トラウマを乗り越えろ!
「ダメだ、ロクな依頼が残ってねぇ。さっさとずらかろうぜ」
「「「おぅ」」」
冒険者ギルドに依頼を確認しに行った仲間が戻り、足早にその場を後にする。
なんでこんなコソ泥みてぇな真似をしてるかってぇと、ギルドで絡んだ若造と顔を合わせるのがマズイからだ。
「ったく、なんだって俺らがコソコソと活動しなきゃならねぇんだ」
「同感だ。それもこれも全部あのマサル――」
「おいバカ!」
慌てて仲間の口を塞ぐ。
「気をつけやがれ、どこで聞かれるか分かったもんじゃねぇ!」
「す、すまねぇ……」
「冒険者の大半は奴に靡いてんだ。チクられでもしたら、またボコられちまう」
「お、おぅ」
冒険者に成り立てのはずだったマサル。あの野郎に捻り潰された俺らが本人と出会すのは得策じゃねぇ。
は? 出会ったらやり返せばいいだ? バ、バカ言え、年下の若造相手に本気になってどうすんだ! それに数秒でこっちをノックアウトするくらいだぞ? 寧ろ刺激しないに越したことはねぇんだよ!
というかだな。俺らはベテラン冒険者パーティの【春一番】だぞ? しかも俺はリーダーだ。駆け出しの冒険者が道を譲るくらいの立場だってぇのに、今じゃ貧民区の連中をイビるのが日課になっちまった。
何せ堂々と依頼を受けれないからな。少しでも稼ぐために弱い連中から毟り取るのは当然だろ。具体的にどうやるかってぇと……
「おいお前ら」
「俺らの言いたい事、分かるよなぁ?」
「ひっ!? か、金ならほら!」
「こ、これで勘弁してくだせぇ!」
こうやって路地裏で雑魚寝していた連中に話しかけると、相手が自ら渡してくれるんだ。何せ俺らの顔は知られてるからな。痛い目見たくない連中はおとなしく協力してくれるぜ。
「ひぃふぅみぃ…………チッ、こんだけかよ」
「貧民区じゃこんなもんだろ。それとも場所変えるか?」
「そいつはダメだ」
貴族街は治安維持の警備兵がうようよしてやがるし、スラムに近付くと闇ギルドのテリトリーに入っちまう。特に後者は危険過ぎる。
「もうしばらくはこの辺りで――ん?」
「どうしたリーダー?」
「見ろよあの3人。ここらを彷徨いてやがったガキ共だ」
年長の――と言っても10代に差し掛かったガキの女だが、そのガキ女を筆頭に年下の男児2人と一緒にいるところをちょくちょく見る。名前は確かラナ――とか言ったか? そいつらからも金品を巻き上げてたんだが、最近見ないと思ったら大きなズタ袋を引っ提げて食料を配ってやがる。
「なんだよアイツら、気に入らねぇ」
「ああ、こっちはこんなに苦労してるってのに随分と羽振りが良さそうじゃねぇか。さっさと巻き上げようぜ」
「いや、待て」
「どうしたよリーダー?」
少し前まで配給を受ける側だった連中だ。それが何だって配る側に回ってやがる?
