No.10 戦の傷痕
それぞれが咄嗟に防御行動に入ったが、自分を守ることで精いっぱいだった。
振動は立て続けの振動検知と広範囲の衝撃波迎撃により疲弊し、自分の眼前から迫る爆発を消すことしかできなかった。
「ぐっ....うぅ」
憂希は咄嗟に地面から氷や岩の壁を形成したが、それらは今や原型はない。飛散した瓦礫から這い出ると、周囲の世界はまた知らない景色になっていた。
「なん....」
歩兵や装甲車の被害は甚大で、憂希や振動の近くにいた隊員は無事だったが、距離がある後方部隊は壊滅に近い状態。
「大丈夫ですかっ。今治しますからねっ」
耳鳴りが治まってきたときにふと声が聞こえる。珠美が抉れた大地を駆け回り、能力を酷使していた。
治癒は瞬間的とは言えないにしても、みるみる回復するのが見てわかる。
「傀さんっ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ....。くっそ頭痛ぇ」
憂希の近くにいた傀は軽傷だった。脳震盪や擦り傷はあるが、意識はある。
「...まんまとやられた」
単純に超遠距離から的確に狙えるという強みに意識を囚われていた。その単純で暴力的な武器、兵器の集中砲火。数による掃討だと勝手に思い込んでいた。同じ手は使わない。同じ手だと思わせるフェイント。完全に詰め将棋のように手を読まれ、選択の余地を消されていた。
『各員、被害状況を報告せよ。立て直し可否及び作成影響を把握したい』
振動からの全体通信が入る。無線ではなく、直接振動が聞き取っているようだ。
『後方支援部隊から本隊へ。接近する飛翔体を確認。速度から戦闘機と判断』
すぐに次の手が始まっている。戦争に待ったは無し。作戦を遂行するまで軍事行動は終わらない。
憂希は周囲を見てもすぐに迎撃態勢をとれるとは思えなかった。
「最小限でためらったから...こうなった」
憂希は無意識に相手の攻撃やその規模に合わせて能力を行使していたと自覚した。戦闘機やミサイルに合わせていたら当然ギリギリの防御になると。
「グレード1だろっ」
願っていない力を恐れてためらっている。憂希一人だけであればそのためらいは消えないだろう。銃を持たされても撃つかどうかは本人次第だ。だが、戦争で銃を持った者が何もしないのは別の話だ。昨日今日の出会いでももう見知った顔。名前だってわかる。そんな人が今目の前で倒れ、血を流している。
「神崎っ、迎撃します!」
戦地に立つ覚悟を決め、能力を使う決意をした。その次の一歩として、憂希は誰かを護ると誓った。身近な誰かを救える力が今はある。あの時とは違う。
ウォータージェットの要領をさらに応用し、面ではなく立体的な水流が入り乱れる球体を作る。それをさらに水流と気流で圧縮して衝撃波と氷結が入り乱れる爆弾を形成した。
「何が来るか反応できない攻撃で堕とすっ」
その爆弾をいくつも形成して弾丸のような速さで敵に目掛けて撃ち込む。視覚的には弾丸のような水滴を敵機目掛けて降らせた。当たった瞬間に爆裂する雨。
数瞬の静けさの後、豪風と水しぶきが轟音を生んだ。
『敵機の反応消失っ』
その伝令に憂希は少し安堵した。
「振動少佐っ。敵艦隊の正確な位置を共有してくださいっ。先ほどの作戦を決行します!」
『神崎上等兵っ、早まるな!私はまだ能力を行使できるほど回復していない』
「相手に先ほどの攻撃を防いだことは察知されていると思います。すぐに反撃したほうがいいと思いますがどうですか」
『それはそうだが、今それをできる手段がない』
「...俺が上空に飛んで、相手を確認します。相手がグレード1なら対抗できるのは俺の能力です」
「おい、お前本当に飛べるのかよっ」
その会話を聞いている傀が憂希を制する。
「飛んだことはないです。でも風を操れるなら飛べるはずです。今、進軍するために態勢を整えるにしても後退するにしても次何か来たら対処できない。なら、相手に防御をとらせるしかないって思うんです。数や編成で戦うなら俺は無力です。でも相手が能力者なら何かできるはずですっ」
『...接近可能距離はここから約三百メートルまでだ。そこから先は正確に検知できない。そこまでであれば神崎上等兵に接近するものは検知できる』
「了解っ」
風を体全体から地面に向けて放つイメージをする。風圧で体を浮かせながら進むように。
「うわっ」
勢いが勝り、体が一気に宙に浮く。バランスを崩しながら空中で体が回転した。
「おいっ大丈夫か!」
「くっ」
アメコミや特撮の推進エンジンやスラスターのように腰や手足を起点にして風をコントロールする。
「ぐっ....よし!」
「...飛びやがった」
そのままその起点を変えずに風力を増加させて一気に加速する。
「うぅ....飛んでいるときの風圧も....体を避けるようにすれば....」
