No.9 激化する戦地
先導隊がいるエリアに押し寄せる衝撃波を振動は限定的に無効化することで被害をさらに最小限に抑えた。
だが、周辺はその爆発から地面は抉れ、木々はなぎ倒された。
『通信システム回復。先導隊に通達。敵艦隊より戦闘機と思われる熱源体が接近中。数は二十』
敵軍は生み出した混乱と衝撃を最大限に活用してきた。爆撃による一帯掃討に動いていた。
『神崎上等兵っ、戦闘機を迎撃せよ。すまないが私は先ほどの防御で立て直しに時間がかかる』
「っ...」
戦闘機による空襲。爆撃への迎撃。憂希はその状況に対しての有効打を一瞬見失う。空襲という単語に対しての身に覚えのない恐怖感が湧き出してくる。
「了解っ」
それでもこういう状況、こういう役割こそ自分がここにいる理由だと、自己暗示をかける。
「戦闘機ならもう能力者じゃないだろっ」
巨人や自爆に対しては咄嗟の判断で思いつきを実行した。だが、今回はそうもいかない。数が段違いであり、対象も巨人ほど狙いやすくはない。
「....別に狙う必要はないのか」
相手はこちらに向かってきている飛翔体。そちらに対して遠距離攻撃を狙うのは至難の業だ。数機を堕としても警戒されれば次に当てるのは困難を極める。
それならばと、憂希はイメージする。
「絶対にこっちには来られないようにする」
空中に分厚い水の壁を形成する。雲から地面まで到達する広範囲の透明な壁。垂直ではなく緩やかなカーブを描いた壁。
「振動少佐っ。今、水の壁を雲から地面まで作りました。相手がそこに到達したら合図をくださいっ」
『水の音を観測した。了解。三分後に到達予想』
様々な音を感知して判断するその能力は、能力行使だけではなく脳の情報処理や状況判断でかなり消耗するだろう。
強力な能力は規模や影響も大きいが能力者自体の負荷も多い。イメージして行使するということはそのイメージや状況判断によって能力者自身が考えて、操作しなければならない。火を出すだけの能力と火を操れる能力では、能力者のリソースが異なる。
「おい、何をするつもりだ」
「相手に追尾するように攻撃を展開しても、無視されたり回避されたら爆撃される可能性があります。それならそもそも到達できないようにしようと考えました」
『到達まで....五、四、三、二』
「だったら分厚い壁を展開します」
『ゼロ』
そのカウントダウンに合わせて水の壁の厚みを一気に増幅させ、戦闘機を空中で水没させる。
先頭の異常を察知して回避行動にでる後続機。急旋回にてその壁をかわそうとする。
「....逃がさない」
厚みを持たせた水の壁を瞬時に氷結させ、そこから無数の突起物をランダムで突き出し、空中に氷の森を生成した。
次々に戦闘機が氷の壁や突起に衝突して、連鎖的に爆発音が響き渡る。
「....っ」
憂希に何とも言えない罪悪感が忍び寄る。初めて人を殺めたその感覚。明確な殺意の無いその行いに理性が警鐘を鳴らしている。
「グレード1...すげぇなくそ」
後ろから傀のぼやきが聞こえた。憂希が振り返ると上空を見上げ、唇を噛みしめていた。
『先導隊へ伝令。敵艦隊から無数の熱源体が接近。ミサイルと思われます。数不明。警戒態勢及び迎撃を』
「はぁ??そんなポンポン撃てるんかよっ」
「それほど敵艦隊は武装してきているのか」
「神崎っ。お前の能力を使わせろっ」
「何をする気ですか」
「俺がこの辺の小石や砂利にまとめて能力を付与する。それを上空へ吹き飛ばしてくれ」
「それでも数が不明なミサイルを堕とせるんですか」
「錐生隊長の能力も使わせてもらう。小石や砂利を吹き上げて、空中で結合しながら飛ぶ貫通弾の雨にしてやるんだ」
