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8.旅立ち旅立ち


「イヴィアナ、覚えてるか?」


 コップを持つ手が震える。なんとか左手で抑えて差し出した。


 核心を突くこの発言は迂闊(うかつ)だろうか。ツアルト婆ちゃんもイヴィアナも怪訝(けげん)そうに俺を見る。


「リアト、この方と知り合いなのかい?」


 婆ちゃんの問いに言い淀まった。未来の知り合いと言っても白い目で見られるだけだ。


「私は知らない。初対面だよ」

「え……」


 この一言で俺は孤独に堕とされた。


 明朗で元気溌剌な笑顔を浮かべるイヴィアナはまだ居ない。にべもなく俺を注視する翡翠(ひすい)の瞳からは少量の軽蔑が見えた。


「婆ちゃん」


 今の自分は過去の自分だが、未来の自分は婆ちゃんの事を憂慮していた。半年間良くしてもらったというのに、生きて"ただいま"と言えなかった罪悪感を抱いていたのだ。

 旅立つ前だとしても、また会えてよかった。


「俺旅に出るよ。いつか帰るから、絶対に」


 ツアルト婆ちゃんは温和に微笑む。


「分かったよ。行ってらっしゃいリアト、いつでも帰りを待っているからね」


 前回と同じ言葉、同じ声音だ。涙が出そうな所を背伸びして誤魔化し、「いってきます」と手を振った。


「ちょっと!手を引っ張って急になに!」

「俺の魔力を感じてここに入ったんだろ?手なら貸す」

「はあ?」


 前は俺が「はあ?」と言ったが、今回はイヴィアナの台詞のようだ。


「いたぞ!イヴィアナ様を逃がすな!」


 この声を皮切りに鎧をきた兵士や、魔法の杖を持った魔道士らが現れ、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。


「ちっ、ほんっとしつこい!」


 この頃の俺は魔法が存在することすら知らない無知蒙昧だった。魔法の使い方や魔力のコントロールをしらない赤子同然。しかし、今の俺の記憶には数多の魔法が張り巡らされている。肉体的には早熟で追いつかない可能性はあるが、試してみる価値はある。


重力操作(グラティア)


 魔法の杖がないため、効力は半減したものの魔法自体は発動した。追跡者は宙に浮き身動きが取れなくなった。


 手を開いたり握ったりを繰り返した。肉体と精神の齟齬(そご)が生じると思ったが、魔力は元より潜在していたものだ。精神が発達していれば問題ないらしい。それならば今回の旅でさらに能力の向上が見込める。


 ──あの惨劇を回避するためにも、もっと力をつけないと。


「なにあれ……あんた一体どんな魔道士なの!?」

「さすがに帝国魔道士には敵わないけどね」


 疾走しながらイヴィアナをからかってやった。当人は困惑しているが、俺はそれだけで幸せだった。


 前回と同じ場所で休息した。近くの川で水を飲んでいると、訝しげな視線が刺さる。前は俺がイヴィアナに向けていたのだが、今回は俺の番だ。


 差し当たりはイヴィアナ・フレインという帝国魔道士を知っている田舎者として振る舞うのが良いだろう。


「さっきは無礼をしたな。ごめん。俺はリアト。そこの村で農作業の手伝いをしてる田舎者」

「私はヘズ帝国の帝国魔道士イヴィアナ・フレイン。あんた、変な人だね」

「帝国魔道士か……なんでそんな高貴な人が追われてんだ?」


 イヴィアナは前と同様に(かげ)りを作った。そして皇帝との軋轢(あつれき)、彼女の見上げた義侠心(ぎきょうしん)を俺に聞かせてくれた。俺もついでに自分が異邦人であることを告げた。


「ねえ、リアト。良かったらなんだけど、私と魔王を討ち取りにいかない?」


 俺が魔法を使いこなせているからか、イヴィアナは物腰低く言った。


 前回の俺を省みると、なんて惨めな男だと何度も思う。前はイヴィアナにこの話を持ちかけられた時、年下の女の子に自身を護衛してもらうよう約束を促していた。


 でも今なら言える。イヴィアナの翡翠の瞳を真摯に見れる。


「もちろん。イヴィアナのことは俺が助けるよ」

「リアトって、結構くさいことも言うんだ?」


 稚拙に笑う東雲色ツインテールの少女は、少し前までいた未来にいる彼女を思い起こさせた。それと同時にシェリロルとイヴィアナの凄惨な死体が過ぎる。脳内が仲間の血飛沫で満たされる。もう仲間の死体は見たくない。


「ね、リアト。この人が私たちのパーティの戦士グレアム・クリーエ」

「ちょっと、イヴィ!」


 前回と同じ轍を踏んでグレアムを陥れ、仲間に無理やり参入させた。栗色の髪の毛、焦げ茶色のメッシュ、長い襟足も、翡翠の瞳も──全てが懐かしく、愛おしい。


 イヴィアナの屋敷にある魔法図鑑ももちろん失敬させてもらった。まだ習得していない魔法は数え切れない。より一層強くなるために必要なイベントだ。


 運命を改変させると息巻いていたものの、運命とは神経質だ。少しの歪みで本来起こるはずのイベントが消え、不利益になる可能性が高い。


 運命改変の最悪なパターンは仲間であるはずだった者が他人になることだった。イヴィアナ、グレアム、シェリロル、エリィ。この異世界での俺の居場所となった、かけがえのない仲間だ。


 ひとまず、全員と邂逅するまでは前と同じ行動を心掛ける事にした。


 俺たちが襲撃に遭うのは魔王討伐後。その直前に注意を払い、事の原因を探る。これを徹底して能力を向上しつつ冒険を続けよう。


お読み頂きありがとうございます。感想やリアクション、評価いただけるととても励みになりますꕤ︎︎

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