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Triangle World  作者: 白雪
第5章 完全なる終息
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4 初めの一歩

 公園のベンチでぼんやりと座っている美夏の姿に美琴は大きく深呼吸した。美夏はどこかぼんやりとした様子で宙を眺めている。まるで今を見ていないような、そんな気がしてぞっとする。美夏の目には何が映っているのだろう。

 家にいなかった美夏がこの場所にいるのはすぐにわかった。この公園は美夏と俊彦がよく来ていた場所なのだ。2人にとっての思い出の地。ここにいなければいいのに、と思ってはいた。この場所にいなければ、伝えやすい。

「お姉ちゃん」

「……何?」

 振り向いた美夏の顔に表情はない。だが、その目は思ったよりもしっかりと今を見ているようで、ほっとした。美夏は美琴たちが思うよりもずっと強いのかもしれない。

「……さっき、美冬から連絡があったの」

「テレパス?」

 美琴は小さく頷いた。俊彦のことを頼みに行っている美冬から連絡が入った時心底ほっとした。連絡が入ったのだから、俊彦の釈放が決まったのかと思ったのだ。それは間違ってはいなかったが……。

「うん……。美冬、今、一条家に行っていて……俊彦さんの釈放は許可されたって」

 美夏が大きく目を見張る。瞬間その表情が嬉しそうに輝いた。とても、幸せそうなその色にその続きを口にすることをためらった。この続きを聞けば美夏の顔からまた笑顔が消えてしまうかもしれない。

「……でも、お姉ちゃんは2度と会えないと思う」

 ぴたり、と固まった美夏を前に、美琴は美冬の言葉を思い出していた。

《先祖がえり?》

《そう、でも精霊と契約もしているって。……由良さんと一緒。だから、釈放後は由良さんのところに行って、二度と表には出てこない、それが条件だって》

 美冬の声が悲しげに歪んでいた。美夏と俊彦が共にいるのを見ていたくはないと思っていたはずの美冬は、やはりあの2人を引き離すのも嫌だったのだろう。俊彦のおかげで、美夏が変わって、そして、美冬や美琴に初めて存在していることを許される場所ができた。

「……そっか」

 笑顔が消えた美夏は、ものすごく悲しげな目でそれでもしっかりと頷いた。それは全てを諦めたような、そんな表情だった。

「驚かない……の?」

「……俊彦が前に言ってたの。ずっとそばにいることはできないって。別れが来て、その時は突然姿を消すかもしれないって。だから、その時が来ただけ。生きていてくれるならいいわ」

 ふっと笑ったその顔は悲しげではあったが、さっきまでの死んだような眼とは違って、強く生きている目だった。

 姉は、強い。両親の言うことをそのまま鵜呑みにして、美冬や美琴を毛嫌いしていたはずの姉は、俊彦に会って、そして、自分が間違っていることを知ったと言っていた。あれだけの長い期間ずっと疑問にも思わなかった事を叩きのめされたのだ。美夏にとってそう簡単に受け入れられるものではなかったはずだ。だが、彼女は美琴たちを前に頭を下げた。ずっといないものとして扱ってきた2に深く頭を下げたのだ。

 強くて、そして優しい人。……美琴は初めて美夏がすごいと思った。美夏のように、強くなりたいと思う。

「……ちょ、なんで泣いてるの?」

 慌てたような美夏の言葉に美琴は初めて自分が泣いていることを知った。でも、もう涙を止めることはできない。

「お姉ちゃん、私……強くなる。お姉ちゃんみたいに、大切な何かを守れるくらいに強くなる」

 美琴の言葉に驚いたように目を見張った美夏は、すぐに笑いだした。さっきまでの悲しげな笑みではなくて、本当に楽しそうな笑い声だ。

「そのためにはまず。大切な人を作らないといけないんじゃないの?」

 美夏の言葉はごもっともである。守れる強さがほしいと言いながら、美琴には守りたいものなんてなかった。今までは、だが。でも、今は違う。守りたいと思うものが、確かにある。

「いるよ、大切な人。だから、その人を守れるように、なりたい」

 美琴の声が、人のいない公園の中で響き、そして、静かに消えていった。


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