3 懇願
「お疲れ」
ぐったりとベッドに倒れこんだ美琴とは対照的に美冬は涼しい表情を浮かべている。美琴たちが目を覚ましたのは1週間程前の事だった。ぼんやりと目を開けた美琴は自分が生きていることにひどい驚きを感じた。あり得ないと思った。自分は胸にナイフを突き刺したのだ。それも水中で。即死だったはずだ。それなのに、今の美琴はひどく体力を消耗してはいるが身体に痛みを感じることさえない。
そんな状態で目を覚ました美琴たちを待っていたのは入れ替わり立ち替わりに訪れた人たちの長々とした説教だった。あの事件で知り合った神家の人たちが交代にやってきては美琴たちに説教をしていく。中でも一条夏樹の小言が一番多かった。それを全て聞いていた美琴はひどく消耗したが、耳栓をすることで回避していた美冬は然程消耗していないようだった。例外は夏樹だが。彼は美冬が聞いていないことに気がついて、美琴の三倍以上の時間を美冬に充てた。その間、美琴は退屈のあまり本を読んでいた。もちろんそのこともきっちり怒られたが。
怒られることは疲れる半面嬉しかった。誰も美琴や美冬の存在を気にしないと思っていた。それなのに、今は多くの人間が美琴たちの事を心配して、怒ってくれる。そのことが2人にはすごくうれしかった。
「そう思うなら、耳栓取っといてよ」
呆れたように目を細めた美琴に美冬がペロリ、と舌を出す。かわいらしいしぐさだが、それが自分と同じ顔でなければいいのにとも思う。まるで鏡を見ているみたいで、嫌だ。
「……オペラ歌手の高野彰さんが姿を消してから、1週間がたとうとしています……」
何となく付けたテレビから流れるテロップに美琴は慌ててテレビを消した。ここ1週間、世間の話題は高野彰失踪で持ちきりだ。どのチャンネルをつけてもそのニュースをやっているために、美琴たちはテレビを見なくなった。テレビを見て彼女の話題を聞くと、否応なくあの日の事を思い出す。あの日、彰は美琴たちにお別れに来たのかもしれない。そんな気がしてしょうがない。そして、彰は決して見つからないような気もする。
「あの日、寝たふりなんてしなきゃよかった」
ポツリ、と呟いた美冬の肩を抱き寄せた。美冬がずっとあの日の事を気にしているのを美琴は知っている。そして、今の彼女にはどんな慰めの言葉も逆効果だ。今の彼女は慰めを必要とはしていない。
退院した次の日には美琴は学校にやってきた。奨学金をもらっている美琴がひと月近くも休むことは本来あってはならないことだった。それでも大きな咎めもなく今まで通り奨学金で通えるのは神家の言葉添えがあったからだろう。そのことには深く感謝している。奨学金が切れれば美琴が学校に通うのは不可能になってしまう。
美琴は薄暗い文芸部の部室でぼんやりと窓の外を眺めていた。既に日が傾き、星が見え始めている。運動部でも文化部でも大会やコンクール、コンサートが控えているような部活は大抵この時間まで残っているが、校内で活動する+自主活動が主となる文芸部では部活のある日でも然程遅くまで残ってはいない。ましてや今日のように部活のない日にこの時間に部室にいる人間はいなかった。だからこそ、美琴にとって素晴らしい休息の場所になりうる。
ガチャ、と戸の開く音がして扉の方へ眼をやる。図書室の明かりの中に立つ尊はまるでスポットライトに充てられているみたいに見えて小さく笑った。
「お、まえ……こんな時間にこんな暗い所で何してんだよ」
呆れたように息をついた尊に美琴は軽く頭を下げた。
「先生だってあの日の朝こうやってたじゃないですか」
あの日、薄暗い部屋の中で尊を見たあの時から美琴の運命はめまぐるしい変化を遂げた。このひと月の間いいことばかりではなかった。嫌なことや辛いこともたくさんあった。否、ほとんどがそれに占められていたといっても過言ではないだろう。だが、嬉しいこともあった。誰にも顧みられることもなかった美琴たちを心配してくれる人間が現れた事だ。尊もその一人だった。
