3.名誉騎士と帝国魔道士
数日後の深夜を回った時分。かくしてヘズ帝国の帝都の貴族街に忍んでいた。イヴィアナの奔放さを妥協するしか道はなかった。
彼女は実家に侵入し、魔法図鑑を失敬してから仲間の戦士と邂逅する予定らしい。
とんでもない犯罪行為だと思うだろう?正にその通りだ。
「帝国には夜間警備隊がうじゃうじゃいるから、絶対見つからないようにしないとダメだよ」
イヴィアナは人差し指でバツのマークを作って、小声で話した。
「分かった」
「見つかったら死ぬと思っといて。帝国の夜間警備隊は乱暴なの。ほらあの朱殷色の軍服を着た人達」
こんな事を言われたせいで、俺は恐怖で小刻みに震えながらイヴィアナのツインテールを追随した。
イヴィアナの実家は想像以上に広大な敷地を有していた。どのくらいと言えば、何を例えれば良いか分からないが、国会議事堂くらいはありそうだ。
その豪邸から魔法図鑑を数十冊抱えて帰還し、目的の仲間の送迎に向かった。この魔法図鑑は俺のための教材らしい。魔導書ではなく魔法図鑑の理由は、イヴィアナの家には炎魔法の魔導書がほとんどらしく、俺の魔法教育に貢献できる書物が魔法図鑑しかないからだそうだ。
系統が縛られたこの世界の魔道士ならば当然だろう。魔法図鑑を持っていることも珍しいような気がする。
数十分イヴィアナの炎魔法で空中移動した後、またまた壮大な豪邸の前で止まった。
「ついたよ」とイヴィアナは呟く。
道中で何度も夜間警備隊に見つかりかけて生肝を抜いた。どうやら、魔力の気配で夜間警備隊に認識されてしまうらしい。上手く逃亡できたのはイヴィアナの俊敏性と狡猾さの賜物だ。
いとも容易く豪邸の中に侵入し、ある部屋の前でイヴィアナが扉を不規則に叩いた後「好きな食べ物は帝国風焼き魚」と囁いた。恐らく仲間との合言葉だろう。
扉を少し開けてイヴィアナの顔を確認したあと、俺たちを部屋に招き入れる。
戦士の仲間はイヴィアナに見合う美男子だった。栗色の髪の毛に所々焦げ茶色のメッシュが入っている。襟足は長いが放蕩さを感じさせない佇まいであった。
隆々とした体つきで体裁は似つかないが瞳の色はイヴィアナと同じ翡翠のように見えた。いや、イヴィアナの翡翠より少し深い翠だろうか。
そして、信じられないくらいの長駆だった。180cmはゆうに超えているような気がする。イヴィアナとの身長差は親子さながらだ。
「お待たせ、グレイ」
イヴィアナは巨躯の彼に手を振った。東雲色のツインテールが揺れる。
「イヴィ……待ってないよ」
グレイと呼ばれる彼は、イヴィアナのことを愛称で呼んでいる。幼馴染だろうか。
二人からのやり取りは知己とぎこちなさを感じた。戦士の仲間といっていた彼から辟易が溢れている。
「分かってるよね?君は今言わば指名手配犯も同義なんだよ。僕の元に来てなんだって言うんだい?」
彼は頭を抱えて嘆息を吐いた。
「嫌そうな顔して、本当は嬉しいくせに!」
イヴィアナは弾んだステップで"グレイ"の頬を突っついた。
「冗談は辞めてくれイヴィ。僕はクリーエ家の誇り高き帝国騎士としての名声を守らなきゃいけないんだよ」
「それじゃあグレイは魔族から人々を守りたいと思わないの?」
「……思ってるさ。でも君のやり方には賛同できない」
イヴィアナはグレアムの言葉を無視して、俺の腕を引っ張った。翡翠の瞳同士が見つめ合う。
「ね、リアト。この人が私たちのパーティの戦士グレアム・クリーエ」
「ちょっと、イヴィ!」
仲間だと言っていたグレアムは、イヴィアナの腕を掴んで引き寄せた。まるでイヴィアナが捕まったかのような構図になっていた。
「君を警備隊に引き渡す」
「またまた可愛い冗談だね」
空気が物々しく変化した。グレアムは険のある面持ちになった。イヴィアナが振りほどこうと微動だにせず、流石に不安が募っていく。
「イヴィアナ!」
俺は思わず叫んでしまった。急いで口を抑える。