「...了解。その小石にできる限り俺も固める材料を飛ばします」
「決まりだ!錐生隊長っ、こいつに能力をっ」
地面を抉るように小石や砂利を搔っ攫い、それを空中に全力で投げつける。
『また無茶をっ。対象が絞れないと付与がばらつくって教えてんだろっ』
「今は範囲指定でおねがいしやす!!」
『後から言うなっ』
「神崎っ」
「はいっ」
上昇気流を発生させ、その中に氷のつぶてや周囲の岩石もまとめて空中に巻きあげる。それらすべてに貫通の能力が付与されている。
『着弾まで一分』
「できるだけでかくできるかっ?」
「もちろん、やってます!」
空中に浮かぶそれぞれの塊に集中的に岩石や氷塊を凝結させる。
「さっきの氷の壁もあるっ。これで行きますっ」
空中に飛行隊の影を認識し、それに向けて一斉発射する。地上部隊もC-RAMにて迎撃を開始した。
しかし、ミサイルたちはそれらをまるで戦闘機のように自由に空中を飛行して回避しながら接近する。
「んなっ!?今のミサイルってあんな機能が」
「んなわけねぇだろっ」
「くそっ」
『私が過半数を堕とすっ。二人で残りを堕とせっ』
少し回復した振動が再度衝撃波を放ち、範囲攻撃で回避行動すらも無力化してミサイルを堕とす。だが、まだ数十発が残っている。
「さっきの要領でっ」
上空の気温を一気に低下させ、ミサイルの表面を一瞬で氷結させる。
「これでどうだっ」
その氷結を増幅させ、ミサイル自体を氷塊の中に閉じ込める。推進力を失ったミサイルは慣性のまま落下する。
「俺の出番ってわけだなっ。掃除要員じゃねぇぞ俺はっ」
傀は不満を垂れつつ、その落下するミサイルをひとまとめにするため、岩石を放り投げる。岩石をベースに次々と凝結させ、落下起動を変えつつ一点にまとめた。
落下地点がまとまったことにより、ミサイルたちを捕獲した塊は地面と接触した瞬間に大爆発を引き起こした。
「はぁ....はぁ....何だったんだ今の」
明らかに意思をもって回避行動したミサイルは熱源や障害物感知でもあるかのように反応していた。弾道から逸脱した回避。
「明らかに能力者だが...近くにそんなのいたら振動少佐や本隊が感知してるはずだ...」
能力者が主体となった戦場において基本的に初見殺しをどう回避するのかが肝となる。些細な手がかりや情報からの推察とその対応が命を左右する。
爆音が咄嗟の判断や必死さを掻っ攫い、嫌な静けさが響き渡っていた。
『各隊に振動より伝令。先ほどの弾道ミサイルは何かしら能力が行使されていた。ただ周辺に敵軍ならびに能力者と思われる存在は確認できない。よって能力者は敵軍艦隊にいながらミサイルに対して能力行使したと推察。規模や範囲によりグレード2以上の能力者の可能性あり』
敵艦隊からこちらの状況を瞬時に判断して操作する。おおよそ生半可な能力ではない。しかもそれがミサイル限定なのかどうかすら不明だ。
『現在、先導隊の戦闘区域は敵軍の陽動及びこちらの足止めと推察。よってこれより先導隊に本隊を合流し、敵艦隊への進軍を開始する』
敵軍の狙いがミサイル等の操作による的確な迫撃、爆撃による掃討作戦だという読みで振動は進軍を決意した。憂希や傀の対応にも反応したことを考慮すると持久戦はかなりリスクが高い。
『印象院伍長。現在移動可能な人数を兵士、武装優先で先導隊までテレポート』
その指示が出た数秒後、後方に本隊が出現した。一人でやっているとは思えない移動量と距離だった。
『敵艦隊への進軍部隊に作戦を伝える。神崎上等兵、私を先頭に敵艦隊からの攻撃に対して防御態勢を取りつつ、敵目標を確認でき次第、一斉攻撃開始する』
距離があった先導隊と憂希、傀は合流した。
