56.悲劇ぶる
嘆息を吐きたいところを、心の内に抑えておいた。それにしても酷く退屈な茶番を見せられている。この女は悲劇を気取っているだけだろう。
──そんなに死にたいのなら、私が殺してあげる。
杖を握りしめて果敢に前進すると、「ちょっと、きみ!」と、ホワステルに呼び止められた。
「止められなくて困ってるなら、黙ってたら?」
帝国魔道士の威厳に圧倒されたのか、ホワステルにも打つ手がないのか、黙って引き下がっていった。
「今更あんただけ騒ぎ立てて、何様のつもり?」
多分、酷い形相でマルシュを睨んでしまっている。
──仕方ないでしょう。やっとこの女を燃やしてやれるんだから。
「イヴィアナ・フレイン……」
マルシュは私を睨み返す。汚い唸り声を上げなら、辛うじて立っていた。花死病の症状で苦しんでいるのだろう。
──最っ高の気分!
「自分だけ悲しい顔しないでくれない?お前たちは人の命を奪おうとしたの。わかる?それで文句を言うのはお門違いでしょ」
人情なんて帝国魔道士になってから私の辞書から消えた。
──マルシュの最愛の弟が亡くなったからなに?
私には関係ない。お前らだって私たちが死んでも何も感じないだろう。なら、慈愛なんか与えずにお前たちを殺す。
──この"慈愛なき劫火"でお前を灰にしてやる。
『火炎放射』
「あの子と私たちは関係ないわ……あの子の命は奪ってはいけないの!!」
『漆黒剣』
全てを飲み込む黒魔法の剣は、私の炎吸い寄せて飲み込んだ。
あの剣には形容しがたいほどの魔力量が凝縮している。前回、私を殺した攻撃よりも遥かに凶暴な魔法だ。しかし、感情に支配されているせいで魔法に粗が見える。
──滑稽。ほんっとうに面白い!
お前はおとうとが死ねばここまで愚かに踊ってくれるのか。じゃあここで上手くいかなかったら、次はクリファイドを殺してからお前を殺そう。私はお前を何度でも絶望のどん底に突き落としてやる。
マルシュは真っ赤な瞳を煌々と光らせて私を際限なく睨めつける。面白い。面白くて嗤ってしまう。嘲笑が自然と溢れる。
──これだ!私がこの女にしたかった痛快復讐劇!
気持ちがいい。あまりの心地良さに声が漏れてしまいそうな程に、私は至福に満たされていた。
マルシュが遮二無二振るう剣を躱す。私が"火炎放射"を討つと、黒魔法を纏うその剣に吸い込まれてしまう。だからなんだと言う話だ。吸い込まれる前に仕留めればいい。
伝説のパーティーの中でマルシュ自身が1番弱いと自虐する意味がわかった。確かに魔法の完成度や扱い方がホワステルと鑑みても全く違う。圧倒的にホワステルの方が練達した魔法と機知に富んだ魔法を使い、隙がない。感情に支配されることもまたホワステルに及ばない要因だろう。
交戦中、炎魔法を使って空中に飛び出た。そのまま杖を差し向けて詠唱する。
『炎獄の一撃』
この射出速度の魔法を回避したものは人生で1度も出会ったことがない。魔王も万物凌駕のミレも喰らった一撃だ。ただ使うと反動でほんの1秒動けなくなるからあまり使いたくない。魔道士には1秒の隙も許されない。
そして刹那、私の渾身の一撃は消失した。魔法発動後の反動もない。まるで私が魔法を射出した事実ごと消失したかの感覚だ。私は意味もなく自分の全身を確認した。
──何が起こった?
「マルシュ……平気だよ……」
依然と邪気を纏うマルシュを、背後から抱きしめる魔法帽を被った紳士がいた。水色髪で尖った耳をした悪魔魔族"刹那のウルリクアクア"だ。
彼はつい先程まで居なかった。周辺の魔力を探知できないから確証はないが、瞬きした後直ぐに現れるのもおかしい。彼はいつも刹那のごとく現れる。
ウルリクアクアは小さな声で何かを詠唱した。彼がマルシュの頭を撫でると、花死病の象徴でもある花の模様が徐々に引いていった。マルシュの動顚すらも沈静化した。落ち着きを取り戻した彼女は意識を失い、ウルリクアクアにしなだれかかる。
「リア!」と駆けつけたホワステルは、マルシュを受け取って抱きしめた。金糸の如く髪を優しく撫でている。
──最悪。
「やはりみんな手強いようだね……」
温和に笑うウルリクアクアは、警戒の色を強くする私たちの顔を一人一人見て言った。そして、大きな魔法帽を脱ぎ胸の前に添える。
「初めまして……?みんなが知っている通り、私は執達吏の"刹那のウルリクアクア" だよ……」
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