「平気だよリアト。そんな大声出さなくても、そろそろ警備隊は来るから……」
イヴィアナはウインクをして、さらには俺に向けてピースも送った。なぜそんなに悠然としていられるのだろうか。
「警備隊?!」
「そう!クリーエ家直属の警備隊」
イヴィアナは陰険に笑った。グレアムに少量の炎を浴びさせ、彼を追い払う。
「私は魔道士なんだから、手で繋ぎ止めておくのはむりだよ。グレイ」
「ふうん……君と本気で戦いたくはないかな」
居心地の悪すぎる静寂が過ぎり、当人ではない俺が固唾を飲んだ。そして、戦端が開かれると思えば、開かれたのは扉の方だった。
「イヴィアナ様だ!いたぞ!!やはりグレアム様の私室にいる!」
誰かの声を皮切りに、廊下からこちらに接近する数多の足音が聞こえた。クリーエ家の夜間警備隊が集ってきた頃合いを見て、イヴィアナは話しだす。
「違うの!グレイは私のことを匿おうとしてない!私を助けるために内部情報を漏洩しないし、私が上手く逃げられるように抜け道を教えてくれたり、お金を渡したりなんて、絶対してない!」
イヴィアナの白々しい演劇が開幕し、俺は驚愕した。演技は目を瞠るものだが、必要以上にかまととぶっている。東雲色のツインテールを必死に振って大仰に話していた。
「は!?」と、グレアムは口をあんぐりと開けたまま唖然としていた。
「グレアム様……そんなことを……」
警備隊の一人が呟いた。
「無理もない。イヴィアナ様はグレアム様の大切な幼馴染だ。想い人を救おうとするのは道理にあっている」と、別の者も頷く。
「なんと高尚な徳義心を持ったお方なのだ……だが、反逆者に手を貸すのはどんな理由であれ……」
追っ手の警備隊からはこのような同情の言葉が飛び交った。イヴィアナは高貴な帝国魔道士と豪語していたが、やり口が狡猾だ。
「イヴィ、謀ったな?!」
「ねえグレイ。これから捕まって謹慎処分を下されるのと、私と冒険するのどっちがいい?」
イヴィアナは奸賊さながらの笑みで言う。
勿論グレアムは後者を選んでクリーエ家の屋敷から出奔した。
しかし、グレアムは苦情を言いながらも準備は万端だったようで、金や食料、武器の手入れ材も備えていた。到底イヴィアナを警備隊に突き出そうとした人だとは思えない装備である。
帝国の追っ手から逃れた後は、冒険者協会の依頼を引き受けてお金を稼いだりして冒険生活はさし詰め安定していた。
巨躯で狼のような騎士のグレアムは──彼曰く戦士ではなく騎士がいいそうで──先天性の"魔力欠如"だ。
彼は魔力がないと思えないほどの実力を有していた。上級魔物でさえグレアム一人で片付くことは多い。人は魔力で気配を感知するのが一般的だが、グレアムにはそれが出来ないため第六感で敵を察知するらしい。
「グレアムの武器ってなんか諸刃の剣って感じするよな……俺が使ったら一瞬で自分に刺す自信ある」
俺はグレアムが武器の手入れをしているところを眺めながら言った。
グレアムの武器は斧のように見えるが、柄の下の部分は刀のような刃が仕込まれた斧剣を使用している。彼を斧使いと呼ぶべきか薙刀使いと呼ぶべきか難題だ。
「僕はこれが一番なんだ。集団戦に強いからね」
「さっすが名誉騎士グレアム・クリーエ!」
「揶揄うのやめてくれる?イヴィ」
「名誉騎士?」
俺の興味津々な声に、イヴィアナは万遍の笑みで頷いた。
どうやらグレアムは多くの魔物を討伐し、人命を救った功績で帝国騎士の中でも更に高位に座しているらしい。つまりグレアムは最上位の帝国騎士だ。自分より遥かに体格の大きい魔物を一撃で仕留めてしまう実力があるのだから、当然かもしれない。
イヴィアナは帝国内でたった5人の帝国魔道士に選ばれ、グレアムは帝国の名誉騎士を冠せられている。
──で、なんでこの2人が帝国で反逆者になったんだっけ?
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