ブラッティクーガー襲来!
侵入した魔物の正体に俺とロージアは言葉を失う。
相手はBランク。ベテラン冒険者が徒党を組んでも勝てるかどうかってレベルだ。
当然ながらDランクのジャニオでは歯が立たないし、俺やロージアが加勢しても厳しいだろうな。
Cランクのゴブリンキングは個の強さがいまいちだったのに対し、ブラッティクーガーは1体だけでも軍隊を出動させるほどの大騒ぎに発展する。しかも対人戦が目茶苦茶強いらしく、よそ見をしてると知らぬうちに首を掻かれてる――なんて事もあり得るんだとか。
「マスター、お嬢、先ほどのアラームは!」
「ジャニオ、悪い知らせです。当ダンジョンはブラッティクーガーの侵入を許してしまいました」
「ブ、ブラッティクーガーが……」
アラームにより駆けつけたジャニオが表情を曇らせる。自分じゃ手に負えないのを自覚してるんだろう。
ジャニオに続いて他の仲間もやって来たが、皆一様に表情は暗い。
「お、おい、大丈夫なのか? オイラの速度じゃ追い付けないぞ……」
「あたしもちょ~っとばかし自信ないなぁ」
「フン! そんな魔物、わたくしとジャニオ様のスペシャルコンビネーションで蹴散らしてくれますわ!」
ただ1人ブローナだけは気を吐いている。無知ってのは無謀になれるもんだと黄昏てる場合じゃない。俺がしっかりしないとな。
「俺かロージアが殺られればアウトだ。奴がコアルームにたどり着く前に始末する」
気を取り直して奴の進行ルート上に罠を展開していく。
奴は今は1階層の森林エリアを爆走中。ならばと草や木の根を使って妨害にかかる。
「奴を捕えろ!」
グググググ――
――ザッ!
「なっ! 回避された!?」
胴体に触れるか否かってところをスルリと抜けていきやがった。
「グルルルァ!」『フッ、バカが。そんなもんじゃ足止めにすらならねぇぜ!』
ブラッティクーガーから念話のようなものが聴こえてくる。まさかと思い、俺はダイレクトに念話を送りつけた。
『お前、もしかして念話が通じるのか?』
『……んだテメェ。こちとらBランクのブラッティクーガー様だぞ? 念話の1つくらいできるに決まってんだろうが!』
口は悪いが会話はできるらしい――と、俺はここで1つの希望を見出だした。話が通じる相手なら戦闘を回避できるかもしれない。そう考え向こうを刺激しないように対話路線に切り替える。
『お前の望みは何だ? 食糧不足で困ってるんなら援助くらいはできると思うが』
『ハッ、食糧? 食糧なんざ吐いて捨てるほどあんぜ? 外の森にゃ大量のゴブリンが潜んでやがるんだからな。だが……』
嫌な予感がした。もしかしなくてもゴブリンキングは俺が討伐したんだ。つまりコイツは後々になって食糧不足に悩まされる事なる。その原因を作ったのは……
『テメェが余計な事をしてくれたからよぉ、こっちは食いぶちに困ってんだ。その責任はとってもらわねぇとなぁ、名無しのダンジョンマスターさんよぉ!?』
悪い予感が当たっちまった。奴は俺に対して報復するつもりなんだ。これだと説得はほぼ不可能だろう。
だったら受けて立つと宣言してやるところだが、今日は昼間に決戦の舞台を使っている。次の日まで約6時間。それまでの時間稼ぎは宛にはできない。
つまり、ガチの実力で戦わなきゃならないんだ。
「発動しろ――樹木罠!」
ガサガサガサッ!
ブラッティクーガーの進行を阻むように樹木が枝を揺らす。
「グルゥ!」『チッ、クソガッ! 落ち葉と枝が邪魔で前が見えねぇ!』
いいぞ、効果ありだ! 進行速度が落ちた事だし今なら拘束できる。
「そこだぁ! 拘束しろ!」
シュルルルルルル――――ガチィ!
