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リュートの闇

 スッと、手を目の前に掲げる。

 コンコンッ

 ドアをノックするあたしの手は、爪が伸びていて野蛮に見えた。

「リュートか、入ってきなさい。」

「失礼します。」

 大きくて重いドアをあけ、王の書斎に入る。王は、いつものように深く椅子に腰かけていた。

「お疲れ様。いま、和と連絡を取っていたところだ。」

 低くて、穏やかな声。嫌いなわけじゃないが、なんだか苦手だ。


 ナゴミ。

 あたしがかつて、住んでいたところ。あたしはその土地で生まれ育ち、いまだに家族がいるところ。


「継続、だ。心配しなくも、リューはここにいられるよ。」

 リューと呼ばれると、胸の奥がキュッと締まるような感覚に襲われる。あたしは昔、お龍、と呼ばれていたんだっけ。もう遠くなったはずの過去が、次々とあふれかえる。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 胸の苦しさを抱え、形通りのあいさつをしながら王の書斎を出た。


 自分の部屋に入ると、へなへなと足元が崩れた。バタンと、ベッドに倒れこむ。

「あーあ。」

 ホッとしている。けれど、つらい。


 そもそも、和という国はとても小さい。資源もなく、これといった技術もなく、今を生きるだけで精一杯な国。

 貧乏で、子だくさん。

 まさに、そんな国だ。なんとか保っていた財政は苦しくなるばかりで、いよいよ雲行きが怪しくなった和は、一つの政策を打ち出した。

 それは、子供を売る、ということ。

 子供しか資源のない国だ。こんな政策が出たのは仕方がない。

 他国では少子化が進み、たくさんの企業や国で人出が足りなくなっていた。それを補い、なおかつ、自分たちの国を潤す政策。なかなか頭はいいと思う。

 そのために、あたしは売られた。子売り、と呼ばれる政策にのっかった。

 あたしがここにいて暮らすことで、国は潤い、家族にも金が送られる。国が潤えば、あたしみたいにつらい思いをする子供が減るだろうし、家族に金が送られていれば、貧乏のくせに子供が8人もいる家を守ることができる。

 そう、あたしは納得済みで売られた。すべてを理解していて、売られた。


「でも。」

 でも、でもでもでも。

 苦しいことに変わりはない。家族と離れ離れになって、つらくないわけがない。

 あたしは比較的、恵まれていると思う。

 世界で最も豊かと言われる、七色という国。魔法という技術を駆使し、どこの国にもおよばはないような広い領土を持つ国。あたしは、たくさんの領域があるなかで黒の領域の城に仕え、召使でもなく、奴隷でもなく、世話係として使ってもらえている。王子はやさしく、王だってあたしを娘のように可愛がってくれている。

 でも。

 それが、家族と離れたことを埋めてくれるわけがない。

 今でも、「お龍」と呼ぶ両親や、「お姉ちゃん」と駆け寄ってくる弟や妹が夢に出てくる。あの国のあの村で過ごした日々が、匂いから音から光からなにもかもが、ふっと一気に押し寄せてくる。あたしを押しつぶそうと、ものすごい勢いで駆けてくる。そんなとき、ふと思ってしまうのだ。

 ここから解雇されて、家に帰りたいと。


「違う。」

 解雇されたいだなんて、思わない。あたしがここにいることで家族が飢えをしのげるのなら、あたしはここにいるべきなんだ。あの国へ帰ってはいけないんだ。

 もやもやとした思考をおさえるように、枕を抱き締める。だけれど、愛しい家族の匂いがするはずもなかった。


 ふと、時計を見上げた。すると、

「ぅわあああ」

 あたしとしたことが、王子との約束を忘れるなんて。明日の悪夢狩りの計画を立てなくてはいけないのに。


 バタバタとものすごい音を立てながら、あたしは王子の部屋までダッシュした。

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