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Triangle World  作者: 白雪
第3章 行方不明者続出
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2 ウンディーネの存在2

「八夜様」

 大きな屋敷の一室で待たされていた留衣は扉から顔を出した若い女性に軽く頭を下げた。たぶんこの、一条の屋敷の使用人だと思うが、会ったことがある人物かどうかはわからない。夏樹はこの屋敷の使用人は全員覚えているみたいだが留衣にそんな芸当はできない。留衣も八夜の使用人は一応全員わかるが、一条に比べたら雀の涙ほどの人数しかいない。それどころか彼は現状神家に連なる八つの家の人間はほぼ全員把握しているらしい。

「ご当主様がお呼びです」

 す、と先導して歩く彼女に連れて行かれたのは、一条の館の一角にある離れだった。警察特殊部隊の捜査本部の役割を担っているこの場所へは神家以外の人間も出入りしていることもあり、神家の人間でもよほどの事がない限り近づくことを許されてはいない。

「失礼します」

 中に入るとガランとした部屋は壁一面が機械におおわれている。そこには大きな日本地図が描かれており、様々な色の光が明滅している。中にいるのは夏樹だけらしい。

 夏樹は厳しい面持ちで機械を睨みつけている。

「夏樹様。これは……」

 この機械がなんであるのか、夏樹に聞かなくとも予測はつく。この場所にあるとすれば一つしかない。

「予想通り、精霊の異常を知らせるものだ。……何かあったか?」

 振り向いた夏樹はさすがに疲れきった顔をしている。そもそもこの場所に夏樹しかいないこと自体が異常なのではないだろうか。

「水の精霊王ウンディーネと契約を交わした人間はいますか?」

「ウンディーネ?いや、知らないが……何か見つかったのか?」

「尊がウンディーネの姿を見た、と」

 夏樹の顔色が変わる。他の人間であれば勘違いですますことも可能だが相手が尊ではそうはいかない。彼の目の良さは夏樹にさえ匹敵する。

「……もし、神家の立会いの下の契約でなければ、私は気付かない……」

 その言葉に留衣は不思議そうに目を瞬いた。

「え?ですが、九我一族の時は……」

 思わず口にした留衣の言葉に夏樹の顔色が変わり、留衣はあわてて口をつぐんだ。

 九我一族は約百年前までは八夜たちと同じように神家に名を連ねていた。だが、百年前、九我家の長が多くの子供と当時風の精霊王と契約していた者の命を犠牲にし、自分の子供に無理やり精霊王をつけるという暴挙に出たため、粛清された。状況が状況だけに誰一人生き残った者はいない、と聞いている。もちろん留衣が生まれるよりも何年も前の話だから、人に聞いたことがあるだけだが。

 その事件が一条家に与えた影響も少なくはない。夏樹にとっても苦い歴史なのだろう。そう思い、口をつぐんだ留衣の考えが間違っていることはすぐにわかった。

「なんで、気付かなかった……?」

「え?夏樹様?」

「いる。……いや、かもしれない、というだけだが。神家以外にこんなことができる人間がいる」

「は?何を……」

「九我家……」

「ちょ……夏樹様!!九我家は百年前の事件の時に粛清されたんじゃ……」

「一人だけ、生き残っている」

 苦虫を噛み殺したような表情、とはこのことだろう。苛立ったような夏樹の表情に留衣は口をつぐんだ。彼から発せられる空気が恐ろしくて、口をはさめるだけの勇気が留衣にはない。

「あの事件の被害者である九我由良は殺していない。そして、彼の恋人だった四葉夢(ゆ)実(み)も脱走後見つかっていない」

「どちらも見逃したん……ですか……?」

 可能性はある。一条家の人間は揃って身内に甘い。外の人間には厳しいが身内には甘い。九我の事件は揉み消すにはあまりに恐ろしく、不可能な事件だったが、完全な被害者といえる、下手をしたら死んでいたであろう人間とその恋人を見逃した可能性はある。そうでなければ、たった二人の人間を見つけ出せないわけがない。

 留衣の父は、九我由良について、争いごとを好まない、優しい青年だったと評している。

もちろん彼自身が知り合いだったわけではないだろうが、その事件を知る、留衣の曽祖父から聞いた話だというのだからそれは事実なのだろう。

 だが、彼と夢実の子供や孫までそういう考えを持っているとは限らない。おそらく既に亡くなっているであろう彼らの監視がない今、その子供たちが神家を恨み、憎んでいてもおかしくはない。

「だが、由良がそれを許すとは思えない」

「ですが、百年前のことです。既に彼は……」

「生きている。彼は先祖がえりだ。だからこそ、初めは精霊との契約を精霊王に認められなかったにも関わらず精霊王と契約を交わすことができたんだ」

 くそっと壁を叩く夏樹の表情はひどく落胆し、苦しそうに歪んでいる。もしかしたら彼は由良という人物に会ったことがあるのかもしれない。

「その一族を見つける方法はあるんですか?」

「……私には無理だ、が由良なら……留衣、今日は帰れ」

 邪魔だと言わんばかりに追い出された留衣は渋面で固く閉じた扉を睨みつけた。

 事件が解決するのか、それとも、再びとんでもない方向に動き出すのか、もう想像することさえできない。


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