55.姉と弟
魔道士の間隙を突ける絶好のタイミングは魔法を放った直後。発動した魔法が強力であればあるほど反動が大きく、身動きが取りづらい。加えて直後に魔法を発動できない。
エリィはその隙を──マルシュがグレアムに攻撃する隙を油断を狙った。グレアムの我武者羅な攻撃はマルシュを扇動するためであったのだろう。
端から2人の標的はマルシュではなく、クリファイドだったのだ。我ながらうちの騎士は狡猾ながらも勇ましい戦士だ。私は誇らしげに口角を上げた。
無傷のクリファイドと満身創痍のグレアムとエリィ。両者を見比べれば一目瞭然にクリファイドが優勢だったことが分かる。うちの騎士2人と敵対してもなお優位を維持できる化け物戦士。彼を討つには奸計を巡らせるに他ない。
時は進み、窮地のマルシュをクリファイドが庇ったおかげで、エリィの大太刀がクリファイドに一刀いれた。魔法が効かない頑健なクリファイドは、狂王ラフアンの呪いが効くのだろうか。
クリファイドは力なく倒れ出した。この様子を見るに、狂王ラフアンの呪いは発動している。私は安堵の息を吐いた。もしエリィの妖刀でさえ彼を戦闘不能にできなければ打つ手はなかった。
マルシュは崩れ落ちるクリファイドを支えに入った。彼女からはなんの感情も悟れない。
「し、死ぬかと思ったよ……はぁ……ちょっ!エリィ、大丈夫?」
一方一息つくグレアムは、今にも倒れそうなエリィを支えてシェリロルの元に歩いた。2人の軌跡には血痕が垂れている。エリィはグレアムに支えられてやっと動けている状態に見えた。
「大変です……今すぐ治療しますね!」
シェリロルは焦りながらも精霊を召喚して2人を治療した。
グレアムもエリィも無事に帰ってきてくれて本当に良かった。私の高鳴る鼓動は徐々に落ち着き始めていた。
「リフ……!!リフ!どうして……!?」
あの女から流れる涙は初めて見た。お前には涙を流す資格すらないというのに、図々しく穢らわしい涙だ。
息も絶え絶えで横たわるクリファイド。マルシュはクリファイドの頭を太ももに乗せて、彼の整った美形を優しく撫でる。
「ごめ……ん……」
クリファイドは虫の息でそう言った。マルシュの金髪に触れるが、彼の手は力なく落ちていく。
「リフ!!!!」マルシュはその手を落とすまいと支え、必死に抱きしめた。「ホワステル!!!リフを治して!!!早く!」
ホワステルは眉根を下げてマルシュ注視し、神聖な杖を両手で握りしめた。
「言霊の呪いは無理だよ。魔法は元から呪いの類だけど、狂王ラフアンの言霊は別格。あたしでも浄化できない」
「なんで……なんで!!!ねえリフ、死んだりしないわよね?あなたが死んだら私はどう生きたらいいの?私の存在価値も……何も無くなる……!」
「マルシュ……リフはもう……」
ホワステルは沈鬱に呟くが、マルシュは「黙って!!」と一喝した。いつも品のある淑女を演じているマルシュとは思えないほどの狼狽だ。鬼気迫る表情で声を枯らしながら叫び続けている。
──はぁ、本当に耳障り。
「姉さん……愛……して……る……」
クリファイドは一言一言丁寧に言葉を紡いだ。
──今、姉さんって……?
聞き間違えだろうか?そう思考していると、傍らからリアトの悄然とした「マルシュ……」という声が聞こえた。リアトは未だにマルシュに好意を寄せている。私には理解できない好意。
クリファイドは最後の力を振り絞ってマルシュに近づき頬に口付けをした後、息絶えた。
「私の愛するリフ……」
マルシュを命懸けで守護したクリファイドと、彼の死を大仰に嘆くマルシュ──2人の関係性は只者では無い。姉さんという言葉が聞き間違えではなければ──
金糸さながらのふんわりとした髪に鮮血のような真っ赤な瞳。何故こんなにも簡単な共通点に気が付かなかったのだろうか。
「この子が生きていたから姉さんも生きてれていたのに……」
マルシュとクリファイドは姉弟だ。
「許さない……許さない……っ!」
マルシュは真っ赤な瞳を虚ろに光らせてエリィとグレアムを睨んだ。
──この女は何を言っているの?
私は今まで4回もお前以上の苦悶を経験した。たった一度の経験でなぜそこまで被害者ヅラが出来る?
そもそも奇襲したのはクリファイドやマルシュたちだ。加害者が被害者を糾弾する資格はない。自業自得以外の何物でもない。
マルシュが今私たちに向ける睥睨は、お前から溢れ出る憎悪は、私がお前に抱く感情と同じ──
──はぁ?同じだなんて絶対に有り得ない。
私はお前の万倍の憎悪を持ってここに居る。
やにわにマルシュから凄まじい邪気が油然と沸き起こった。堰を切ったように溢れ出る黒魔法の邪悪さが空間を支配する。
──この程度の邪気で私を圧倒するつもり?
私の内に溜め込んだ邪悪さはお前の黒魔法よりも黒く淀んでいる。
次の瞬間、マルシュの足から手にかけて紅色の花模様が浮かび上がった。この症状は見覚えがある。まさか……
マルシュの魔力量の飛躍が止まらない。魔力の圧で周囲の木々がざわめく。今まで魔力を抑制して戦っていたようだ。
「花死病……今までどうやって抑えてたんだ……」
エリィは唖然と呟きながら、一歩一歩後退する。金色の瞳には絶望が浮かび上がっていた。
"花死病"──それは世界的に蔓延している疫病の一つだ。長年人族を苦しめている有名な不治の病。
紅色の花模様がつま先から徐々に体を侵食し、細胞を破壊して蝕み続ける。症状は基本的に全身の痛みを伴い、ら皮膚が日に当たるだけで激痛がするという。
花死病に罹患すると1年以内に死亡し、死亡時には体がはち切れ真紅の花が開花する。私は見たことがないが、真紅の花は皮肉なくらい鮮烈で美麗な花だという。そして、しばらくすると真紅の花は人の体から栄養分を吸い取り、魔物が誕生する。魔物を倒し続けても絶滅しない要因のひとつでもある。
この最低最悪の花死病は希少疾患で現状治療法がない。死亡後に開花する真紅の花から、魔物の誕生を止めることも出来ない。
そのため、花死病の罹患者は生前に火葬するか、死後は死体を海や魔王領に放棄するに他ない。生前死後問わず悲惨な運命を辿るのだ。
感染経路も不明で、原因解明も現状困難らしい。だが、発生源は魔族の魔法というものが現在最も信用性の高い説だ。
マルシュの顔に花模様が浮かび上がる。目は充血し、全眼が真っ赤になっていた。
彼女の花死病は既に末期。立っていることすらままならないはずだ。
それにエリィの言っている通り、どうやって花死病を抑えていた?──今までのマルシュには花死病の症状が見られなかった。罹患直後にここまで悪化することもない。
「やめなさい!!リア!!!!」とホワステルはガラスの杖を構えて疾駆した。「それ以上やるとしぬよ!」
「別に。もう死んだも同然だから、構わないわ」
『万物を浄化する』
ホワステルの白魔法で浄化を試みるが、失敗に終わっていた。邪気は留まることを知らずに溢れるばかりだった。
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