第12話「決断の代償」
部長室から出てきた蓮の表情は重かった。
いつもの穏やかな笑顔はない。
陽菜は思わず立ち上がる。
「蓮さん……」
しかし蓮は小さく笑っただけだった。
「大丈夫」
そう言う声も少し無理をしているように聞こえる。
その日の帰り道。
陽菜は蓮と駅まで一緒に歩いていた。
夕方の風が少し冷たい。
しばらく沈黙が続く。
やがて蓮が口を開いた。
「正式に決まった」
陽菜の胸がドクンと鳴る。
「プロジェクト責任者」
やはりそうだった。
真奈の言った通り。
「すごいじゃないですか」
陽菜は笑顔を作る。
でも蓮は笑わない。
「そうかな」
その反応に陽菜は違和感を覚えた。
「何かあるんですか?」
蓮は少し迷ったあと答えた。
「実はそのプロジェクト」
「半年じゃ終わらないかもしれない」
陽菜の足が止まる。
「え……?」
「早くて一年」
「長ければ二年」
言葉を失った。
二年。
それはあまりにも長い。
付き合ったばかりなのに。
やっと想いが通じたのに。
蓮は苦笑する。
「ごめん」
「謝らないでください」
そう答えたものの、胸の奥は苦しかった。
その夜。
陽菜は眠れなかった。
スマホを見る。
蓮とのトーク画面。
何度も開いては閉じる。
会いたい。
でも言えない。
寂しい。
でも言いたくない。
好きだから。
負担になりたくない。
そんなことを考えていると通知が鳴った。
蓮だった。
『起きてる?』
陽菜はすぐ返信する。
『起きてます』
すると電話がかかってきた。
「もしもし」
『ごめん。声聞きたくなった』
その一言だけで胸が熱くなる。
しばらく他愛もない話をした。
仕事のこと。
昼ご飯のこと。
真奈のこと。
だけど突然。
蓮が黙った。
「蓮さん?」
『なぁ陽菜』
少しだけ震えた声。
『もし俺が失敗したらどうする?』
陽菜は固まった。
『責任者なんて初めてなんだ』
『正直怖い』
初めて聞く弱音だった。
いつも頼れる蓮。
優しい蓮。
完璧に見えた蓮。
でも今は違う。
不安で。
苦しくて。
それでも前に進もうとしている。
陽菜は静かに言った。
「失敗してもいいじゃないですか」
電話の向こうが静かになる。
「失敗しても」
「私は蓮さんの味方です」
数秒の沈黙。
そして。
『反則だな』
蓮が笑った。
『もっと好きになる』
陽菜の顔が真っ赤になる。
その時だった。
電話の向こうで何かが落ちる音がした。
ガタンッ――
『え?』
蓮の声が変わる。
「どうしたんですか?」
返事がない。
「蓮さん?」
数秒後。
聞こえたのは知らない男性の声だった。
『あなた陽菜さんですか?』
陽菜の全身が凍り付く。
『蓮さんが倒れました』
頭が真っ白になる。
『今すぐ病院へ――』
その言葉を最後に通話が切れた。
スマホを握る手が震える。
呼吸が苦しい。
何が起きたのか分からない。
ただ一つだけ。
嫌な予感がしていた。




