ウメコ対パセリナ 其の弐 ネタは炙ったウメコの巻
ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天プラ流」。それはパセリナの流派「雁モドキ流」の宿敵であった。パセリナは、ウメコに果たし状を突きつけた!
アンテナ保全のノルマ、今日最後の一本の交換を終えてウメコはスクーターにまたがると、そこからより近い班ガレージの方へ戻ろうとした。どうせ納入する虫などいないのだから、わざわざ組合の巨大ガレージまで行く必要はない。ノルマの報告とアンテナのデータは、班ガレージのトラビに入力すれば、それでよかった。だけど班長に報告の義務はあって、バイザー内のトラビで呼び出し、個人回線から、班事務室のトラビのほうへ繋げた。
「こちら浜納豆ウメコ、本日のノルマ、支障なく無事すべて完了いたしました。成果は班ガレージで入力します、以上。じゃ、はんちょー、今日はこれで・・・」
≪ちょっと待った≫組合の班事務室のトラビの前のイーマの実像が、煙たいいつものトーンで呼び止めた。≪試合のことで決まったこともあるから、こっちきてくれる?≫
8区捕虫労組合の8班事務室に着いたウメコは、イーマにノルマの成果を渡すと、試合についての詳細はパセリナが来てから話すから待っててと言われ、しばらくのあいだ地下の労食でお茶を啜って時間を潰した。まだ早い時間だから、ノルマを終えた捕虫要員の姿は見当たらない。今朝のことでイジられるのはゴメンだ。連中ときたら、人のことを物笑いのタネにするくらいしか、楽しみがないんだから。でもそんな邪魔も入らず静かに昼寝できた。そろそろそんな、うるさい連中が労務から戻ってきそうなころ、事務室へあがった。
すでにパセリナが応接ソファに端然と座っていた。
「なにさ班長、来てんなら呼んでくれたらいいのに」ウメコはパセリナの斜向かいに、ドスンと腰を下ろした。パセリナの顔は見なかった。
「タルカを待ってる」イーマがデスクに頬杖をついた手に虫煙管をはさんで、トラビ画面を見つめたまま言った。
大きく伸びをしたウメコはそれを訊いて、ソファに持たせた身体をイーマの方へねじ向けた。「タルカぁ?なんでまた?」
「立会人として選ばれた。というか私が選んだ。正式な捕虫術の試合に則って行うんだから、必要なんだと」イーマは背もたれに身体を持たせ、煙りをスーと吐いた。「クラック値を判定する役目だろ、本来なら古式の先生が立ち会うべきらしいけど、パセリナは流派が違うから、一応、公平性を保つという意味らしいよ」
「なんでタルカなのよ」いつもながらウメコは、イーマの采配にはいちいち疑問符がつく。「義務労以外じゃ、ウチで一番若いのに」
「んー、ウチらとの付き合いが一番短いし、中立だろうと思ってね。他班でもいいんだけど、頼めなかったから。ま、組合が許可したし」
「班長がやればいいでしょ」
「そんな暇ないんだよ、クソ忙しいのに。なんでタルカが選ばれたかくらい、察しろよ!」ウメコの不用意な一言にイーマは露骨に不機嫌な調子をみせた。「あんたが不服だろうがなんだろうが、いちいち考慮されないからね」
「別に不服なんかないですよ」ウメコはむしろそのイーマの言葉の方に、不服を覚えた――ったく、私がなにを言っても、それを文句と取るんだから――「別に、どうだっていいんだ、私はさ。誰が立会人だろうと、流派がどうだろうと、捕虫は捕虫さ」大きくアクビをしたところでパセリナと目が合うと、ぷいと同時に目を背けた。
その流派のことでさっきパセリナが、イーマにひとしきり抗議し、不服な態度を充分に示したあとだった。「<新鍋流>のウメコなぞと戦っても、まるで意味がございません!捕虫要員なら誰でも持っている名ばかりの師範、それもただのお免状程度のウメコと決闘するなどと、むしろ流派の名折れでございます!」と。
