第零話 敵襲(序章)
地は揺る、天は散る、黒雲は城を圧す。
維州、西四川の要衝。その城、高阜に踞し、下に下は谷腦河と臨む。嶺越ゆる風、常にその石壁を撫づ。両側の山は相対してそびえ立ち、ただ一本の谷道のみが松州へと通じていた。
時は九月、秋風、蕭々たり。空は暗く沈み、西北から吹く風は刃のように冷たかった。
ある日の未の刻(午後二時頃)、西門の烽火台の兵は、一騎の馬が北の谷から駆け来るのを見た。
馬は汗と血にまみれ、騎手は鞍に伏し、もはや身体を支えることもできぬ様子であった。
門の守兵が叫んだ。
「何者だ!」
その者は顔を上げた。顔は煤け、唇は裂けていた。松州の斥候であった。
馬を降りることもできぬまま、かすれた声で叫んだ。
「松州……陥ちたり!」
城門の上にいた兵たちは、その言葉を聞き、顔色を失った。
斥候は城内に運び込まれたが、軍府の前で馬から落ち、地に伏して荒く息をつきながら言った。
「吐蕃の大軍、岷山を越えて南下す。旌旗は野を覆い、その後尾は見えず。松州の守軍は一万にも満たず、三日戦って潰えたり。城はすでに吐蕃の手に落ちたり」
「その前鋒はすでに南下し、ほどなく維州に至らん!」
言い終えると、そのまま意識を失った。
その夜、維州の城内では太鼓の音が絶えなかった。
守将は城壁に登り、北を望んだ。
群山は暗く沈み、まるで獲物を待つ獣のようであった。
松州陥落の報が広まると、民は荷をまとめ、子を抱き、城門へと集まり、逃れようとした。
しかし城門はすべて閉ざされた。
守将は命じた。
「吐蕃未だ至らず。棄城を口にする者は、斬る」
城は静まり返り、ただ風が城壁を吹き抜ける音のみが聞こえた。
数日後
まだ夜が明けきらぬ頃、北の烽火が上がった。
一人の兵が城楼へ駆け上がり、北の谷を指して叫んだ。
「将軍、敵影!」
しかし、初めて見かけたのは、一部の先鋭部隊。朝風が吹かれ、薄霧は散りゆく。
現れし吐蕃の軍勢は、この深秋の寒気をさらに骨に徹さしむ。十万の大軍、その勢、蟻の群のごとし。
さらに望めば、旌旗現れたり。
黒旗を主とし、赤幡これに交じり、林立すること森のごとし。
甲冑の光、朝日に映じて、霜のごとく輝けり。
谷道の中、人馬相連なり、前後窮まりなし。
陣鼓の音、山谷の奥より響き来たり、低くして雷のごとし。やがて吐蕃の前軍、谷口より現れ出でたり。
甲冑の光は朝日に映じて霜のごとく輝けり。陣鼓の音は地を震わせ、低くして雷のごとし。維州の運命は、今や風前の灯火であった。
この悲報が長安の静寂を切り裂いたのは、それから数日後のことである。