「あれは、宮乃原に聞きたいことがあったんだよ。……大体、誰もいないと思って玄関閉められたらどうするんだよ」
確かにそれは困る。美琴はこの部屋の鍵は持っているが、さすがに学校の鍵は持っているはずもない。というか一生徒が持っていたらおかしい。
「それまでには帰りますよ」
「妹の方ももう学校に行ってるのか?」
電気をつけてから美琴のすぐ傍に座った尊は軽く首をかしげた。今日の朝登校した時も、「もう少し休めばいいのに」と呆れたように笑っていた。
「美冬は休んでますよ。……うちの学校でも高野彰の話で持ちきりだったじゃないですか。美冬が学校に行けば餌食です」
「美冬はどこの学校なんだ?」
「柳原音楽院」
尊が軽く目を見張る。
「マジで?確かに音楽院なら特にその話題で持ちきりかもしれないけど、それと美冬が学校に行かない理由と何の関係があるんだ?」
「……美冬が高野彰の弟子なのは周知の事実だから」
尊が目を見張ったまま固まっている。そういえば、普通に柳原音楽院では美冬の事が有名ではあるが、それは学院の中だけだ。初めに気がついたのは先生だと言っていた。美冬の歌に彼女の癖がある、と。
「で、その美冬は今日は1日家にいるわけ?」
ようやく口にした尊の一言はひどくかすれていて聞き取りにくかった。美冬が高野彰の弟子であるという事実に一体どれほどの意味があるのだろう。
「彰さんがどうかしたんですか?」
「……お前も、知り合い?」
こっくりと頷く。知り合い、と言っても然程親しいわけではないが、高野彰のことを聞くのに正直は命取りのような気がした。
「……これは、絶対的な情報ではないし、確証もない、が、彼女が九我俊輔を逃がした可能性がある」
何度か視線をさまよわせ。言葉を探していた尊が放った一言は美琴には然程大きな影響を与えなかった。ああ、そうか、と納得さえしたほどだ。たぶん美冬もそうだろう。ずっと気付かないふりをしていたが、あのタイミングで彼女が現れ、消えた事を考えれば然程意外な事実でもない。
「美冬は、神家に行っていると思いますよ。夏樹様のところ」
次の瞬間平然と答えた美琴に尊がぽかんと口を開いたまま固まった。彼はさっきからそんな表情ばかりを浮かべているような気がする。
「驚かない、のか?」
「……うん。なんとなく、やっぱりなって感じ。たぶん美冬もそうだと思うけど」
「なんで?」
「さあ?」
クスリ、と笑う。彼の問いに答えるつもりはなかった。これは美琴たちだけが知っていればいいことだ。彼女の最後の言葉を聞いたであろう2人だけが。
それがわかったのか、尊はそれ以上尋ねようとはしなかった。
「美冬は、夏樹様に何か用でもあるのか?」
さらり、と変えられた話題が少しだけ嬉しかった。美琴をわかってくれるといわれているみたいで、くすぐったくもある。
「……俊彦さんのこと」
美冬は俊彦の減刑を諦めてはいない。今回彼は美夏のために兄二人に力を貸した。彼の意思ではない。夏樹を動かすことさえできれば彼の減刑も叶うはずだ。ただ、今回はあの時のように騒ぎを起こすのではなく正面から乗り込んでいく、と言っていたが。
「美冬にとって九我俊彦はそんなに大切なのか?」
「……美冬にとって、俊彦さんは救世主のようなものだから。……私にとっても、彼の存在はかなり大きかったよ。そんな俊彦さんを信じきることができない私はかなり冷たいのかもしれないけど、ね。先生、力をくれませんか?」
美琴が不意にまっすぐと尊を見た。その真剣な表情に尊がたじろぐ。
「力?」
首をかしげる尊の返事を待たずに美琴は彼に抱きついた。ギュっと抱きしめる。
「先生、ありがとう。勇気が出た」
「は?」
わけがわからないという顔をしている彼を残して部室を出る。元々美琴はこのために彼を待っていたのだ。……今まで避けてきたことと向き合う勇気をもらうために。