二天プラ流と公式に勝負をして勝たなければ、雁モドキ流の汚名はそそげない。だからわざわざ組合に申請までして認定をもらい、古式に則って果たし状の高札まで掲げたというのにだ。しかも新鍋流で相当の奥義修得者ならまだしも、たかが師範位のウメコと、雁モドキ流の奥義伝承者として家元を名乗るパセリナとでは、名目とはいえ、格が違う。パセリナにとって、これは看過できぬ事案であった。
「おめえが勝手に打ち上げた花火だろ、いちいち公式に申請なんかするからだ!」と怒鳴られた。出会ってこのかたイーマに怒鳴られたのは初めてだ。いや、イーマどころか大人に怒鳴られたことさえ、パセリナにはほとんど初めてのことだった。パセリナは公然とウメコに果たし状を突きつけたときから、もう決闘モードにある。だからこれにショックを受けるというより、さらに態度を硬化させて、挑むような眼差しで見返した。それでイーマも多少不機嫌なのだった。
それをウメコは知らないから、イーマの不機嫌なのは、まったく自分の存在のせいだと信じきっている。「フン」と、思わず不平の鼻息をついた。
ノックの音もなくぶしつけにドアが開き「お疲れさんですー」と顔を見せたのは、報告に来たワイナだった。
「なあなに?いまから戦うんちゃうよな」ワイナはこの場の3人の神妙な空気に、お構いなしで割りこんできた。「班長、決闘すんの見学できまへんか?」
「いいから早くデータ出しな!」
「はい、すんません」
ワイナのオチャラケた雰囲気にも、この張り詰めた空気は微塵も緩まなかった。このピリピリした場に自分がお呼びでないと悟ると、あとはおとなしく報告を終え、ワイナは足早に退出した。
「ほな失礼しました~」小声で言い、丁寧にドアを閉めると同時にワイナは、ある閃きの予感にアタマが回り始めるけれど、それはただ空転するばっかりで、もどかしく、居てもたってもいられなくなった。――決闘するとこ観たいわ!――それでなくては、この空回りするアタマはどうにも止まらない。――ひと目でも見たら、そこからなんぼでも走り出しそうやねんけど。なんとかならへんやろか。絶対いいネタにできそうやのになぁ。しゃあない、いつものデタラメで書いたらええか。それこそ腕の見せ所やで。百聞も一見も、ええ加減には如かへん。見るまえにでっち上げや!
次に報告に現れたのがタルカだった。顔をみせると、「来た」というウメコの声は耳に入ったけれど、なんの気にもとめずノルマの報告をしながら、この場の不穏な空気があながち自分とも無関係ではないらしいのに、さすがに不審になってたまらず訊いた。「なに?ウチになんか用?残労務やないですよね」
そこでタルカは自分が与えられた役目を聞かされると、眉根を寄せて抗議した。「なんでウチなん!?」
「そういやあんたさ、ウチらの試合、楽しみだって言ってなかった?」ウメコは確かに今朝そう聞いた。
「それは決闘や!古式の虫捕りなんかとちゃうわ!決闘いうたらバグモタ戦やと思うやんフツー!なんやウメコさんが決めたんですか!?」
「知らないよ。班長でしょ」
「まあ、居て」ソファに座る3人の方に椅子を向けて、イーマが示した捕虫労組合からの、古式捕虫試合に関する但し書きの文面はこうだ。
<柳川新鍋流>浜納豆ウメコ対<雁擬キ流>雁擬パセリナの古式捕虫術による対戦試合。この試合は開拓連合、捕虫労組合の認定する公式試合である。以下にその規定及び条件を記す。
一、日時は、ホルネ第1の月の13日10時とする
一、場所は、セグメント8区、U74地点とする。
一、立会人は、<志願労>黒糖タルカ=タタンとする
一、試合方式は前日に決定する。
一、当日は、試合当事者二名と立会人一名は、前日夕刻より、組合の用意した 宿所にこもり、外部との交渉を一切断ち、試合当日に臨むべし。トランスヴィジョン及び通信機器の一切は、宿所の外で外し、持ち込まない。
認定者、柳川新鍋流指南教労、泥鰌汁センゾー
「ここにサインしてくれる?」イーマがトラビ上の文書を示して言った。
「せやから、なんでや!?」タルカが不平をぶつけた。「前日からコーショーいっさい断つって、なんでやねん!?意味わからん、嫌や、その日、ウチ非番やで!集会出なあかんねん!」
