3 ウンディーネの存在3
「先生、ありがとうございました」
もう遅いから、と送ってもらった美琴は深く頭を下げた。
「ああ、宮乃原、気をつけてな」
「……もう、家までは目と鼻の先ですけど」
すぐそばに美琴が暮らすアパートが見える。その状況で何かとんでもないことが起こるとは思えないが。そもそも、途中まででいい、といった美琴に対して、家の前まで行くといって聞かなかった尊はあまりに心配しすぎのような気がする。この辺は確かに薄暗く、人通りも少ないが、不審者が早々現れるとも思えない。
「今、だけじゃなくてしばらく。何かあったら連絡して」
美琴は再び目を瞬く。この心配の様子は普通ではないような気がする。ここまで心配する何かが美琴に起こるとでもいうのだろうか。
「わかりました」
とはいえ、ここで何かを言っても無意味だ。それに心配されるのは悪い気分じゃない。美琴のことを本当に案じてくれていたのは後にも先にも美冬だけだった。思わずこぼれてしまいそうになった笑みを押し殺し、アパートに向かった。
ガチャ、既にあいていると思っていた扉が大きく音を立てる。鍵の引っかかる音に美琴は軽く首をかしげた。
「何……?美冬?」
鍵を開けて中に入った美琴は茫然と立ち尽くした。何があった、とはっきりとは言えない。だが、何となく、いつもと違う。さほど広くない部屋を見渡す。美冬が一度も帰ってきていないことがすぐにわかった。
《美冬!!》
呼びかける声にこたえる声はない。美冬の気配を感じることさえできない。
そういえば、ずっと、今日目を覚ましてからずっと、美冬の存在を感じることがなかった。自分の事で頭がいっぱいで、気付かなかった。
なんで、なんで、なんで
叫びそうになるのを懸命にこらえる。
『何かあったら連絡して』
ついさっき告げられた言葉が頭に蘇る。考える暇もなく電話を手に取った。
「宮乃原?どうした?」
耳元から聞こえる声にほっとする。頼ってもいいんだ、と言われたような気がした。
「……すけて……。たすけて……。美冬が……」
「すぐ戻るから、中で待ってて」
声にならない美琴の言葉を聞いたのか、尊から返ってきた力強い声に、美琴は体の力が抜けるのがわかった。




