ウメコ対パセリナ 其ノ壱 先走る娘たちの巻
ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天プラ流」。それはパセリナの流派「雁モドキ流」の宿敵であった。パセリナは、ウメコに果たし状を突きつけた!
話はようやく戻って、ここから現在、8区の前線捕虫班として再編成された第8班<レモンドロップスiii>の班員として復労した、ウメコの奮闘の日々である。
朝、ベッドの中で夢遊病者のように半身を起こすと、トランスビジョンモニターからの立体メッセージが目の前に飛び込んできて、ウメコは一気に眠りから覚めた。
『果たし状、二天麩羅流、免許皆伝、浜納豆ウメコ殿、貴殿に対し、一切、私怨はございませぬが、我が流派積年の宿怨を相果たしたく、ここに決闘を申し込みたく候、 雁擬キ流家元、 雁擬パセリナ』
決闘だと!?すぐにアタマがクラクラしてきた。なんなんだこれは。だけどパセリナの長きにわたるあの敵対的な態度の理由がこれでハッキリした。昨日パセリナから突きつけられた言葉から、なんとなくピンとはきていた。ムシシ先生とのイザコザだろうと。自分も初めて会ったときはケンカになったくらいだし、あの気難しい先生とのことなら、さもありなんと。流派積年の宿怨というからには、きっと流派の三代目継承者であるパセリナとではなく、やはり父の二代目か、亡くなったパセリナの祖父である初代との因縁に遡るのではと推測できた。
しかし決闘とは大げさな。まさか網持ってチャンバラするとかじゃないよね。虫捕り試合よね。虫捕りして、二人の間の険悪な冷戦状態に決着がつくならそれは穏当だよ。ただウメコから言わせれば、険悪なのは一方的にパセリナの方なのだけど。
パセリナの果たし状は、トラビ上の連合の掲示板にドドンと公開されていた。ウメコは自分が顔を出して、またいちいち騒ぎたてられるのは面倒だから、どうせ今日も現場直行を許されているアンテナ保全のノルマで、点検に必要なデータは昨日のうちにもらっているのだし、あとは足りない資材だけを揃えてまとめ、誰とも顔を会わせずにさっさと労務に出てしまうつもりで、いつもよりも早めに家を出た。
――ああ、穏やかに日々を送りたい――ウメコの切なる願いであった。バグモタ選手権の予選を控え、数日前の捕虫違反とアウトネッツとの衝突のことでも、厳重注意を受けたばかりだというのに、またここで揉め事をおこして減点をくらうのは、なんとしても避けねばならない。まったく、こんなタイミングで決闘だのと派手に喧伝して、パセリナは私の再昇級を邪魔したいんじゃないよなと、勘繰りたくなる。ただの虫捕り試合でいいじゃないよ。ウメコは顔で苦虫をムシムシ嚙み潰しながら、バイクを降りて、ガレージ内に入っていった。
できたらパセリナと先に話をつけたいところだ。連合当局となど無関係に済ませられるなら、それに越したことはない。ただの虫捕り勝負だ。たとえ流派の因縁だろうと、いやだからこそ、他を介さず決着をつけるべきなのだ。生真面目なパセリナも普段は出労の早い組だから、騒がしい班員が入ってくる前に話をつけられるかと見込んで歩いていくと、すでにクロミがいて、床の掃き掃除をしていた。
「おはようございます。ウメコさん」顔をあげたクロミが、めずらしくキリッと決然とした挨拶をよこした。
「おはよう」昨日の捕虫ノルマを上手くこなしたらしい。昨日までの朝の様子とは、うって変わったクロミの様子に、ウメコも少しホッとした。
「あの、パセリナ先輩には私から言おうと思います、決闘なんてよくありませんから!」
「はぁ?」ウメコはムシっとした。「大きなお世話だよ、無駄無駄。それよりね大体あんたはしばらく捕虫ノルマなんだから、掃除なんかしなくていいって言ってるだろ、ケラコなんて全然お構いなしだぞ」
「すいませんっ!」クロミはいつもの頼りなげな表情にもどってしまった。
「ああ、もういいから、あんたの好きにしてよ。だけどいちいち謝るのだけはやめておくれよね。また班長にイジメてると思われるんだから」
「すいません」