「集会ってなんの」ウメコが訊いた。
「爆走集会や」
「改造車乗り回してるってやつか」イーマが訊いた。
「だからではないですか。これは戒めなのですよ。お上の配置というものでしょう」パセリナがたしなめる。
「ちゃんと許可取ってますよ!」
「嫌でもなんでもしょうがない。決まったことなんだから。代休の許可申請しろ」イーマが切り捨てるように言った。「文句があんなら、その二人か組合に言いな」
「私に言われても困る。パセリナに言って」ウメコは言いながら、トラビ画面に著名し、指の腹で捺印を入れた。「こっちだって一方的に勝負挑まれただけなんだ。しかも私とはいっさい無縁の恨みなんだからさ」
「私があなたを指名したわけではないので、文句なら班長にどうぞ」パセリナが著名しながら言った。「私だって組合の決定には不服なのですから、もし抗議したいのなら一緒に参りましょうか?私はこのあと認定者のドジョージル先生に抗議しに参りますので」
「いや、ええですわ、ウチは」タルカはあっさり折れた。タルカは礼式と教労が、なにより苦手なのだった。
地下の労民食堂に降りたウメコは、トレーをとって、変わり映えのないおかずが盛られた皿をのせていき、変わり映えのない顔ぶれの座っているテーブルで、手招きしていたワイナの隣の空席に座った。奥のテーブルでは 、すでにパセリナが最近よくツルんでいる<娘伊達ら常夏組>のお行儀良い連中と一緒にいた。
「さっきタルカがボヤいてましたわ」早速ワイナが話しかけてきた。
「ボヤきたいのはこっちだよ」とウメコ。
「ウメコさんなんとかなりまへんの?」
「なにを」
「立会人ですよ。せやなかったら見学でもええねんけど。頼みますわウメコさん。これ、よかったらどうぞ」ワイナはゼリーの缶詰をウメコのトレーに乗せた。「せやけどなんでタルカやねん。ウチにやらせてくれたってええと思いまへん?」
「おまえ、またチャナスカにデタラメ書いて送る気だろ!」
「え!?なんのことですか?」ワイナは、わざとらしくしらばっくれた。
「気づかないとでも思ったかよ、ユーシンク」
「アハハ。バレてはりました?」
「あたりまえだよ!あれ、あんたとチャッターボックスのビルで会ったときのことだよね!アウトネッツ倒したときもだよ。見てもないのによくあんなデタラメ書けるわ。てっきり外労連の仕業だと思ってたよ!ったく」けれど ウメコは本気で怒ってない。ニヤリとほくそ笑んだ。「だけどさ、いつもそうやってテキトーにオチャラケてるようでさ、あんたも実はいろいろあんのよね」
「なにがです?」ワイナは怪訝の目を開いた。
「とぼけなくたっていいじゃないよ」ウメコは意地悪くムシシと笑った。「いいよ、誰にも言わないから。あんたが失恋してビービー泣いてたことは黙っといてあげるから。だいじょぶだいじょぶ。口はかたいからさ。二度と私のことネタにしないならな!」
「はあ!?なに言ってまんの?」ワイナは目も口も大きく広げ、ムキになって反応したが、すぐに周囲を気にして小声になった。「失恋なんてしてません!」
「まあまあ」
「ちゃいます!あれは、」
「誰なのさ。あんなとこで密会するくらいだから、まさか自由労じゃないよね」
「知らんわ!ちゃうて!」するとワイナは開き直って不遜に態度を変えた。「ほならウチかてバラしますよ!ウメコさん、革命の地下活動してますやん!ジャンクハーバーにアジト持ってますやろ!開拓連合転覆させるつもりなんやろ!」
「は!?バッカじゃない!」
「そうや!わかったで!」ワイナは諸手を上げて立ち上がった。「だからパセリナが名乗りを上げたんや!正義の味方のパセリナが悪適合者のウメコさんを成敗するために立ち上がったってことや!それが決闘の本当の目的なんや!せやろ!これは捕虫圏を守るための戦いなんや!パセリナ!ぜったい負けたらあかんで!捕虫圏の命運はあんたにかかっとるんやー!」
地下労食がどっと沸いた。




