No.49 交錯する国と人
訓練はあくまでデモンストレーションである。訓練内容はあくまで互いの能力者を把握するための模擬戦だった。
「では、各能力者ごとの特徴を鑑みて、部隊編成を検討する。基本的に役割ごとに配置する」
日本軍は憂希と輪廻が索敵能力に長けており、振動がいることで戦況把握がかなり正確にできる。それに対して米軍側は能力者でここまで特化した索敵要員はいない。
逆に言えば、防御不可の攻撃に長けた能力者は日本軍には和日月以外は基本的にいない。戦力の再構築が作戦を安定させる。
「それでは本日中には編成を伝える。解散」
上層部はおおよその編成をすでに決めていた。
輪廻を米軍と組ませるのはまだリスクが高いことから憂希との索敵班として設立し、そこに米軍の誰かを組み込むことを想定する。攻撃力は接近戦主体の仁野と小龍を最前線に投入し、全体攻撃や迎撃にアレックスと神酒が担う構成が自然だろう。そうなると必然的に憂希と輪廻に組み込まれるのは一人しかいない。
数時間後、編成は端末で伝達された。
「....輪廻と...米軍の」
そう、憂希と一緒の部隊に編成されたのは秀明だった。索敵班がステルス性を兼ね備えていることはかなり敵にとって厄介極まりないだろう。ましてや広範囲かつ強力な攻撃手段を持つ憂希と予測不可能な攻撃手段を持つ輪廻がいるということは、索敵と奇襲を担うことができる強固な部隊となる。
「...やっぱあの人とはちゃんと会話しておかないと」
戦争に対して消極的で主体性のない兵士。その能力は戦争の概念が変わるほど対策不可能な能力だ。そしてそれを持つ人間の人間性や戦争への取り組み方は憂希にとっては重要だ。仲間を護るために戦う憂希には、護る対象であるその仲間を気にすることは必然だった。こういう考え方をする人間は米軍ではそうはいない。
憂希は米軍の兵士をつてに秀明の居場所までたどり着いた。すでに日は暮れていたが、秀明は訓練後、用意された自分のホテルの部屋から一度も出ずにその日を過ごしていたらしい。訓練は午後に差し掛かる前に終わったのにも関わらずだ。
「....誰ですか?...あぁ、君か。何か用?」
「こんばんは。少しお話いいですか」
「...え、ここで終わらない感じ?」
「一緒の部隊に配属となったので、コミュニケーションは大切かと」
「なんだか熱心だね。...僕そういうの苦手なんだけど」
「よくわからないやつと同じ戦場に立つのって大丈夫な方ですか?」
「...別に気にしないかな」
「よく知らんやつからやいやい言われても別にって感じですか」
「...君本当に熱心だね」
ここでの問答では憂希が引き下がらないと察し、秀明はロビーまで嫌々向かった。米軍にはここまで干渉してくる人間はいないこともあり、秀明は心底うんざりしていた。
「それで?前にもいろいろ質問には答えたじゃない。それだけでも結構、僕なりに譲歩したつもりだったんだけどね」
「あなたは普段、どんな作戦でどんな役割をこなしているんですか?」
「随分と堅苦しい質問だ。...なんだ、この前と違ってさらに固い話か。...僕はいつも作戦に出てるわけじゃないけど、基本的に後方支援だよ。僕の能力は見たでしょ?どう見ても前線向きじゃないからね」
絶対にそんなことはないと憂希は感じたが、それを表には出さないようにする。
「透明や透過...ですよね。能力の対象は任意ですか?」
「ああ、何でも誰でも」
「...前線に出ることに躊躇はありますか」
「そりゃあるよ。前線に出ないで済むならそれに越したことはないでしょ。てか、躊躇しない人なんて元軍人でもそうそういないって」
バカげた質問だという風に秀明は呆れている。確かに秀明の言い分は最もだった。死地に自ら赴く人間など、現代においては絶滅危惧種だ。安定や平和を知った人間は争いの恐ろしさを学んだ。
「じゃあなぜ、能力者になることを志願したんですか」
「....」
