!」
「よ~し、あたいが宿に一番乗りだ!」
「ムッキ~~~!」
喚くブローナを無視し、クーガが見つけた宿にチェックイン。夕食を口に運びつつ、森で見つけた不可解な場所を思い起こします。
この先は【返り血の聖歌】により立ち入りを禁ずる。この警告を無視して進む者には命の保証はしない。
このような注意書きが至るところに立てられており、それを見たブローナも気味悪がったためにやむ無く回り道をしました。あの区域さえなければもう少し早く到着できたのですが。現在設置済みのダンジョン入口に比較的近いですし、依頼が片付いたら調査した方がよいかもしれません。
それより今は貴族の問題です。今現在滞在しているホーヨンの街も南部貴族の影響を受けており、領主のカダイン子爵は王家と貴族の板挟みに合いながらも王家に対抗する姿勢を見せているとか。
これは手始めにホーヨンを落とす必要がありますね。やり方は簡単で、フレオドール子爵にシルビア王女の書簡を見せ、城まで任意同行してもらう。王女の前に引きずり出せば――
「しっかしよ、さっきの門番バカだよなぁ。色仕掛けで簡単に落ちやんの!」
「ええ。まるで茹でダコのように顔を真っ赤にしてみっともなかったですわ」
うるさいですね。他人が脳裏でシミュレートしているというのに、この二人は無神経過ぎませんか。
「でよ、極めつけは胸の谷間に書簡を挟んでやったら確認もせずに通してくれたしな。ありゃぜって~女との経験が無い奴だぜ!」
「貴女も少々ハレンチですが、それで動揺する門番もたかが知れてますわ」
「……え?」
聞き捨てならない台詞が出てきました。王女からの書簡を確認していない?
「クーガ、今のはどういう意味ですか?」
「は? どうって……門番がバカだって――」
「その後です! 今はどこの領主も神経を尖らせているはず。なのに門番がスルーしたのが判明すれば必ずや罰せられるでしょう。今頃カダインの私兵が私たちを捜し回っているかもしれないんですよ!」
まったく、道理ですんなりと通過できたと思ったらクーガがやらかしていたとは……。
目撃情報から門番が尋問されれば私たちの特徴が公にされます。これは急いだ方が良さそうですね。
「んあ? 食ったばかりだってのに出掛けるのかロージア?」
「ええ。貴女のせいで出発を余儀なくされました。今からカダインのところに向かいますよ」
「慌ただしい女ですわね。食後くらいゆっくりすべきですわ」
「ゆっくりしたいならどうぞ。そのまま置いて行きますので」
「わ、分かりましたわよ」
呑気な二人を急かして急遽宿を出ることにした私たち。すると先に表へ出ていたジャニオから走れの合図が。
「皆さんお急ぎを。衛兵がこちらに気付きました。とにかく走りましょう」
ジャニオに続き外へ飛び出すと、門番から情報を得たと思われる衛兵が群れを成して迫っていました。しかも「そこの4人組~、止まれ~!」という声まで上げたため、嫌でも行き交う人々の注目を集めてしまいます。
「こうなっては長居はできません。このままカダインの邸へ押し掛けましょう」
予め領主の居場所を探っておいて正解でした。
「はぁ~メンドくさ。食後の一服くらいさせろよな~」
「貴女のせいでこうなったのですよ!」
「その通りですわ! まったく、これだから野蛮な獣は……」
「あ? やんのか性悪女?」
「はぁ? 丸焼きにされたいんですの?」
「二人とも、やるんなら追手に向けてやりなさい。もちろん手加減を忘れずに」
「「言われなくてもそのつもりだぜ(ですわ)!!」」
なぜか息の合った二人がクルリと向きを変え、追手に向けて牽制を開始。
まずはクーガの咆哮で追手を怯ませブローナの火炎弾で爆煙を巻き上げる。視界が晴れた後には私たちの姿はないという感じです。
「でもロージアよぉ、殺しちまった方が楽だったんじゃねぇの? どうせ敵なんだろ?」
「領主であるカダインを代えればその限りではありません。それに殺めてしまうとヘイトを解消するのも難しいのですから、殺さずに済むに越したことはないのです」
ラーツガルフでのマサルさんの立場もありますからね。これが私のみなら迷わず殺していたでしょうが。
おや、意外ですか? そもそも周囲の人脈を気にしているのもマサルさんのためを思ってですからね。私とて聖人君子ではありません。矛を向けられればそれ相応の態度を示すまでです。
「お嬢、新手です」
一直線に伸びた裏通りの先で、検問のように封鎖している衛兵たちが見えました。上手く行方を眩ませたと思ったのですが、しぶとく食らい付いてきますね。
ですがこの程度なら対処は可能です。
「ジャニオ、地上がダメなら上から行きましょう」
「了解です、お嬢」
シュバ!
「なっ!」
「飛び越えた……だと?」
私とクーガが屋根へ飛び移るとブローナを抱えたジャニオも後に続き、地上では呆然と眺める衛兵たちが残されました。
「オーーーッホッホッホッ! ご覧くださいジャニオ様。衛兵たちがゴミのようですわ」
「貴女1人ではそのゴミ連中に追われ続けたでしょうけどね」
「うるさいですわよロージア。わたくしがジャニオ様にお姫様抱っこをされているからって嫉妬なさらないでくださいまし」
いつも通りの斜め上な発言に安堵します。
「あ、あそこに人集りができてやがる。何の集まりだありゃ?」
クーガが何かを発見したようです。しかし今はそれどころではないため放って置こうと思ったのですが、どうやらカダインの邸の周辺に兵士が集っている様子。
「隊列を組んでますし、見た目の装備も衛兵とは違います。――む? お嬢、どうやら街の外に向かってるようです」
「街の外…………まさか王都に進行しようとしている!?」
これはいけません。すぐに進行を止めないと!
