闇があっても、外では明るく。
「王子!すみません、遅くなりました。」
ガンガンッと、ドアを叩く。
「あ、ちょっと待って。今、着替えてるから。」
「はい!!」
バンッと、背中をドアに押しつける。
怒られるかと思った。クビにされると思った。国に返されると思った。もちろん、王子や王がそんなことをするはずがないと、知っているけど。
「いいよー。」
間延びした声とともに、ずるりと背中が滑った。
「ひゃっ!?」
悲鳴ともつかない小さな声ともに、
「ってええええ」
背中に激痛が走る。
状況はよくわからないが、床に倒れてしまったらしい。全体重を受け止めた背中が今、悲鳴を上げて泣いている。
「ほら、リュート。だめじゃない、寄りかかってきたら。」
手を差し出す王子の力を、あえて借りずに立ち上がる。
「全く、急に開けたらびっくりするじゃないですか。」
背中をさすりながら、かるく睨みつけるあたしを、王子は
「全く、急に倒れてきたらびっくりするじゃないですか。」
といって受け流した。
そう、王子とはこんな関係。
あたしは、お世話係といっても女中じゃないから、どちらかといえば友達と言ったほうが近い。憎まれ口をたたくし、たたかれる。ゆるくてやさしくて、心地よい関係だ。
ぐだぐだと、あーでもないこ-でもないと言いだす王子に、
「当たって砕けろ、ですよー。」
などと適当なことを言うあたし。
結局、いつも通り。今日みたいになんとかやっていくか、という結論に至った。
部屋に帰って、入浴。そのあとは、机の上に積み上げられた本をもって、図書室へ。
そう、実はこのあたし。
城の中でも一番の読書家なのである。あの王子さえも、ぶっちぎって抜かしてしまったくらい。今では図書の小人とも仲良くなり、夜中でも特別に部屋を空けてもらえる。
「小人さーん。」
図書室の前で叫ぶと、
「あいよー。」
と呑気な声が聞こえて、ドアが開いた。そこには、身長が155㎝をやっと過ぎたくらいしかないあたしの半分もない小人がいた。
「いらっしゃい。」
ほっとするような笑顔を浮かべる小人に、にこやかな笑みを返す。
「はい!これ返します。」
カウンターに5冊の本を置くと、天井につきそうな高い棚の森へ入って行った。
ここにきて驚いたのだが、世の中には本というとっても素敵なものがある。和にいるときは本なんて高価すぎて、読んだことも触ったことだってなかった。
だからだろうか。
文字を読めるようになって、理解できるようになってから、あたしは本にドップリとはまってしまった。
そして、もうひとつ驚いたことがある。
それは、本を守る小人がいる、ということ。本には、本の数だけ本を守るための小人がいるらしい。
ここのは本が多いから、最初に図書室に入った時は、小人がうろうろしすぎて「なんじゃこりゃ!?」と声に出してしまった。今思い出しても、あれほど恥ずかしかったことはない。
昼間は一般公開されていて一般の人たちがよく遊びに来るが、夜に空けてもらえるのは王と王子とあたしくらいしかいない。
ふんふんと、鼻歌を歌いつつ、小人と話をしながら本を選ぶ。
「はい、これ。」
カウンターでおとなしく待っていた小人に本を渡すと、
「あいよ。」
という声とともに、その本に入っていた小人たちが出てきた。
「よし、お前らの本は貸し出されるからな―。」
寝ていたのだろうか。本から出てきた小人たちは皆、目をこすっている。そうこうしている間に、本を渡された。
「はい、お休み。」
「おやすみなさい!」
ドアが閉まるとともに聞こえた声に、精一杯の返事をして、自分の部屋まで走った。
と、思ったら。
「・・・・」
ストン、と急に床が消えて、王子の部屋にいた。
「ごめん。召喚魔法、使ってた。」
つまり、だ。
あたしは王子の魔法の練習で、ここに召喚されたらしい。
「人を運べたから、成功だよ。ありがとう。」
嬉しそうな王子の顔を見ると、何とも言えなくなるが、これだけは言っておきたい。
「入浴中だったらどうするつもりだったんですか!!」
「ごめん、ごめん。」
あやまる王子に、怒ったふりをしながらも笑ってしまった。
「気をつけてくださいね。」
お世話係という権利を振りかざして注意だけすると、本を抱えて部屋へ戻った。
その日は、借りてきた6冊のうち3冊の本を読んでしまい、寝た。