Chapter09: ドランカーを放置してはならないという例
バッグは公園に落ちていた。
僕らが立ち止まっていたドーム遊具の前である。
チカン騒ぎで明かりが点き出していた家々は、夜の闇にかえっていた。
バッグがそこにあったということは、公園を見回りにくるような人物は現れなかったのだろう。
公園のトイレに駆け込んでいれば、〝決壊〟は未然に防げていたのかもしれない。
僕のスマホも九死に一生を得ていたはずだ。
今となっては後の祭りである。
○
アパートに戻ってきた僕は、玄関前で鍵を取り出す。
敷島さんにストリーキングでもされたら堪ったものではないので、一応、公園に向かう前に鍵を掛けていたのだ。
カチャリ、と閂が外れる。
内鍵を開けて出ることもなかったようで一安心。
屋内に入ると、シャワーの音が止まっていた。
やけに静かである。
明かりが点きっぱなしになっている浴室に向かって、「敷島さん?」と名前を呼びかけても、返答はない。何度かくりかえしてみるが、一向に声が返ってこないので、浴室戸から中を覗いてみる。
曇りガラス越しに見えるのは、タイル床に脱ぎ散らかされた衣類と、水栓台と鏡だけ。彼女の姿が見当たらない。どうやら、浴室を出てしまったようである。
視線を廊下の引き戸へと移す。
モザイクガラスの向こうに見えるのは、消灯している自室だ。
……裸のまま寝ちゃってるんじゃないだろうな。
僕はゴクンと唾を飲み下し、目をつぶって、そっと引き戸を開けた。
閉じたまぶたを薄く開いていく。
「……あれ?」
部屋には誰もいなかった。
廊下からの明かりで十分視認できる六畳間。
電気のスイッチを入れて暗がりを除いて見るが、それでも人影は見当たらない。
テレビ、ベッド、本棚、座卓テーブルが、昼間外出したときの状態を保持しているだけなのだ。
「出したばっかりなのに、またトイレに入ってるんじゃ……」
その推測は間違っていた。
ピピーッ。
甲高い電子音に一瞬ビクつく。しかしすぐにそれが、部屋の壁に取り付けられた給湯器のリモコンパネルであることに気づいた。
『湯張りが完了しました』
告げられたメッセージ音声に、僕は真っ青になる。
「嘘だろ…………風呂に入ってやがる」