目が開けられないような風圧を憂希自身を避けるようにコントロールして、推進力の抵抗を最低限にする。
「見えたっ」
近づくことよりも高さを上げることを優先して、敵艦隊を目視する。
「...浮けてんのか、これ」
微妙に落下しているのか上昇しているのか曖昧な出力で、空中に停滞する。
「あそこに....氷塊を」
自分よりもはるか上空に水分と氷を集中させる。曇天がそれらをカモフラージュしてくれる。
『神崎上等兵っ、狙撃されるぞっ。回避しろ!』
「なっ!?」
その驚きで風の出力を乱して体制が崩れる。その時、さっきまで憂希が停滞していた場所を銃弾と思われる影が横切り、甲高い風切り音が響いた。
「こんな正確に感知されるんかよっ」
落下を始動にして空中をランダムに飛び回りながら、照準をブレさせる。時間稼ぎをして一撃に込める。
「こんなもんで....どうだよ!」
小さな島くらいの大きさまで形成した氷塊を風の抵抗を減らし、水圧と風圧で落下速度を上げながら敵艦隊に放つ。
敵艦隊はその異常を感知した瞬間、迎撃を行うも氷塊は崩れてもなお、その脅威は死なずに落下した。
大地を走る衝撃と飛散する氷塊が隕石のような破壊を生んだ。敵艦隊は氷塊の雨に呑まれ、轟音と爆散する海水と氷塊の中に消えた。
「......終わった」
海面に浮かぶ異様な氷山にまたしても罪悪感や恐怖が足元から這い寄ってくる。
『後方支援部隊より各隊へ伝令。敵艦隊、反応消失。席の殲滅を確認しました。この戦闘、我々の勝利です。帰還してください』
この伝令は戦地にずっと張っていた緊張感を緩め、日常への帰還を実感させた。
特殊兵装豚は本部へのテレポート前に後方支援部隊と合流し、負傷者の手当や物資の確認、武装の修理を行っていた。
「大丈夫ですからね、すぐ応急処置をっ」
「くそ、あの一撃だけでかなり持ってかれたな」
「戦況を左右するって言っても限度があるだろ」
隊員たちが慌ただしくそれぞれの対応をしながら、今回の戦闘を振り返っている。
「...まずはありがとう。神崎上等兵。私ならびに我々隊員を勝利に導いたのは間違いなく君だ」
「...いえ、できることをがむしゃらにしただけですから。振動少佐の命令にも口を出してすいませんでした」
「いや、あの進言は正しいものだ。君の力量や能力の効果を私が把握しきれていなかった。こちらのミスだ、すまない」
「そんなことは」
この人間性こそ振動が部下や上司から慕われ、憂希の信頼を得る理由である。
「お前さんが味方で助かったわ。迎撃でも反撃でもお前さん無しじゃ手の打ちようがなかったわ」
「実際、グレード1があの艦隊にいたんですかね。私はテレポートで手一杯になってしまい、戦況を正確に把握できていませんでした」
「いや、どうだかって感じっす。こっちに憂希がいるって把握はしてないだろうから、ワンチャンいたかもっすけどね」
「グレード1がいるだけであんなにも戦闘が予測不可能になるんですね...」
各員が戦闘の振り返りをしながら、手当てを受けている。
「結城伍長、ちょっとじっとしていてくださいぃ」
「俺は傀でお願いしやす!」
少し怯えながら珠美が傀を手当てしている。
「ありがとうございます」
「あ、いや、いえいえっ。私の仕事ですから」
憂希はそんな会話に全然集中できていなかった。アドレナリンが切れ、傷の痛みや慣れない能力行使での疲労。そして力を思いっきり使ったその感覚。
「っ....」
命が常に天秤の上で揺らいでいた。目の前を銃弾がかすめ、間一髪のところで爆破した。今までに経験のない一瞬で訪れる死の感覚。そしてそれを上回る能力行使の実感。
痛みとは別の震えと冷や汗が憂希を蝕んでいる。
「大丈夫ですか?」
ふと、優しい声に我に返る。珠美が心配そうにのぞき込んでいた。
「あ、すいません。大丈夫です」
「...ありがとうございました。何回も護っていただいたおかげで私含め、たくさんの隊員が救われました」
「...みんないい人で困りますね」
「え?」
「いえ、何でもないです。ありがとうございます」
皆が恐怖を抱えて今ここにいる。憂希はそう思うと自分が吐露しようとしたものは無粋だと感じた。
ふと、あたりを見渡す。安楽堂を始めとする医療班の活躍により、大半が治療されているが痛々しさは残ってる。間近で見たわけじゃないが死者だって出ていた。
「早く...この戦争を終わらせる」
憂希はそう固く誓った。
本部に戻り次第、和日月への報告を行うため、指令室を振動と共に訪れた。
「任務ご苦労。振動少佐の推察通り、敵艦隊にロシア軍のグレード1が配備されていたと思われる。ただ、敵艦隊にはいなかった、もしくは神崎上等兵の攻撃展開時に撤退しただろう。神崎上等兵、君の功績は絶大だ。次も期待している」
「...グレード1が戦地にいるかどうかは事前にわからないのか」