それに連中が身に付けてる装備品。離れていても付与効果がかけられているのをハッキリと感じ取れる。あんな装備、普通の店には売っていない。オークションで競り落とすか、ダンジョンの宝箱から入手したか。
いずれにしろキッチリと調べる必要がありそうだ。
「尾行するぞ。あの装備品や食料の出所を突き止めるんだ」
「「「おぅ!」」」
せっかくの金蔓だ。せいぜい良いところに案内してくれよ。へへっ。
★★★★★
ダンジョンでの特訓を強いられて3週間。私ラナは劇的に変わったのを実感した。今まで逃げるしかなかった魔物相手にこちらから挑むようになったし、Eランクの魔物なら単独でも倒せるくらいにはね。
これは弟たちも同じようで、3人がかりならDランクの魔物でも相手にできると思う。
それもこれもマサルさんと出会ってからだし、何かお礼を――と言ったら……
「無理に背伸びすんな。どうしても礼がしたいんなら、貧民区の人たちにお裾分けでもしてやれ」
……って言われちゃった。
だからね、ロージアさんから貰った食料をお世話になった貧民区のご近所さんに分けてきたんだ。
「姉ちゃん、オッチャンたち喜んでたね」
「そうだね。でもあの程度じゃ一時的なものだし、これからは自力で稼いでもっと喜んでもらわないと」
「うん! ボクたちでオッチャンたちを救うんだ!」
これが私たちの目標。最初ころに強くなるにはどうしたらいいかをロージアさんに聞いたら、しっかりとした目標を持って取り組むのが大事って言われたから。つまり私たちが強くなれたのは貧民区の人たちのお陰でもあるの。
「そういやさ~、アイツ……ベルガって言ったっけ? 何でいつも姉ちゃんに突っ掛かってくるんだろうな~?」
ジェロの言うベルガっていうのは、私たちのパーティメンバーとしてマサルさんが連れてきた男の子のこと。私たちより後の新米冒険者なのに、先輩風吹かせてるのが凄く不快。
訓練の時も思ったけれど、相手の動きを封じるためとかで常に足元を狙っていくのは卑怯過ぎ。どうしてあんな奴と一緒のパーティなのかが分からない。私たちなら3人で充分なのに。
「うん、そうだね。一度マサルさんとも話した方がいいのかも」
マサルさんは過保護になってるんだ。だからベルガみたいなセコい奴を加入させたんだと思う。
でも私たちは堂々と戦うって決めたから、あいつとは相成れない。
「あ、ダンジョンが拡張されてる!」
「ホントだ。新しい訓練フロアが追加されたのかな!?」
ジェロとグラスが目をキラキラさせつつ洞窟を進んでいく。このダンジョンはマサルさんが管理しているらしく、出現する魔物や宝箱も自在に調整できるんだとか。
冒険者のベテランになると、ダンジョンの管理まで任されるんだね!(←とてつもない勘違い)
「ラナ姉ちゃん、あそこ……」
「あ……」
追加された部屋に入ると、宝箱を入念に調べているベルガの姿が。嫌な奴に会ってしまったと戸惑っていると、ベルガが私たちに気付いたようだ。
「なんだ、お前らも来たのか」
「……悪い? 別にアンタに会いに来たわけじゃないんだけど」
つい反射的に出た台詞。それに対してウンザリした様子のベルガが……
「はぁ……別に悪かねぇよ。つ~かなんでそんなに辛辣なんだよ。そんなに俺のやり方が気に入らねぇのか?」
「…………」
「はいはい。無言は肯定ってことな~。そんな綺麗事を抜かしてるから尾行されたのに気付かないんだぜ~」
「び、尾行!?」
言われて背後に振り向くと、ゲスな薄ら笑いを浮かべている4人組の男が。コイツらは貧民区の皆から食料等を奪い取るチンピラよ。
「あ、あんたたち、いつの間に!」
「へへ、貧民区辺りからだな」
「クッ……」
迂闊だった。コイツらのせいで私たち3人は追い詰められていたと言うのに、その元凶を忘れていたなんて……。
「羽振りがいいと思ったら、まさか新手のダンジョンを見つけてやがったなんてな。ダンジョンを見つけた際は報告義務があるってこと知ってるよなぁ? それをしなかったってことは独占する気満々だったわけだ」
「違う! このダンジョンは――」
マサルさんから教えてもらった――と出かかった寸前で口を閉ざした。そう、このダンジョンに関しては口外しないようにとマサルさんから言われてたんだ。だからコイツらにバラすわけにはいかない。
「ま、んなこたぁどうだっていい。たった今からこのダンジョンは俺たちがいただく」
ザッ!
「せっかくのダンジョンを口外されたくないんでな、お前らには消えてもらうぜ?」
4人組が武器を構えるのと同時に私たちも応戦する構えを見せる。これまで反抗しなかったためか一瞬驚いた表情を見せるも、格下と侮ったのか直ぐに余裕の表情へと変わった。
「へっ、一丁前に戦うってか? ガキのくせしてよぉ」
「当たり前よ。黙ってやられるわけないじゃない。それにアンタたちこそ覚悟はいいの? ここで私たちを殺せば犯罪者になるけど?」
「ハッ、心配いらねぇよ。暴力沙汰程度じゃ罪には問われねぇ。それにトドメを刺すのは魔物だ。俺たちじゃない」
コイツら、私たちを戦闘不能に追い込んで魔物に処理させる気ね。なんて悪どいやり方!
「アンタたち!」
「お~お~、悪い事は許さねぇってか? でも膝が笑ってちゃ説得力がねぇぞ」
「「「ガッハッハッハッ!」」」
「…………」
今ならコイツらにも対抗できる。けれども相手はベテラン。五体満足でいられるかも分からない。そう思うと身体が震えてくる。
「ほ~らどうした? そんなへっぴり腰で剣を握られても怖かねぇぜ!」
「クッ……」
や、やっぱりダメ。ジェロもグラスも私自身も、動き出すのが怖いと感じてる。
ここで動かなきゃダメなのに……負けたら後がないのに!