「クーガ、あの中から身なりの良い人物を探してください」
「身なりの良い奴身なりの良い奴~~っと。あ、列の後ろで偉そうにふんぞり返ってるオッサンがいるな。でもだいぶ遠くだぞ~」
「そいつが領主のカダインです。身柄を抑えに行きますよ」
クーガを先頭にして屋根から屋根へと飛び移り、ついには北門まで来てしまいました。夜間ではありますが、やはり方角的に王都を狙っていると考えるのが妥当でしょう。
「ちょ、ちょっと待ちなさいな! このまま行くと、例の【返り血の聖歌】とやらの森に入ってしまうのではなくて!?」
外壁の上でブローナが狼狽えます。初見で気味悪がった森の場所は覚えていたみたいですね。
しかし兵士たちは迷わず入って行きますし、当然のようにカダインも続きます。
「お嬢、やはりあの森には何かあるのでしょうね。何が――とまでは見当もつきませんが」
「身柄を抑えれば済む事です。さぁ、早くカダインを――」
「お前たち、そこで何をしている!?」
見張りに見つかってしまいましたか。
「行きますよ皆さん!」
詳細不明の場所ながらも領主が入って行くのなら安全であると考え、私たちも【返り血の聖歌】へと進むことにしました。
★★★★★
「カダイン様、こちらが例の事件のまとめです」
「どれ、見せてみろ」
部下に差し出された資料を受け取り、サッと目を通していく。
【返り血の聖歌】とは、その昔異世界から来たという転移者の女サクヤと、そいつと恋仲になったトレビノという青年が深く関係している。
当時転移したてのサクヤが右も左も分からん状態でいたところ、件のトレビノが通りかかった事で二人は出会い、共にホーヨンで生活するようになったという。歳が近い事もあってか二人の仲は急速に深まり、ついには恋仲へと発展。仲睦まじく暮らしていたそうだ。
だが幸せは長くは続かなかった。二人で近隣の森へ狩に出掛けた際、不運にも盗賊団と出会してしまう。二人と数十人ではどちらが勝つか明白。恋人のトレビノは目の前で殺され、サクヤ本人も死ぬまで凌辱の限りを尽くされた。
「フン、どこにでもありそうな話だな。こんな話を庶民共は怖がっておるのか? 盗賊ごとき、冒険者や傭兵にでも対応させれば済む話だろう」
「いえ。話には続きがございます」
「まだ続くのか。どれ――」
しかし、死んだと思われたサクヤは生きていた――いや、甦ったと言った方が正しいかもしれない。何故ならば、生前のサクヤと同一とは思えないほどの魔力を放出し、盗賊共を虐殺し始めたからだ。
慌てた族共が反撃を試みるものの彼らの剣はサクヤには届かず、数分後には死体の山が積み上がり、その下で返り血に染まったサクヤが佇んでいたらしい。
その後サクヤはトレビノの亡骸を抱えたまま自ら命を絶ち、その魂は浄化されることなく彷徨うことに。
奇しくもその日はクリスマスの夜。その森に足を踏み込むと何処からともなく聖歌が聴こえ、歌が終わるまでに森を脱出しなければ返り血を浴びたサクヤに殺される事から【返り血の聖歌】と呼ばれるようになったそうだ。
「フン、バカバカしい。実にバカバカしい。要は怨霊になった女が彷徨ってるだけだろう? どこに怯える必要があるというのだ」
「し、しかし、サクヤという女は転移者。古来より異世界からやって来た者には不思議な力が宿っていると噂されており……」
「バカ者が。そんなものは単なる迷信。力が有るなら端から盗賊なんぞにやられはせんわ」
ったく。怨霊なんぞより政敵の方が余程厄介だ。所詮死んだ者にできるのはあの世で足掻くことだけ。恐るるに足らんわ。
「分かったらさっさと見つけて討伐せよ。夜にしか現れぬというからこうして夜間に出向いてやったのだ。二度と化けて現れぬよう徹底的に浄化してやれ!」
「ハッ、先ほど先陣から返り血の聖歌に入ったという知らせが届きました。間も無く接敵するものと思われます」
「うむ」
さて、後は討伐するのを待つのみだな。
ったく、王都への進行ルート上になければ放置していたものを。つくづく面倒な事だ。
「た、大変ですカダイン様、背後から何者かがが襲いかかってきました! 恐らくは王家の回し者かと」
「何ぃ!?」
伝令が慌ただしくやって来たと思ったら忌々しい王家の手先だと? こっちは宰相派に属していたがために伯爵から子爵へと下げられたのだ。この屈辱は晴らさねばならぬ!
「さっさと捕えよ。拷問した上で死体を王都に送り付けてやる!」
「そ、それが、たった数名のはずが恐ろしく強い連中でして、こうしてる間にも――」
「「「ギャハァァァ!?」」」
体をくの字に曲げた私兵の1人がワシの足元に転がってきた。しかも纏っていた鎧は胴回りが完全に砕けている。いったいどんな怪力だ!? 魔物の力でない限りこうはならんぞ!
「ワ、ワシが返りに血の聖歌を討伐してくる。各部隊は邪魔物を排除せよ!」
「カ、カダイン様!?」
後の事は伝令に託し、自分の部隊を森の奥へと進めた。
そうだ、噂や迷信なんぞより、生身で存在する方がよほど恐ろしいのだ。