「やっぱすげえなグレード1ってのは。あの痛快な爆破や氷塊での一網打尽っ。百人力とはお前のことだったな神崎」
合流してすぐに錐生は憂希を盛大に労った。肩を組まれ、勢いよく引き寄せられた憂希はよろけながら感謝を伝えた。
「神崎上等兵、君に盾を任せるようになって申し訳がないが頼むぞ」
「...一つ確認させてください」
「許可する」
「...敵を見つけ次第、俺がその一帯を吹き飛ばすという理解でいいですか」
「状況によるがそうなるだろう。敵がミサイル以外も操作できる能力者がいるかもしれない。敵を目視できる距離まで接近したら我々は少し後方に下がる」
「後方から攻撃ですか?」
「そうだ。...これはあくまで私の推測だがな、操作しているのはグレード1だと踏んでいる」
「グレード1!?」
「あくまで推測だ。しかしロシアには武器や兵器を自在に操る能力者がいるという情報もある。ただ範囲や規模が未確認のため、敵艦隊に乗船しているかも不明だ」
「...俺が一撃で殲滅できるレベルの攻撃を放ちます」
「..どうした」
「敵軍に優位を取られているとこちらが後手に回って、防戦一方でした。相手が何を仕掛けてくるかわからないなら、こっちから仕掛けるしかないかと。被害が出てからじゃ遅いと思いました」
先ほどの防戦に今まで感じたことのない危機感と焦燥感が憂希を襲っている。戦闘における素人、殺し合いを理解していない平和育ちの青年にさえ、それは判断を強いる。
「もちろん、そのつもりの進軍だ。ただ君の言うその一撃がどの程度でどれほど効果があるかがわからない状態で決め打ちするのは危険と感じている」
流石に冷静であり、現状分析結果からの最適解を検討している振動はそう易々と憂希の提案を呑まない。
「振動少佐の振動検知はどのくらいの精度を出せますか?」
「集中すれば呼吸音や心音も検知できるが、距離があると正確さが下がる」
「敵艦隊を攻撃後に振動検知を行い、残存する敵軍がいるかを確認した後に一斉射撃というではどうでしょうか」
「おいっ、いくら何でも出しゃばりすぎだろ。作戦を立ててそれを伝えるのは振動少佐の仕事だっ」
痺れを切らせて傀が憂希に突っかかる。当然の意見である。
「まだわからないが武器や兵器を操れる能力者がいるとするなら、次に何が飛んでくるかも予想ができない。それならそもそも何もさせないのがいいと思ったんです」
「一理あるがその一撃で君は何をするつもりだ」
「さっきの防戦で一つ学びました。こちらが何をするかではなく、どんな相手に何が効果的か」
錐生に言われたイメージのコツ。効果的な選択肢をより簡単にイメージする。単純かつ規模が大きい能力であればあるほど、その根幹が重要となる。
「敵艦隊に対して山のような大きさの氷塊を落下させます。それに対する迎撃による破壊行為を多少無視できるサイズで。それに対応できる装備があるなら逆に使わせて手の内を晒させることができ、俺以外の方々でその対処を検討する、というのはどうでしょう」
「...その氷塊、俺の能力を付けさせろ。敵が撃ち込んでくる何もかもを凝結させて、飛散したものさえその対象となれば、迎撃さえ利用できる」
「よし、その案を採用だ。ただ、氷塊を形成する前に敵に勘繰られては意味がない。はるか上空で形成して急速落下させるのが前提だ。その間の防衛は我々が担う」
進軍及び強襲作戦の内容が決まった。部隊はすぐに進行を開始した。
「...なんだかお前の能力に付加価値を付ける程度って感じだよな」
進軍中に傀がふと、そんな言葉を漏らした。
「成功率を上げて、効果も格段に上がるんです。傀さんの能力あるのとないのとじゃ大違いだと思いますよ」