そんな中、後ろから現れた影が私を追い抜き、男の1人に向かって行くのが見えた。
スッ!
「……え?」
「余裕かましてられるのも今の内だぜ?」
「何っ!?」
影の正体はベルガだった。震える私を差し置いて、先陣を切ったのは無関係だったはずのベルガ。私は申し訳ないと思いつつも、ベルガの動きを目で追っていく。
「この野郎!」
男からは笑みが消え、迫るベルガを迎撃しようと剣を向ける――
――が
「ぐぁっ!?」
「「「リーダー!?」」」
気が付くとベルガが走り抜けていて、残された男は片膝を庇うようにして踞る。やったのはベルガだろう。多分すれ違い様に切りつけていったんだ。
でもそれは好機だった。奴らの注意が完全に逸れた今は完全に隙だらけ。やるなら今!
「今よ!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「大気に住まう精霊よ、荒ぶる心を刃と変え、その力を解き放たん――」
ハッとなった男たちがこちらに向き直るがもう遅い。
「食らえぇ、渋谷交差点十字!」
「シールドバァァァッシュ!」
「アイスジャベリン!」
「「「グワッ!?」」」
1人がバツの字の傷を作って血を噴き出すと、もう1人は盾で顔面を強打して吹っ飛び、更に1人は氷の刃で壁に縫い付けてやった。
「……ハッ? ……え? ……ハァ!?」
踞っていたリーダーが顔を上げた時には全てが終わっていた。そこへベルガが足早に駆け寄ると……
「後はお前だけだぜ?」
「こ…………の野郎――」
バキィン!
「――あ、ああ……」
自棄っぱちのように剣で突こうとするリーダー。けれど予測していたようにベルガは剣を弾くと、万策尽きたようで腰を抜かして部屋の隅へと這って行った。
「戦意喪失っと。どうだ、これでも俺が必要ないって言い続けるか?」
「…………めん」
「……は?」
「ごめんってば! 卑怯だの何だの言って悪かったわね。アンタが居なかったら死んでたかもしれない」
「かもな。(マサルのアニキならどっかで見守ってるんだろうけどな)」
今回ばかりはベルガに感謝しよう。
「ボクもゴメン。正直助かったよ」
「俺も……」
「もういいって。こうなる事を見越してマサルのアニキが勧誘してきたんだろうし。俺はパーティメンバーが見つかって、お前らはパーティを増強できた。ウィンウィンだろ」
「フフ、そうかもね」
今まで避けていたけど初めて笑顔を見せ合った。これで本当の意味で仲間になった気がする。
「どうやら丸く収まったようだな」
「「「あっ!」」」
今までどこで見ていたのか、気が付くとマサルさんとルカーネロさんが背後に立っていた。
「実に見事でしたよベルガくん。初手による先制打撃に加え、相手を切りつけた反動を利用しての前方への加速。実に実に実~~~にスムーズでした」
「あ、ありがとう御座います、ルカーネロ先生!」
「ラナたちも良かったぞ。これで少しは自信に繋がるんじゃないか?」
「はい!」
自信に繋がったのは間違いない。マサルさんには本当に感謝しかないよ。
「さて、ここからは大人の時間です。良い子の皆さんは自己鍛練に励んでくださいね」
そう言って部屋から追い出されてしまった。あのあと4人組がどうなったのか私は知らない。けれどもトラウマを乗り越えたのは間違いないと言える。
キャラクター紹介
冒険者パーティ【春一番】
:4人組のベテラン冒険者のパーティで、全員がオッサン。やや強面。
ラーツガルフの王都を活動拠点として日々の依頼をこなしていたが、ある日冒険者ギルドにやって来たマサル一行に因縁(正確にはジャニオ)をつけてトラブルを起こす。
その際にマサルによってコテンパンにされたためにすっかり意気消沈。一時期は引退も考えたがそれだと生活がままならないため、貧民区で支給を受ける側として細々とした生活を送る――のだが、周囲は揃って弱者のかたまり。これはいける(←何が?)と判断して食料や金品を巻き上げる行動に。
ところがある日を境にパッタリと姿を見なくなり、どこかのダンジョンで全滅したという噂が流れ始めるが、真相は明らかになっていない。