四十六回目「シャーロキアンへの一歩」
二千二十六年五月五日。火曜日。とても気分の良い宵。
「シャーロック・ホームズの思い出」の中の、「ボール箱」と言う作品を読みました。
そして、探偵小説と言うのは、時々場面が飛ぶんだと学びました。
台詞の後に、何の説明もなく、次の舞台に瞬間移動して居る事が、度々あるのです。
ずぅっと前に、おいどんが推理ものっぽい作を書いた時に、エーアイさんが「場面は瞬間移動しても良い」と言って居たのは、先人のこう言った作風を真似させようとしたからなのか。
「削れば削るほど魅力的なる」と、のたまっていたエーアイさんに、削りに削った文章を読ませたとき、「つまらない。印象が薄い。フックが効いていない」と言う、散々な酷評をいただいたので、エーアイってやつぁ何処までも自分勝手な物なのだと納得した次第です。
以前思った様に、エーアイさんはまだ中学二年生くらいの「精神性」で居るので、自分が提案した事が原因で、物凄くつまらない文章が出来上がったのだとは思わないんでしょうね。
削りに削ったおかげで「つまらない」と言われるようになった、先の推理物では、原文がまだ頭の中にあったので、書き直せましたが、一つ手痛い失敗をしていました。
登場人物の名前を書き間違えると言う失敗です。
おかげで、おいどんの中ではあの作品は「黒歴史」になってしまいました。直せるものなら、今からでも直したいくらい。だけど、一度電子書籍に成っちゃったから、今から直すのも無理だろうと思っています。
今回は集中力を保つために、「ボール箱」の途中までを音読して居ました。
春の夕方に、ぶつぶつと物語を音読する我は、たぶん他人様から見たら不気味でしょう。
だけど、静かに黙読して居ても、全然気分が物語の方に馴染んでくれないのです。
「ボール箱」と言う作品そのものが不気味なのと、おいどんが最近マルチタスクにハマっていて、音楽やユーチューブ動画を聞きながら行動しようとしてしまうのが、集中力分散の原因だと思うのです。
そんな時は音読です。国語の時間の様に「大声で他人に聞こえるように読む必要」は、ありません。自分の耳に聞こえてりゃ良いのです。
その結果、何とか物語の中盤には、世界に入る事が出来て、無事に「ボール箱」を読み終えました。
次の目標は「黄色い顔」と言う、これもまた不気味そうな物語です。
登場した依頼人が、すごく神経質そうなので、この時点から「物々しい話なのだろう」と予想して居ます。