美琴が学校へ行っているちょうどその日の昼ごろ、美冬は単身一条家の屋敷の前にやって来た。大きな門構えに思わずたじろぐ。いきなり来た人間を入れてくれることなんてないだろうなと思う。さて、どうするかな、と首をかしげた美冬はポンっと肩をたたかれ、慌てて振り向いた。
「一之瀬……さん?」
デート倶楽部の同僚、一之瀬冬夜が腕を組んで立っている。冷たく鋭い眼差しで美冬を見下ろしてくるその顔はひどく恐ろしかった。元々は俊彦に雰囲気が似ていると思っていたのだが、今の彼からは俊彦より俊輔に近い空気を感じた。
「一条冬夜……が本名。で?こんなところで何をしてるんだ、宮乃原美冬さん?」
どこまでも冷たい声音は俊輔の様子を思い出して鳥肌が立った。無意識のうちに自分の腕を抱きしめる。まるで、猛獣の前に放り出された小動物の気分だ。
「……な……夏樹様に……」
夏樹の名前に冬夜が顔をしかめる。彼の様子からは口添えしてくれる気なんてなさそうに見えた。彼に連れて行ってもらうのは無理だろうな。
「ついて来て」
「え……?」
軽く首をかしげる。彼は今、なんと言ったのだろうか。やはりどこか冷たさの残る目には美冬に対する情なんて見えない。
「兄さんに会わせてやる、と言っているんだ。それとも、不要か?」
「ち、違います。……あの、一之瀬さん、ありがとうございます」
慌てて頭を下げた美冬の頭上で呆れたようなため息が聞こえた。
「冬夜でいい。一之瀬は偽名だから。とにかくついて来て」
一度も笑みを見せることがなかった冬夜の様子に美冬は驚いたように目を瞬いた。デート倶楽部で知り合った彼はいつも笑顔で、アルバイトも社員も客もみんな彼に惹かれていた。……それは美冬も例外ではない、が、彼女の場合はどちらかというと彼の持つ俊彦に近い空気に惹かれていたのだが。
「……別人……」
「君に言われたくない。何通りの顔も持っているだろうが。で、兄さんに何の用?」
「……九我、俊彦について」
彼の顔がこわばるのがわかった。冬夜の顔にはっきりと蔑みの色が浮かぶ。
「……無駄だと思うけどね。……着いたよ」
美冬が連れてこられたのは一条家の屋敷の広い敷地の隅にあるにしては不釣り合いな、こじんまりとした木製の建物だった。こじんまり、と言っても昨日連れて行かれた一条家の館に比べればというだけで、普通の感覚ではかなり広い。一階一階の面積は然程広くはないが、問題は高さにある。十階建てのビルよりも高く見えた。ただ、普通のビルと違うのはその建物が丸い形をしていたことだろう。綺麗な正円であることは美冬の場所からもわかった。まるで巨大な円筒が立っているかのようだ。そして、窓が一切ない。そのためか実際には何階まであるのか外からはわからない。
そのビルを見ていると昔見た夢を思い出した。美冬はその夢の中で何かに追いかけられていた。オオカミの群れのようであり、そして他の何か得体のしれないもののようでもあった。周りを見回しても誰もいなくて、美琴の姿さえもなかった。走っても、走っても逃げられなくて、とうとう転んでしまった。もう、動くこともできなくて、駄目だ、って諦めたその時に上から円筒形の何かが落ちてきた。鉄でできたそれは美冬の身体の大きさと変わらなくて動くことがほとんどできなかった。そして、それには入口も出口もない。追いかけてくる何かが入ってくることができなければ、美冬が外に出ることもできない。助かったのか、新たな問題に直面したのかさえ分からない絶望感を今でも覚えている。夢なのはわかっているのに、まるで現実に起こったみたいで、起きてからしばらく美琴と抱きしめあっていた。……美琴も同じ夢を見た、と聞いた時には双子の神秘に笑ったものだが、今思えばそれも全てはウンディーネを通して2人が繋がっていた証拠なのだろう。
嫌なことを思い出した、というように首を振った美冬は再びその建物を見上げた。そのビルの入り口には木製の扉がついていて、中の様子を窺うことはできない。