「...密偵などの情報が入ることもあるが、基本的に敵軍の情報は少ない。今回のような襲撃であればなおさらだ」
それはそうだ、と憂希は納得する。
「能力を行使する戦闘を経験し、何を得た」
珍しく和日月から憂希に問いかける。
「...能力のイメージっていうのは理解した。基礎を理解しても応用に発展しなければ強みは発揮できないことも実感した」
「...他には」
「...行動一つひとつが命の奪い合いだってことも実感した。頭で理解して呑み込もうとしても、実際に戦地に立つまでは呑み込めていなかった。...とはいえ、慣れていもいない」
「そうか」
問いかけた割に反応は淡白だった。
「三日後に米軍との合同訓練に行っていた第一大隊とアジア前線にて作戦中だった第二大隊が帰還する。グレード1、二名も含めてだ」
「他のグレード1...」
「顔合わせをすることになる。帰還次第、今後の方針を伝える」
作戦の事後報告はそれで終わった。
「他のグレード1ってどんな人か知っていますか?」
「いや、面識はない。そもそも他の大隊と絡むのも隊長くらいのものだ」
「そうですか」
「私が知っている情報では君くらいの歳だとは聞いている。皆未成年くらいの青少年だったはずだ」
「...第二成長期がって話は本当なんですね」
「他国の事情はわからないが、我々はずっとグレード1が和日月総司令官だけだったと聞いている。その試行錯誤の結果がその結論だそうだ。大人の身分としては恥ずかしい話だがな」
同年代でもう軍に所属しているとすれば、多少交友関係に期待できるかもしれないと憂希は思った。近いところでは珠美もいるが立場や役割も違う。
少しの楽しみと不安を抱えて、久々に帰るような感覚の自室に向かった。
憂希の部屋はグレード制の優遇もあってか、きれいな1LDKとなっていた。リビングは二十畳はあるであろう広々とした空間。寝室ですら十畳以上あるだろう。かつて一人暮らししていたアパートとは何もかもが違う環境に、いつの間にか運ばれた私物が違和感を加速させる。
適当な食事と風呂を済ませ、無駄に広いベッドに横たわる。戦場での様々な疲れのせいで意識する間もなく、瞼が下がってきて眠りについた。
深夜帯に汗だくになって目が覚める。久しぶりに見た両親の死がフラッシュバックしたような悪夢。目の前にいなかったのに、目の前で死ぬ情景。今までは落雷事故だったその夢は爆撃や銃撃に変わっていた。
「嫌な記憶をまとめて煮詰めたような夢だ...」
水を飲むため、キッチンに立つ。水道水なのになぜか血の味がしたように感じた。
「...人を....殺したんだな。...味方を....護れなかったんだな」
驕りであり、自意識過剰。頭でいくらそう訴えてもあふれ出る感情は瞳から頬を伝った。両親の死から久方ぶりに感じる頬の感触に、惨めさと懐かしさを感じた。
「なんで....俺なんだよ」
一度呑み込んだものが吐露する。皆が感じているはずなのに、皆はそれを感じさせないほど必死に戦っていた。
「...ふぅ...ふう。もう...後悔しない」
憂希がここで折れれば、ここで逃げれば、あの日いくら願っても叶わなかったことをもう一度引き起こす。それだけは絶対にさせないと固く誓った。
コップを片して、また寝室に戻る。憂希は気づかなかった。コップがしばらくして割れるほど、気温変化が起きていることに。そしてそれを起こしているのが自分だということに。
三日後、和日月から伝えられたグレード1がそろう日。憂希は輪廻と一緒に指令室で待機していた。
輪廻は外に出る許可をもらえるほど、安定していた。知らぬ兵士にも威嚇することはない。ただ物珍しそうに近づく者には腰が砕けるほどの殺気で睨みつけていた。
「輪廻、初めて会う人だけど、俺たちと同じ能力者だ。仲良くしよう」
「ん~りんえ?」
発音や言葉の理解も徐々に上達している。
「来たぞ」
和日月がそういった瞬間に指令室の扉が開いた。
「はぁ~!マジ疲れた~!。長旅だったんだから先にお風呂入らせてよ~。てか眠すぎ」
「オレの帰還を労い、成果に対する贄を差し出せ。...オレと同じ魔力を持つ者はあの二人か?」
同じグレード1は女子二人だった。
一人は長いネイルと着崩した制服にスマホが右手と一体化しているように、ずっと操作をやめない現代ギャル。赤いインナーカラーが耳元に覗いている。
もう一人は黒いローブに襟元まで詰まった黒シャツとタイトな黒のフレアパンツ。全身黒づくめだが、丁寧な紫の刺繍が広く施され、アクセサリーも豊富で金色で統一されている。
「さて、始めよう。グレード1の顔合わせだ」
この国における重要戦力が集結した瞬間だった。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
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