そう、その絶滅危惧種である志願者は米軍に何人かいる。能力者という戦争の要に命を懸けてまでなることを望んだ人間が米軍の能力兵なのだ。
「君、意外と性格悪いね。矛盾を指摘して、逃がさないつもりかい」
その言葉に反して、秀明は少し面白そうにほくそ笑む。まるで仲間を見つけたかのような雰囲気すら感じる。
「君は少し勘違いをしているから訂正しておくよ。能力者になることを志願した人間は確かに米軍には多いよ。でもね、戦争に参加したくて能力者になった人間はそんなに多くはない」
「どういうことですか」
「能力者になること自体が目的の人間ってことだ。アレックス博士なんてそうだよ。自分の知見が及ばない未知の領域に興味を持ったり、その優遇された立場に魅力を感じたり。様々な人間が様々な理由で志願している」
「...あなたはどうなんですか」
「なんだか僕に興味津々だね」
「同じ隊になるんですから。どんな人間か知りたいってのは普通では」
秀明はどうしても自分のことを明かしたくないように見える。込み入った話や自分を語ることが苦手な人間は特段珍しくはない。
「...はいはい、わかったよ。話すよ。長引くのはだるいから」
諦めたように飄々と秀明は憂希の質問に答える。
「僕はね、大義名分もなければ、これといった納得できる理由もないよ。単純に元々の現実が嫌だっただけさ。厨二病的な話ではないよ、本当に嫌だったんだ。それこそ、死にたいくらいね」
「....死にたいくらい」
どことなく薄っぺらさや信憑性を欠く秀明の物言いの中に、確かに感情や思想が乗ったずっしりと重い言葉がそこにあった。
「だから現実離れした話に乗ってみたんだ。嫌いな現実とバイバイできるし、最悪死んだって別に僕は困らない。僕が死んだって誰も困りはしないしね。喜ぶやつは大勢いるかもしれないけれど」
「だから、戦争には消極的なんですね」
「能力者ってだけで生活は一変した。衣食住に困ることはないし、僕にうるさく言ってくる人も少ない。ならわざわざ死にに行く必要はないでしょ」
ある種、一般的な感覚と言えるかもしれない。世間的に言えば、大義名分を掲げて戦争に邁進する人間こそマイノリティだろう。
「じゃあ命令された作戦でも...ですか」
「わかったよ、わかったわかった。僕が信用ならないんだろ?同じ戦場でいざというときに裏切るとか見捨てるとかそういうことを気にしてるんだ。当然だね、僕を信用する人間のほうが僕は信用できない」
自虐的に憂希の心理を過剰に理解し、秀明は心底やかましそうに言う。
「安心してよ。僕は確かに小心者で臆病者だけど、同じ隊の人間を裏切ったりするほど人間できていないんだ。僕はそこまで自分が可愛くはないよ。君の危惧する役割の放棄はしない。僕は嫌われることは気にしないけど、憎まれたり恨まれたりすることは心底嫌なんだよね」
「...わかりました。俺たちは索敵がメインとなるそうなので、最前線になる可能性は低いと思いますが、よろしくお願いします」
嫌われることと憎まれることの違いを憂希はまだ理解できていなかったが、あくまで消極的なだけであって、反逆的ではないことだけは理解した。
「君は何で能力者になって、戦っているんだい?僕は話したんだ。教えてくれてもいいだろ」
大して興味もなさそうに秀明は憂希に同じ質問をする。興味は実際半分ほどで、もう半分は意地悪的な思想だった。
「俺は...仲間を護るために戦っています」
「...そうか。...じゃあ、今日はもういいだろ。失礼するよ」
秀明はそそくさと自分の部屋に戻った。自分の部屋に戻った瞬間、装っていた仮面が外れたように、秀明は動揺を露わにした。
「なんだあいつ...。気味が悪いな。....何であんな声色と表情が合ってないんだ」
輪廻が感じ取っている憂希の消耗と苦悩、そしてそれを隠そうとする憂希の心理を秀明は読み取った。他のメンバーが鈍感だとか憂希を理解していないわけではない。ただ、秀明が人の表情や声色に異様に敏感だったというだけだ。