「俺の能力は瞬発力が低い。でかい塊にするには時間がかかるが、ターンが稼げれば効果はでかい。ただ、その瞬発力がグレード2やグレード1と違うところだ」
冷静な分析と自分の能力に慢心しないという点で、傀はもう軍人だった。
「...だがな、能力は相性もあるが状況でも優位性が変わる。俺の能力が活かせる場面は必ず来る。ただ、お前が活きる場面は俺よりもっとあるって確信したぜ」
「ありがとうございます」
その言葉に嫌味や皮肉はなかった。ただ傀自身の悔しさは感じ取れる言葉だった。汎用性や瞬発力はグレードに依存するといってもいい。自分より後から入ってきた新人に先を越されている状況を呑み込むには時間がかかったが、それでも認めざるを得なかった。
「だがな、最初にも言ったが調子には乗るなよ。余裕かましてるとすぐ持ってかれる」
「はい。この戦闘でかなり、学びました」
憂希は手の震えを見てそう感じた。死と隣り合わせという状況にはずっと馴れない。何をされるかわからない状況のストレスは計り知れないものだった。
『各隊に伝令。無数の飛翔体を検知。動力は確認できないものの確実に飛来してきている。個々はかなり小さいが数が検知不能なほど多数確認。迎撃態勢を取れ』
振動の全体への伝令が入った。
「何が飛んできているんですかっ?」
「サイズは野球ボールくらいだが、数が多すぎる。...目視したら空を覆うほどだろう」
「空を覆う...」
「神崎上等兵、君は空を切るものを感じ取れるか?」
「空を切るもの...ですか」
「私は物が動くことで発生する振動を感知している。逆に言えば動いても振動がないならわからない。しかし空気を押しのけながら進むもの、風を生んでいるものは君の能力でも感知できるのではないかと思ってね」
「...やってみます」
風を捉えるという何ともイメージが難しい挑戦。ただ憂希は水の中に体を沈めた時の感覚をイメージして研ぎ澄ませた。体の表面を水流が滑るその感覚。風が吹けばそれも肌で感じ取れる。その感覚を広げ、風の対流を可視化する。
「...わからない」
周辺の対流ならまだしも、距離がかなりある場所の対流ともなると何もわからなかった。
「すぐにやるのは難しいだろう」
「...ちょっとやリ方を変えてみます」
次に憂希は自分から微風をまっすぐ発生させた。まるで長い触覚を空中に走らせるように。
「...っ。少し感知できましたっ。でも数や形状までは」
「その一歩が重要だ。ゼロと一では差が大きい」
この感知を習得すれば、どんな状況でも正確に、しかも察知されずに位置を特定できる。振動と同じように強力なセンサーになると憂希は考えた。とはいえ、一朝一夕では習得できない。第六感を育てるようなものだ。
「そろそろ目視可能だ、観測班っ」
宙を舞う無数の物体の確認作業に入る。明らかな攻撃の正体を暴く。
『各隊に伝令。敵軍の飛翔体は...手榴弾と断定っ。数は...不明っ』
「手榴弾が飛んできてるっ!?」
「私の予想は当たったようだ...。神崎上等兵っ」
「はいっ」
爆破する前の球体であれば防御は容易い。壁を張り、一点にまとめて処理する。ミサイルと同様だ。
しかし、手榴弾はこちらが迎撃に入る前に爆破した。
「なっ!?」
先頭の数千個は閃光弾だった。衝撃波や爆風が効果的ではないと判断した敵軍の起点。手榴弾に紛れさせた猫だまし。
その怯みを余すところなく捉えるように後続の手榴弾の速度が上がり、空一体が黒く染まった。その黒は一気に爆風と轟音の海を生んだ。
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