『クッ、小賢しい真似を!』
昼間にゴブリンを締め上げたのと同じトラップを発動させ、ブラッティクーガーに巻き付かせた。動きが鈍ってたから案外あっさり
こうなってしまえばこっちのもんだ。ゴブリンと同じく絞め殺して――
「グルルルルルゥゥゥ!」『こんなものでーーーーーーっ!』
ブチブチブチブチィィィ!
ま、まさか、トラップが力技で破られた!?
「グルァァァ!」『止められると思うなぁ!』
強引に蔓を引きちぎり、そのまま一階層を走破された。現在ボス部屋には何も配置しておらず、ブラッティクーガーは2階層の洞窟エリアに突入。一直線にボス部屋へと進んでいる。
「マサルさん!」
「言わなくても分かってる」
2階層は客室が有るだけで、ボス部屋までの時間はさほど掛からない。
ボス部屋を突破した先は3階層。そこに有るのはコアルームのみ。ロージアが悲観するのも頷ける。
「もう迷ってはいられない。トラバサミ、落とし穴、転移トラップ、あらゆる罠を仕掛けてやる!」
狭い通路なら確実に掛かると踏み、中央に落とし穴、両脇にトラバサミ、両サイドの壁から毒矢、トドメに上からの吊り天井を仕掛け、保険としてコアルームの入口付近(コアルームの中の方)に転移トラップを設置した。
「ブラッティクーガー、罠地点まで――」
9、8、7、6――
ロージアによるカンウトダウンがスタートする。心の中で大丈夫だと自分に言い聞かせるも、身体の震えは止まらない。
5
4
3
いや、弱気になってどうする? 冒険者を夢見て外に出たのは俺自身じゃないか。ピンチをチャンスに変えるくらいじゃなきゃ異世界じゃ生きて行けねぇだろうが!
2
1
「ゼロ!」
ブラッティクーガーの前足が落とし穴の上に乗っかる。
パカン!
両開きに床が割れ、露になる落とし穴。地面を失い、ブラッティクーガーはそのまま吸い込まれていく――
「グルルァァァ!」『フハハハハ! バカめ、安直なダンマスの考えなんざお見通しなんだよぉ!』
「何っ!?」
――事はなく、勢いよく前方にロングジャンプを披露。優に落とし穴を飛び越え、壁から射られる毒矢も間に合わない。誰もいない空間を吊り天井が虚しく落下した。
「い、いくらなんでも速すぎる! 罠が掠りもしないなんて……」
「残念ですがマサルさん、全てのトラップは回避されたのです。ここに到達するのは時間の問題でしょう。ならば我々が迎え撃つしかありません。幸いにしてDPには多少の余裕がありますので、協力な武器を召喚しましょう」
「わ、分かった!」
急ぎロージアにピックアップしてもらう。するとどこかで見た事のある近代兵器がズラリと表示された。
「アサルトライフルや対空ミサイル!? それに対戦車地雷まで! なんだってこんなものが……いや、今はそんな事はどうでもいい。手持ちのDPで召喚可能な物は……」
アサルトライフルには手が届かないが、コルトやリボルバー等の簡易的なものなら二丁召喚できそうだ。
――が、ロージアから待ったがかかる。
「まさか拳銃を召喚するおつもりですか? 言っておきますが、ぶっつけ本番で当てられるほど容易ではありませんよ?」
「た、確かに……。けどそれじゃあ何を召喚したらいい?」
「レーザーポインターです。それで奴の目を照らしてやれば、目潰しとしての効果が望めるでしょう」
「なるほど!」
それなら俺にも使えそうだしDPも驚くほど安い。これなら上手く行きそうと確信し、ロージアの助言に従ってブツを召喚。その直後、コアルームの扉がおもいっきり割られた。
バギィン!
「グルゥゥゥ!」『来てやったぜダンマスさんよぉ? 俺の食糧を奪った責任、キッチリととってもらうぜぇ!』
「ああ、そうかよ。けどその前にコイツを食らえぇ!」
チカッ!
「ハッ、なんだその光は? 今さらそんなもんで怯むかよぉぉぉ!」
シュン!
「…………」
あっ――――
あっぶねぇぇぇ! 転移トラップがなけりゃ詰んでたじゃねぇか!