「...他のやつらとは違う変なやつだ。...僕が何を言っても否定や皮肉を一言も言わない。...兵士に向いていないだの、信用できないだの...言われると思ったんだけどね」
一度も頭ごなしに秀明を否定しなかった憂希に秀明は少し妙な興味を持った。気に入ったわけではない。強いて言えばその逆だろう。だが、無視できない何かを感じたのだ。
「...まあ、他の人と組むよりはましか」
そう言ってまた秀明は自室でくつろぎ始める。何の任務もないときくらい、好きにしたいという至極当然な欲求のままに。
一方、憂希は秀明との問答でどうにも掴めない人間性に困惑した。日本軍にはある意味、自分しかいない戦争に消極的な人物。戦う理由もない味方を自分の中でどういう枠に落ち着かせるかを悩んでいた。
「...まぁ、これから少しずつわかるかな」
とは言え、初対面で戦場に並び立つことはなくなったことで、少し不安は和らいだ。憂希は背中を預けられるかはまだ疑問だが、少なくとも横にいることに不安はなかった。他の心配は輪廻との相性だが、それについては憂希自身が何かできることはない。
日米の上層部は何回か編成した合同部隊での訓練を想定していたが、それが叶うほど現実は甘くない。日米の体制が確立し、安定する前を見計らったかのようにロシア軍は大きな動きを見せた。それこそ無視できないほどに。
日米のグレード1を含む各隊員は和日月とボイセンベリーに緊急で収集された。
「君たちを呼び出したのは先刻、通知した通りだ。ロシア軍に大きな動きがあった。情報がまだ不明慮な部分が多いが、確かな情報が一つ。...ロシアの危険因子が確認された」
その単語一つでその場に重い空気が張りつめる。実際に一度危険因子と相対した憂希たちはその脅威を再度思い出す。
「ロシアの危険因子はNo.999とは異なる。やつは人間性も相まって、不死性が最悪の形で脅威となることから設定されている。死を厭わないその姿勢がまさに脅威とみなしている。しかし、ロシアの危険因子はその能力が故だ。この世の条理を歪める能力という話だ。基本的にその能力のみで戦況を支配すると聞いている。不確かな部分が多い分、我々としても総力戦で対応し、ロシア軍に致命的な一撃を加えるつもりだ」
「そういうことで、君たちはまだ組んだばかりで出会いたてのドキドキタイムでしょうけど、仲良くしてね?」
「作戦は二日後だ。各自隊長より作戦内容を確認次第、作戦準備に取り掛かるよう。以上、解散」
前回のロシア戦は総力戦となり、日本軍としてはギリギリで視線を潜り抜けたその戦闘よりもさらに激化することを皆が予想した。そしてそれは現実となる。
ロシア軍の能力兵部隊は政府直属の秘密警察に近い立場にいる特殊部隊だ。その部隊長を務め、実質的なロシアの裏の顔役と言える立場の人間がグリゴリー・ヴォルコフという男だった。表向きな軍事行動とは完全に分離した組織体制は国内外問わず、その権力と組織力、そして何よりも能力兵によって底上げされた武力により、その立ち位置を確かなものにしている。
「久々の戦だ。...胸が躍るな」
まるで遊園地に心を躍らせる子供のように、グリゴリーはニカッと笑っている。
「お前らも以前の戦で受けた雪辱を果たす機会だっ。存分に暴れろっ」
その雄々しい体躯を存分に生かした大振りの身振り手振りで部下たちに伝える。そう、現代には絶滅危惧種の戦いを好むもの。No.999のような破壊衝動とは一切異なる、明確な武将気質な男。
「出陣だ」
その低く響く声は誰よりも強く、誰よりも自信に溢れ、誰よりも真っ直ぐに聞こえる。そう、この男こそロシア軍のグレード1であり、危険因子の一人。単独で世界すらその手にかける能力を持つ絶大的な存在だ。
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