しかしクロミから決闘の件を持ち出されるとは意外だ。クロミに悪意はなく、よかれと思って言ってるのはわかるけど、こっちの張りつめた神経に触れるようなことをされたら、反射的にムシッとトゲっぽくもなるさ。ウメコは自分のちょっとした癇癪気質が、クロミに当たるには強すぎて、ややもすると傷つけかねないことは反省すべきと思うけれど、こっちだってクロミのナイーブすぎる性質のせいで、かなり神経を削らされているんだと、嘆きの息をついた。
古い腰殻を棚にした資材置場の中で、今度はスピッター掃除のためのノズルクリーナーを抱えたタルカと鉢合わせた。
「おはようございます」
「おはよう。あんためずらしく早いね」
「スプレー全交換せなあかんねん、せやけど先輩、パー先と決闘すんのやって?楽しみやな~ゾクゾクするわ。ほな」
あいつ、古式に興味なんかあったのかなと首を傾げるも、ウメコはさっさと必要なぶんの円盤ケースやアンテナの交換部品の類いを、カゴに集めにかかる。
タルカは<レモンドロップスiii>以前のウメコとパセリナの仲を知らない。二人の仲が険悪なのに気づいたのも最近のことである。さして気にも留めず、元々性格が合わんのやろ、といった程度の感想しか持たなかった。なぜなら自分も、パセリナの律儀で、形式ばって、良適合な態度は苦手だったから。パセリナと自分とは、まったく正反対の性格だと思っていた。無論自分が不適合者だという自覚がある。だから、ノンコを代表するようなウメコとグーコを代表するパセリナの仲がよくないのは、せやろなと、すんなり納得していた。
近頃タルカは、バグモタ狂と呼ばれる、改造バグモタ車を乗り回す、義務労、志願労を中心とする若労の集団に出入りしていた。改造バグモタ車といっても、自由労とは違い、連合労民の許される範囲内でだから、基本、クラック制限も守るし、週一回の爆走集会といっても、おもにレース用に整備された敷地内や、整地されたばかりの、だだっ広い更地での爆走である。
そんなタルカは、今朝のトラビの公開掲示板を眠気まなこに見るや、パキッと目を開け、パセリナがウメコに決闘状を叩きつけたと知ると、身内に流れる血が熱くたぎり立ち、めずらしく苦手な早起きもすんなりできた。この班に入ったのはやはり正解やった。パセリナは苦手な先輩とはいえ、さすがに元<レモネッツ!!!>や、と見直した。頼もしいとさえ思った。なにしろ連合の掲示板を使って公然とケンカを売ったのである。いつか<レモネッツ!!!>の引き起こした虫の大破裂のような痛快な事件の現場に自分も立ち会いたいなどと、不穏な希望をこっそり胸に隠しているタルカは、だから今朝はご機嫌である。
そこへパセリナが現れた。すると掃除していたクロミが、そのパセリナのもとに駆け付け、思い余ったようになにやら訴え始めた。「パセリナ先輩、よくないですよ。決闘なんかやめてください!」
「なんやねんあいつ」タルカは抱えたノズルクリーナーを足元に置くと、脱いだ手袋を投げつける勢いで、二人の方へ詰め寄っていった。「なに余計なこと言うてんねん!シラケること言うたらあかんで!クロミ!」
しかしパセリナは即座に否定した。網の柄による剣術でも、バグモタでの格闘でも、トラビの格闘でも、まして生身の格闘などでもなく、古式の虫捕り試合による決闘だと。それを訊くとタルカは一気に興ざめし、まったく興味を失い、たかが他人の揉め事でこうも浮かれていた自分が恥ずかしくなった。やったらそう言えや。「なんやねんアホらし。どうでもええわ」
せやけどバグモタやなくて、古式捕虫術で決闘って、なんでやねん。バグモタでの勝負ならまだしも、虫捕りで勝負て普段のノルマと変わらんやん。――バグモタやったらウメコさんに勝ち目ないからちゃうんか?――いくら口さがないタルカといえど、さすがにそれを先輩のパセリナに向けて発することは憚られた。――ウチのいままでの興奮はなんやったんや。ほんまアホくさ。しゃあないから早起きできてよかったちゅうことにしとこ――そうして、はずみで脱いだ薄汚れた手袋をまたつけて、一度降ろしたノズルクリーナーを再び抱え、自分のクラックウォーカーの下へ歩いていった。