「ここ、は?」
「警察特殊部隊本部。兄さんが長を務める神家直属部隊のある場所。ここに入れるのは特別な許可をもらった特殊部隊の隊員か神家の人間だけ。といっても呼び出されでもしなければ神家の人間でもほとんど入ったことがないけど。入って待ってて」
冬夜が扉を開けてくれる。扉の中はがらんとした空間だった。そして、向かい側の壁に扉が一つ。隅に階段が一つ。それ以外のものは何もない。
バタン、と扉が閉まる。それと同時に辺りが真っ暗に閉ざされた。何も見えない空間に美冬は大きくため息をついた。その息の音すらも大きく響くくらいに静かで、その状況すらもあの夢のようでぞっとする。
美冬はゆっくりと目を閉じる。何も見えない今、目を開いている意味なんてない。怖くはなかった。暗く何も見えない部屋は美冬にとっては慣れっこだった。昔はよく美琴と一緒に押し入れの中に閉じ込められることも多々あったから、慣れている。ただ、昔を思い出すこの空間と、今ここに美琴がいないという状況は嫌だとも思う。
美冬は大きく息を吸い込むと、ゆっくりと歌を紡いだ。師である高野彰が作詞作曲し、のちに発表するはずだった曲。未だ表に出ていないこの曲を教えられたのは夏休みに入ってからだった。今思えば、その時にはこんな未来を、自分がいなくなる未来を予測していたのだろう。
だから、彼女に贈る。師が初めて全てを手掛けた曲であり、彼女が初めて教えてくれた彼女の曲。彼女が美冬に自分の曲を与えてくれたのはこれが最初で最後だった。そんな曲だからこそ、既に生きていないであろう師に送る鎮魂歌にふさわしい。
歌い終わり、ふーーっと息をついた美冬の耳にパチパチパチと静かに拍手する音が聞こえてきた。慌てて目を開けた美冬はいつの間にか集まっていた人々と、明るくあたりを照らしている光に目を細める。いつの間にこんなに集まってきていたのだろうか。
「驚いた……あなた、すごいのね。ここ、完全防音のはずなのに、部屋の中まで聞こえたわよ」
感嘆の声を上げる女性に見覚えはない。
「というか、電気つければよかったのに」
呆れたように首をかしげる女性も知らない。知っている人はそこには誰もいなかった。
「電気の場所、知らない」
「え?……あなた、カード持ってないの?」
驚いたように目を瞬く女性の言葉が理解できなかった。カードらしきものを渡された覚えはない。
「何をしている。忙しいんだ、仕事に戻れ」
いつの間に傍に来ていたのか、一条夏樹の叱責が美冬のすぐ傍から聞こえた。その声にそこにいた人たちがみんな、雲の子を散らすように去って行った。そこに残されたのは美冬と夏樹だけだ。
「ついて来い」
美冬の腕を掴み、夏樹はずんずんと進んで行った。彼に連れて行かれたのはさっき誰も入っていかなかった扉だ。美冬が入って来た扉の向かい側にある、一番大きな扉だった。
その中は応接室になっていて、大きな机とソファ、そして奥には給油室がある。
「どうやって入って来た?裏門はカードがなければ入れないし、表は特別な許可がいるはずだが?」
美冬の前に自ら麦茶を出してから腰を下ろした夏樹がため息交じりに訪ねてきた。一条夏樹が自分で人をもてなす図に美冬は軽く目を見張る。彼は神家の中でもかなりの権限と権力を持っていたはずだが。
「何だ?」
「夏樹様……お茶、入れられるんですか?」
てっきり、箸より重いものは持ったことがないのかと思っていた、と心のうちで呟いた美冬に夏樹が不機嫌そうに眉をしかめた。
「……君は人を何だと思っているんだ?家の使用人は家の掃除や家事を手伝ってはくれるが、自分の身の回りの事は自分でやるように育てられている。それは神家に連なる者であれば全員そうだ。で、質問の答えは?どうやって入った?」
「どうやってって……門のところで冬夜さんに会って連れてきてもらいました」
