↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/20

第20話 “癒しの原理”を記した者

その夜、レインは“びょういん”の裏庭に一人佇んでいた。

 満月が静かに空を照らし、草葉の露が夜風に揺れている。

 彼の掌には、小さな青い光が灯っていた。青魔法の片鱗である。


「……精度を上げるだけでも、魔力の消費を抑えられる。そうすれば……あの時みたいに眠り続けずにすむ」


 月明かりの下で、静かに呟いた。

 代償を払わずに済む魔術など存在しない。けれど、自分はまだ“その限界”すら、知らない。

 だから――もっと強くならなければ。

 ふと背後から、そっと誰かが近づいてきた気配がした。


「先生……まだ起きてたんですね」


 リーナだった。手には、あの古びた《法術憲章》の冊子を抱えている。


「また解読してるのか?」


「はい。先生の力になる方法が、何か書かれてる気がして……」


 微笑むその目には、疲れの色がありながらも、確かな光があった。

 レインが「無理するな」と言おうとしたその時――リーナの声がわずかに震えた。


「……見つけたんです」


「……?」


 彼女は法術憲章を開くと、裏表紙の内側を指差した。そこには小さな文字で、こう記されていた。

*著者:カーダ=ソワン

*居住地:エレジア山脈東端、霧の谷――“メルヴァの庵”

 レインは目を細める。


「……法術憲章の著者?」


「はい。先生の魔力の限界を越える手がかりが、そこにあるかもしれません。“びょういん”をもっと大きくしたいって言ってたじゃないですか。私、力になりたいんです」


 リーナの言葉には、強い決意があった。

 癒しの魔に全てを注ぎ、倒れたレインを十日間も看病しながら、それでもなお、彼女は止まらなかった。ただ、誰かを救うために――“びょういん”の灯を守るために。

 レインは、黙ってその顔を見つめた。


「……ありがとう、リーナ」


 その声は小さく、けれど深い温かさを宿していた。

 やがて、月が高く昇り、夜風がふたりの間をやさしく吹き抜ける。

 エレジア山脈――霧の谷、“メルヴァの庵”。

 かつて“癒しの原理”を記した者が、今もそこにいるとすれば。

 これは、“癒し”の先に進むための旅になる。



 翌朝、“びょういん”の調合室には、草花の香りが濃く満ちていた。

 レインとリーナは黙々と作業に打ち込み、青緑色の小瓶を次々と並べていた。


「これで、五本目……次は藍苔草を煎じて……リーナ抽出は?」


「はい、もうすぐできあがります!」


 二人が準備しているのは、“びょういん”の中でも特に需要の多い解毒薬――《アオノセイメイ》。

 ルキウスを救った際に使用した青魔法を再現できる魔法薬だ。素材の採取と調合には時間がかかるが、それでもレインはこの薬を、しばらく自分たちが不在になる“びょういん”に必ず残したいと思っていた。


「せめて、これだけは量産しておかないとな……いざってときに使えるように」


「はい。“びょういん”の誰かが困った時、これがあれば、きっと助けになると思います」


 手を動かしながらリーナは、横目でちらりとレインを見た。

 昨日より顔色が良くなっている。声にも力が戻ってきていた。

 ――あの夜、レインが見せた弱さはもう、彼の中で“決意”に変わっている。

 そして夕方、準備をすべて終えた二人は、食堂にいたメルキオルの元へ向かった。


「ん? 先生、リーナさん。なんですか、何か悪い薬でも飲んだ顔して」


 メルキオルは冗談めかして笑ったが、レインの真剣な表情にすぐに姿勢を正す。

 レインは短く深呼吸し、言った。


「メル。留守を頼めるか。“びょういん”を、しばらく任せたい」


 メルキオルは目を丸くした。


「……留守? どこに行くんですか。」


 リーナが一歩前に出る。


「《法術憲章》の著者に会いに行くんです。エレジア山脈の東、“メルヴァの庵”に」


「……なるほど。先生の魔力のこと、ですか。」


 レインは頷いた。


「俺の“癒し”は、まだ未完成だ。今のままじゃ、また誰かを助けたくても倒れるだけになる。それじゃ意味がない」


「もちろん、危険がある旅だってことはわかってます。でも、前に進まなきゃいけないんです」


 そう言うリーナの声は、震えていなかった。

 誰よりもレインの苦しみを見てきた彼女が、今度はその背を押していた。

 メルキオルは、ふたりの姿をしばらく見つめていた。


「……正直、不安です。ふたりがいなくなるってだけで、私の心臓が三つぐらい潰れそうなんですけど」


 苦笑してから、肩をすくめる。


「でも――行ってください。先生がもっと“癒せるようになる”っていうのなら、それが一番の薬になる。……“びょういん”は私が守ります」


「ありがとう、メル」


「ええ。二人が戻ってくるまでこの“びょういん”と待ってますよ。」


 その言葉に、リーナの目が潤む。


「うん……絶対に、帰ってきます」


 その日、“びょういん”の棚には、整然と並んだ解毒薬と、整理された患者記録、そしてメルキオルが記した当番表が貼られていた。

 ――これはまだ、小さな診療所。

 けれど、守る者がいて、進む者がいて、そして帰る場所がある。

 旅立ちの日は、近づいていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。