ウメコが資材置き場から出てくると、すでにパセリナがいて、ブリーフィング用の白ボード前で、マジックで何かを書きながら、それを指し示し、ほうきを抱えたクロミに、なにやらアドバイスを与えていた。
――あいつ、いるな――
パセリナはいつものように姿勢正しく、落ち着き払った様子でウメコを見据えた。しかしそれまでの、敵の視線を避けるというようなことはもうやめて、文句があるなら、どうぞ仰ってください!と言わんばかりの、かつて見たこともないような不敵な目をした。
クロミは振り向いた。ウメコさんに謝らなきゃいけない。――違うんですウメコさん、決闘というのは虫捕りの試合のことでした!私の早とちりでした!争う必要なんてなかったのです!喧嘩はやめてください!勘違いした私が悪いんです!ごめんなさい!――
二人の視線がぶつかり合う。すでに火花はバチバチと飛び散り、クロミはいまにも爆裂しそうな二人の間に割って入るどころか、言葉を発することすらできなかった。そうして、ウメコがいまにも火に虫を投げ入れそうな予感におののくと、その破裂の余波でも受けたかのように、かたく身をすくめた。
「パセリナ!随分まわりくどいことしてくれるじゃないよ!」ウメコは目が合うなりまくし立てた。「対決したいなら直接申し込めばいいでしょ、私が逃げるとでも思ってんのかさ!あんたはいちいちやることが堅苦しいんだよ!掲示板に貼りつけたりなんかして、あれじゃおもいっきり上に筒抜けじゃないよ!いい加減にしてくんないかな!なんの恨みか知んないけどね、あんたの恨みを私に晴らすのはお門違いってもんだろ!きっとムシシ先生でしょ!因縁あるのはさ。先生の居場所教えるから先生と戦いなって、そんなに決着つけたいんなら、それがスジってもんでしょうよ!」
「その言いぐさ!」パセリナは腰に差した網の柄に手を掛けた。「私怨はないと言いました。だけどそれは撤回いたします!いま私を愚弄した恨みと合わせて果たさせていただきます!」
「ムシシ先生と戦えっての!勝てないからだろ!」
「おだまりなさい!天麩羅ムシシの居所はカスリに聞いて、とっくに尋ねました。でも逃げたあとだったので!」
「逃げた?先生が?まさか」すぐにウメコはピンときた。「あー、じゃあ鬼門の方だろ、いまごろ2区の圏外にいるはずだよ。行ってみなよ」
いまさらあとに引けないパセリナは、鬼門区の2区と聞いて、少しひるんだ。
「そろそろいいかな」割って入ったのは班長のイーマだった。
「その決闘とやらの件だけど」イーマは億劫そうに話を切り出した。「ひとこと私に言って欲しかったね。朝からまた小言もらってきたよ。けどまあ、組合は公認するらしいよ。古式捕虫術の試合を公式に認めるとさ。ただし、なんだっけ?あんたのテンパー流?」
「二天プラ流です!」ウメコが強く否定し、さらに言い添えた。「公認もなにもねえ班長、私はぜんぜん無関係なんですよ、私の先生とケリをつけるべき案件なんだ、これはさ」
「は?なんだ挑戦は受けないってこと?いいよ、そんならそれで組合に報告するからさ」
「逃げると!?」
「はあ?やってやるよ」
「ウンフム。だろうね。そのつもりで、話は進んでるけどね。學所の古式の先生と、さっきちょっと話したけどね、大張り切りだよ、すぐに日取りも場所も用意するとさ」イーマは淡々と続けた。「で、その天プラ流?二天?それってのは連合の認可を得てない流派だから、やるならウメコは学務認定流派の新鍋流の師範として試合に臨むこと」
「そんな!それでは意味がございません、班長!!」パセリナが強く抗議した。「二天プラ流こそ、我が宿怨!」
「そんなこと私に言われても知らん」とイーマ。
「ほおら、大ごとにするからだよ」ウメコはハッハーと笑った。
「詳細は後にしてくれる。ちょっと朝礼の準備するから。これのせいで、組合でできなくてさ。捕虫予測の展開しないと」イーマは言いながらデスクの方へ向かった。
思いつめたクロミが、やっと切り出すタイミングをえて、ついに声を出した。「あの、すいませんウメコさん!私つい余計なことを!」
「ウメコが?なんだどうしたクロミ!!」イーマが振り返って言った。




