1 ウンディーネの存在1
「尊」
こんこんと眠り続ける少女の顔を見下ろしていた尊は声の方に目を転じる。どこか緊張したような面持ちでこちらを見る留衣の表情の意味が何となくわかる。
美琴が倒れてすぐに保健室に連れて行ったが、美琴はこんこんと眠り続け、放課後になっても目を覚まさなかった。困惑した学校側が家に連絡を取ったが誰も出ない。そこで、尊が家に連れてきた。もちろんそのことを知っているのは校長と留衣だけだ。他の先生方には家に送ってくると話している。
「尊、お前なんで彼女を連れてきたんだ?」
眠っている美琴に配慮してか、留衣の声はかなり小さい。尊も同様に小さな声で軽く頷いた。
「……気になる事があって……。留衣、お前さ、契約者で普段から目の色が違う上に片目だけ、なんて聞いたことあるか?」
精霊と契約を交わした証は目の色に出る。精霊の種類により、瞳の色が異なるのだ。だが、普段は元の色をもっている。色が変わるのは精霊の力を使ったときだけのはずだ。だが、美琴はカラーコンタクトをしている。カラコンをしている以上普段から青い色をしているのだろう。
「そんな人間いないだろ」
「……俺もそう思ってた。だけど、宮乃原は青のオッドアイなんだ」
「偶然、じゃないのか?色が似ていても契約者だとは……」
確かに普通に考えればそうだろう。尊があの光景を見ていなければ。
「……ウンディーネの姿を見た。かすかに、だけど。それが何を意味するのかはわからないが、無関係の人間のそばにあの方がいるとは思えない」
留衣が軽く目を見張る。ありえない、とでもいうかのように美琴と尊の顔を交互に眺めた。
「……事実がどうであれ、夏樹様には……」
「わかっている。ただ、たとえ契約をしていても本人は気付いてさえいなさそうだから彼女自身がかかわりがあるとは思えない」
「……だろうな。ただ、もし精霊の動きが人為的なものであった場合、犯人がこの子を利用しないとも限らない。ウンディーネとかかわりがあるのに無自覚なんて、利用される三大要素だ」
否定はできない。だからこそ、こっそりと隠すこともできない。もしウンディーネとかかわりがあるという仮定が正しいのなら、美琴の無事を保障できない。敵の目的も正体もわからない以上尊一人で守るのにも限度があるだろう。
「留衣、夏樹様に」
「ああ」
頷いた留衣の声にこたえるかのようなタイミングで小さく唸る声が聞こえた。美琴が軽く身じろぎする。
留衣を目を見交わし、留衣が足早に部屋を出ていく。美琴が目を覚ましたのは留衣が出て行った直後だった。
ガンガンと痛む頭を振り、身体を起こした美琴は見覚えのない部屋に軽く目を瞬いた。ここはどこなのだろう。なぜ、自分はこの場所にいるのか。さっぱりわからない。
「起きたか?」
聞こえてきた声に軽く息をのむ。さっきまでの事を思い出す。青い、片方だけが青い瞳を見られた。
「体調は?どこか具合の悪いところは……」
美琴の方に伸びてくる手が別の人と重なった。ぼんやりとぼやけ、ぶれる。
「や……」
「宮乃原?」
「ごめ……なぐらないで……」
身体を守るかのようにベッドの上で身体を丸める。まるで嵐のように降り注ぐ痛みを、暴力から逃れるすべはない。いつだって黙って受け入れているしかなかった。黙って、我慢していればいずれ飽きてくれる。美琴や美冬にできることはその時を黙って待つことだけだ。
自分の身体に降り注ぐであろう痛みは一向に襲ってこない。
突然強い力で手をひかれ、柔らかい何かに包み込まれる。それが、尊の腕の中である、とすぐには気付かなかった。
「落ち着いて、誰も殴ったりなんてしないから」
穏やかな口調でポンポン、と背中を叩いてくれる。その温かな熱が美琴には信じられなかった。いつだって、どんなときだって美琴たちに手を差し伸べてくれる人間なんてほとんどいなかった。例外なんて数えるほどしかない。
「何……で……?気持ち悪くないの?」
青と黒のオッドアイ。それを見て気持ち悪いと言わなかった人間もほとんどいなかった。幼馴染だけがその例外だったけど、彼の本心は美琴たちにはわからない。美琴や美冬にとって現状を少しでも変えてくれた救世主であることは事実だが、美琴はどうしても本心から彼を信じることができなかった。
「気持ち悪い?なんで?」
尊の口調は心底不思議そうな響きを持っていた。なぜ、気持ち悪いのかわからないというように首をかしげている。
「だって、目の色が違うのに……」
「別に、俺は似たような人間を知っているからね。怖くもなければ、気持ち悪くもないよ。見て」
そっと身体を離され、尊が美琴の顔を覗き込んでくる。その瞳が真っ赤に染まっているのを見て、美琴は大きく目を見開いた。そして、その目の色が徐々に黒へと変わってくる。その過程にもひどく驚いた。
「え……」
「俺は赤と黒、自在に色が変えられるんだ」
平然と言い切った尊の顔に憂いは見えない。それを当たり前のこととして受け止めているのだ。なぜ、ここまで強くあれるのだろう。
「嫌じゃ……ないの……」
「うちの一族多いからね。こういう人間」
予想外の言葉に美琴は今度こそ絶句した。何となく、信じられないくらい巨大な何かに巻き込まれるような、そんな予感を感じる。




