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好きなのに、言えなかった。  作者: 雨宮もか


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第1話 「陽菜の片思い」

朝の満員電車に揺られながら、陽菜は小さくため息をついた。

 月曜日。

 一週間の始まりは、どうしてこんなにも憂鬱なのだろう。

 会社へ行けば仕事が待っている。気を抜けばミスをするし、人間関係にも気を遣う。

 それでも、少しだけ足取りが軽くなる理由があった。

 ――蓮に会える。

 そのことを考えるだけで、胸の奥が少し温かくなる。

 会えるだけで嬉しいなんて。

 我ながら単純だと思う。

 でも、好きな人がいるというのは、そういうことなのかもしれない。

 蓮を好きになったのは、半年前だった。

 入社して間もない頃、陽菜は大きなミスをしてしまった。

 取引先へ送る資料を間違え、上司にも厳しく注意された。

 情けなくて、悔しくて。

 誰にも見られたくなくて、トイレに逃げ込んだ。

 個室の中で必死に涙をこらえていた時だった。

「陽菜?」

 外から聞こえた声に驚いた。

 蓮だった。

「大丈夫?」

「……大丈夫じゃないです」

 思わず本音がこぼれた。

 すると蓮は少しだけ笑った。

「そっか」

 責めることも、励まそうと無理をすることもなかった。

「でもさ」

 優しい声が続く。

「失敗した人より、それを直そうとしてる人の方が俺はすごいと思う」

 その言葉に、張りつめていた気持ちが少しだけ軽くなった。

 あの日からだ。

 蓮を見るたびに胸が苦しくなるようになったのは。

 会社に着き、自分の席へ向かう。

 パソコンを立ち上げていると、聞き慣れた声がした。

「おはよう、陽菜」

 振り返る。

 蓮だった。

 相変わらず優しい笑顔。

 目が合っただけで鼓動が速くなる。

「お、おはよう」

「昨日遅くまで残ってただろ?」

「え?」

「資料作ってたじゃん。無理するなよ」

 覚えていてくれた。

 その事実だけで嬉しくなってしまう。

 午前中。

 陽菜はメールの添付資料を間違えるミスをしてしまった。

 大事には至らなかったが、気分は落ち込む。

「すみません……」

「誰だってミスするよ」

 隣から聞こえた声。

 蓮だった。

「ちゃんと修正できたんだから大丈夫」

 そう言って笑う。

 その笑顔に、また救われてしまう。

 昼休み。

 社員食堂で偶然隣の席になった。

「休日は何してるの?」

「映画見たりかな」

「へぇ。今度おすすめ教えてよ」

 今度。

 その言葉だけで嬉しくなってしまう。

 きっと蓮は何気なく言っただけなのに。

 もっと話したい。

 もっと知りたい。

 そんな気持ちが膨らんでいく。

「蓮くん!」

 明るい声が響いた。

 同じ部署の真奈だった。

 真奈は自然な様子で蓮の隣へ座る。

「この前ありがとね!」

 そう言いながら蓮の腕に軽く触れた。

 蓮は特に気にした様子もなく笑っている。

 その光景に胸がざわつく。

 自分でも嫌になる。

 彼女でもないのに。

 嫉妬する資格なんてないのに。

 午後の仕事を終え、陽菜は一人で帰り道を歩いていた。

 夕暮れの空は茜色に染まっている。

 今日も蓮と話せた。

 嬉しかった。

 だけど苦しい。

 蓮は優しい。

 誰に対しても。

 だから分からない。

 私への優しさに特別な意味なんてあるのだろうか。

 たぶん、ない。

 それでも好きになってしまった。

 どうしようもないほど。

「陽菜!」

 後ろから名前を呼ばれた。

 振り返ると、蓮が走ってきていた。

「蓮?」

「よかった。まだいた」

 少し息を切らしながら笑う。

「今日、助かった」

「え?」

「午前中の件。陽菜がまとめてくれてたから助かったよ」

 そして少しだけ照れたように続けた。

「陽菜がいてくれて助かってる」

 一瞬、言葉を失った。

 胸が大きく鳴る。

 期待してしまう。

 だけど、きっと。

 きっと蓮にとっては何気ない一言だ。

「じゃあ、また明日」

 蓮は手を振って去っていく。

 その背中を見つめながら、陽菜はそっと唇を噛んだ。

 好きにならないようにしようと思っていた。

 傷つかないように。

 期待しないように。

 でも――。

 もう無理だった。

 私は蓮が好きだ。

 誰よりも。

 どうしようもないくらい。

 ――好きにならないなんて、もう無理だった。

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