「冬夜?ああ、そういえば君はデート倶楽部にいたんだったな……。まあ、いい。どの道君たちにはここへの出入りを許可する予定だったからな。で?今日は何か用か?あの事件の後片付けは一段落しているが、それでも、私は忙しいんだが?」
冬夜と同じ冷たい目、それなのに何故か夏樹の目は怖いとは思わなかった。彼が、本心では美冬達を心配してくれていることを知っているからかもしれない。
美冬はソファを降りて地面に座り、頭を下げた。俗に行く“土下座”という奴だ。それにはさすがに夏樹も驚いたらしく、小さく息を呑んだ。
「何のつもりだ?」
「俊彦……九我、俊彦さんの事です。この事件は表ざたにはなっていませんよね。だったら、お願いです。彼を釈放してください」
「何?……君は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
夏樹の方から冷たい空気が漂ってきた。それが怖くて顔を上げることができない。
「で……でも、俊彦さんはお姉ちゃんを助けたかっただけだから、日本が滅ぶことを望んでいたわけじゃないもの。お願いします」
「そのお姉ちゃんのために君たちが危険な目にあったのを忘れたのか?」
「……私も、美琴も俊彦さんが捕まることを望んではいません」
今度はきっぱりと、夏樹の目を見て告げる。絶対に目は逸らさない。何があっても、逃げない。俊彦の無罪を勝ち取るまでは。
どのくらいそうしていただろうか。バサッと何かが落ちる音が聞こえ、美冬は思わず音の方に目を向けた。すぐ脇の机の上に二枚のカードが置いてある。それぞれに美冬と美琴の名前が書いてあり、顔写真まで貼ってある。だが、それが何なのか美冬にはわからない。
「何ですか?」
「ここへ出入りするためのカードだ。これ一枚でこの建物であればある程度は自由に行き来できる」
そういえばさっき、美冬達にここへの出入りを許可する予定だったと言っていた。だが、今美冬がほしいのはこの場所に出入りする権利ではない。
「夏樹、様。お願いです、俊彦さんを……」
助けて下さい、という言葉は夏樹のため息にかき消された。
「そんなに九我俊彦が大切なのか?あんな目にあわされてなお、助けたいほどに」
「……俊彦さんは私にとっては救世主だから」
夏樹が目を見張る。大げさだと思うのだろう。そんなことはわかっている。確かに大げさで、理想化しているだけだと思われても仕方がない。それでも、やはり、美冬にとっては救世主なのだ。あの人がいなければ今も何も信じることのできない暗闇の中で生きていた。美琴と美冬。お互い以外の何も信じることのできない世界で。そして、彼がいなければ美冬は夢を持つことさえなかった。今を生きることさえもなかったかもしれない。
たとえ、彼が姉を愛していても。その姉のために美冬達を売ったとしても、あの時に美冬達を認めてくれた、救ってくれた事実は変わらない。美琴は美冬ほどには彼を信じてはいなかった。それでも彼の無事を願う程度には影響を受けている。
「救世主……か。……無罪放免というわけにはいかない。だが……命を取ることはしない」
苦々しげな口調で告げる夏樹の言葉に美冬はほっと息をついた。完全なる自由を、無罪を望んではいたが、あれだけの事件に加担したのだ。下手をすれば日本どころか地球が滅ぶほどの計画を立てていた。たとえ首謀者でなかったとしても、許されることではない。だから、死刑にはならない、と、生きていてくれるというのなら、それでいい。それだけでいい。美夏はそうは思わないかもしれないが、それは美冬が気にすることではない。
「……ありがとう、ございます」
深く頭を下げた美冬を見る夏樹の目が和らぐ。一瞬だけ浮かべたその優しい表情を美冬が見ることはなかった。
「美冬。このカードの使い方を教えるから、ついて来て」
すたすたと扉に向けて歩いていく夏樹を美冬は慌てて追いかけた。その手には2枚のカードが握られている。