「申し訳ありませんマサルさん。私の見立てが甘かったようです」
そう謝ってくるが、断じてロージアのせいじゃない。ブラッティクーガーの耐性が予想以上に強かったんだ。
「気にすんな。別の手を考えるぞ」
奴は今頃ダンジョンの入口に戻されて憤怒してる事だろう。今度コアルームに来た時が最大のピンチになりそうだ。
「何か弱点はないのか――何か……」
召喚リストに乗っているブラッティクーガーを改めて精査する。
「動物の生き血を好み、生きているうちに食い殺す事が多い。死んだ動物には関心を示さず、常に生きた動物を追い求める――か。何とも贅沢な魔物だ」
「クルーガーたちが放置されていた理由はこれですね」
「分かったところで今さらだけどな。それに僅かな臭いをも嗅ぎ分けるほど敏感とあるが、哺乳類系なら大抵鼻が良さそうなもんだし」
いや、待てよ? 敢えてこう記されてるって事は、犬とかよりもっと敏感って事だよな?
だったら刺激の強い臭いを嗅がせれば、奴の鼻を折り曲げる事もできるかも……
「今の内に役立ちそうなアイテムを――ん?」
悩んでいた俺の目にあるアイテムが映り込む。それは知ってる奴なら絶対に召喚しようとは想わないであろうレアアイテムだ。
「決まった、コレを召喚する!」
「コレを……ですか? マサルさん、いったい何を……」
「詳しく説明してる時間がないから言う通りに従ってくれ」
「わ、分かりました」
ロージアには簡単に作戦を伝え、召喚したブツを手にコアルームの近くで待ち構える。
仲間が固唾を飲んで見守る中、怒りに震えるブラッティクーガーが再び現れた。
「グルァ!」『テメェ、よくもふざけた真似をしてくれたなぁ!?』
「気に入ってくれたか? 頭が悪そうなお前のために冷静になれる時間をくれてやったんだよ」
「グルルァ!」『ふっ――――――ざけんなゴルァ!』
俺の挑発に乗っかり、大口を開けたブラッティクーガーが飛び掛かってくる。頭から丸かじりにする気だろう。
そんな奴の目の前に、取って置きのレアアイテムを放り投げた。
「これは餞別だ、受けとれぇぇぇ!」
さぁて仕上げだ。放っただけのレアアイテムだと意味がないので、宙を舞ったそれに対してロージアが魔法を撃ち込む。
「今です――アイシクルスピアー!」
精密に計算され尽くしたかのように放たれた氷柱が、放ったレアアイテムをブラッティクーガーの口へと押し込む。
すると次の瞬間――
「グルォォォォォォ!?」『おぅえぇぇぇ! 何だよごれぇぇぇ! テメェ、いっだい何を入れやがっだぁ!?』
着地に失敗してからのたうち回るブラッティクーガー。今コイツの口内は大変な事になっている。なんせあのシュールストレミングが口いっぱいに広がってるんだからな。
「グルゥ、グルグルゥ!」『だ、だのむ、何でもするから助げでぐれぇぇぇ!』
「あ? 何で殺しにきた奴を助けなきゃならな――って、口開けんなくせぇぇぇぇ!」
初めて嗅いだがこりゃ酷い。あまりの激臭に仲間たちも鼻を摘みだした。
「うっぷ!? こりゃ何だマサル! とても嗅いじゃいられないぞ!」
「お酒の摘みでもここまで酷いのは嗅いだ事ないなぁ――って臭っ!」
「これは……さすがのボクでもスマイルが維持できない……」
「ちょっと、早く窓をお開けなさいよ! 臭くて堪りませんわ!」
「…………」←1人だけ防毒マスクをしている
クソッ、マジでくせぇ。下手すりゃ昼飯が逆流しかねない。
「グレェェェェェェ!」『も、もうダメ……』
「あ、コラ、他人の家で吐くな!」
その後、とても戦っていられる状態じゃなくなり、戦闘は強制終了。その結果……
「今日から眷属になったクーガだ」
「よ、よろしくな…………おぅえ!」
「だから吐くなっての!」
頼もしい仲間が増えた。