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2.旅立ち

「ヘズ帝国…?」


 ここで半年間無為(むい)に過ごしていた代償が訪れた。この世界についての探求心が欠如しすぎている。


「俺…俺はリアト。聞きたいことは山ほどあるんだけど、ヘズ帝国?から来たんだな」

「何その疑心暗鬼な言い方。まさかヘズ帝国を知らないって言わないでしょうね?」

「知って……」


 ふと考えた。これって凄く恥ずかしい事なのでは?だが知ったかぶっても瞬時に露呈するだけだ。


「知ってないです」


 その後イヴィアナから失望の言葉が漏れていたが、俺は包み隠さず異邦人であることや今までの生活を伝えた。すると諦念を抱いたようで、嘆息を吐きながらも話してくれた。


「ヘズ帝国は莫大な領地を有する歴史ある人族の国家だよ。人族を統率する(たっと)き帝国。ヘズ帝国の皇帝が人族全域の実質的な支配者なの」

「なるほどな。つまりでかい国って事な!」

「そういうこと!」

「それでイヴィアナはヘズ帝国の魔道士ってことか」

「ちょっと違うけどね。帝国魔道士って凄いんだから。私は歴代最年少で帝国魔道士になったの。そもそもね、帝国魔道士は数千万人いる帝国内でたった五人に与えられる栄誉ある公職なんだよ。お給料もいいんだから」

「へえ!すご〜!で、イヴィアナはなんでそんな凄い奴なのに追われてたんだ?」


 瞬間イヴィアナの表情に翳りが刺した。先刻までの意気揚々とした面持ちが嘘のように視線を下に落とす。無神経な言葉だっただろうか。


「帝国の意向に賛成できなかったから…何だかこうかっときちゃって、皇帝にバカって言っちゃった」

「バカ…?」


 世界の指導者とも言える高尚な人にバカとは、罪深い狼藉(ろうぜき)だろう。


「でも仕方ないでしょ。私は皆を助けるために帝国魔道士になったのに、魔族の被害で困ってる人達を助けに行くことを禁じられたの!私は帝国の守備のために帝国魔道士になったんじゃない。魔族の侵攻はもうすぐそこなのに、何もしないなんて信じられない!」

「魔族の侵攻…?そういえば魔族にあった事が…この世界はそんなに汚染させてんのか」


 あの金髪の美少女に邂逅した時分を回想した。あの子も容赦なく魔族を殺していたし、この世界では魔族は邪悪な存在のようだ。というのも、このような異世界には稀に魔族と共存する世界もある。


「均衡を保てていた時代もあったんだけどね、今の魔王は加虐的で人族を次々に殺戮しているし、魔物の被害も増えてる。もう国の一つや二つは消えてるんだよ。人が沢山死んでるのに、なんで手を(こまね)いてられるの?」

「ヘズ帝国の皇帝はこの事態になんのアクションも起こそうとしないのか…」

「そう!まだ時宜(じぎ)じゃない…とか言いやがって。私は人々を助けるために魔法を学んだ。今現在も苦しんでいる人がいるって言うのに、何も出来てないなんて…帝国魔道士は腐った称号だよ!」


 激昂したイヴィアナを落ち着かせた。この子は本当に人情深い子なんだな。


「つまりイヴィアナは魔王を倒すって…言うのか?」

「うん。魔王を討伐するために全部を捨ててきた」


 唖然とイヴィアナ・フレインという少女を見た。真摯で強かな眼差しは(くだん)の言葉が真意だと証明していた。

 彼女の選択は無知蒙昧で無謀すぎると分析できる。世界の指導者が何も対策をとろうとしないわけがない。それでも彼女は刻一刻と迫る厄災にまんじりとしなかったのだろう。


「それで、」

 このあとの言葉は予測できていた。魔王を討伐すると言った。そして彼女は今たった1人だ。加えて俺に助けて欲しいとも言っていた──


「私と魔王を討ち取りにいかない?」


 だと思った。


「俺、なんも出来ないんだよ?イヴィアナみたいに魔法なんて使えないから、役立たずだから、無理無理!」

「多分、そんな事はないと思うわ。だって私はあんたの魔力に釣られてあの家屋に入ったんだから」

「魔力?」


 魔法と無縁の生活をしていた俺には聞き馴染みのない言葉だ。もしや俺に主人公補正があるのか?チート能力を持っていたり…!?


「あんたの魔力はなんというか、混雑していて不思議なの。私の推測だと…。リアト、"火炎を起こす(フラン)"って言ってみて」

「ええ…」


『火炎を起こす《フラン》』


 歯痒い言葉だったが、望み通りに人差し指を立てて言った。


 何の変化もなく、耐え難い沈黙が流れた。数秒後俺の人差し指がマッチを擦ったかのような小さな炎が灯った。痛みは感じず、暖かい。


「成功ね!」

「こんなちみっちゃいのが…?」

「次は、えーっとなんだったかな。"水を流す(ウオーサ)"って言ってみて」


 指示通りに詠唱らしく踏ん張って言ってみた。するとまた数秒の時差で人差し指から小便を彷彿とさせる水が流れた。


「予想通り…」

 イヴィアナは満足そうに微笑んでいた。

「もう恥ずかしい!こんなちっさい魔法でどうなるって言うんだよ」

「リアト、あんたは知らないだろうけど、この世界で魔法を使える人たちは絶対に"一つの系統の魔法しか使えないの"」

「え?」

「リアトは今炎と水の2つの系統の魔法を使えた。まだ魔法の修行は必要だけど、あんたの力は私の助けになると思う」


 この世界では魔法は才能の一つで、上手く使いこなせる者が稀有らしく、更には扱える魔法の系統は一つと決まっているそうだ。系統といっても多種多様で炎魔法の中にも細かな属性が有るらしい。

 そして、魔法は先天性の才能で、生まれた時からどの魔法を使えるか決まっているという。

 俺の魔法は嚆矢からチート能力でなくとも、将来性がある恐ろしい能力だろう。少し口角が上がった。


「かの有名な大賢者様と名無しの勇者様に引けを取らない、"万能魔法"…」

「でも、俺はイヴィアナの決意には劣る…」


 高尚で特別な帝国魔道士という称号や矜恃を捨ててまで無謀な魔王戦に向かおうとするイヴィアナの隣に並んで戦う勇気はなかった。命を賭ける気にはならない。


「リアトは何かやりたいことない?」


 "やりたいこと"──俺の記憶の最前線にいる一人の女の子が今日もまた見えた。諦念を抱いていたものの、あの美麗な女の子の事を忘れられない。


「逢いたい人がいて…名前も知らない人なんだ」

「素敵な夢ね。なら、私は魔王討伐のために、リアトは探し人のために冒険に出ない?」

「俺絶対すぐ死んじゃうよ…」

「リアトのことなら、私が絶対守ってあげるから!間違いなく私は強いからね」

「ほんと?」

「"約束"だから!」


 イヴィアナが小指を出てきたため、指切りげんまんをした。この世界には指切りげんまんがあるのか。


「さ、行くよ!リアトの初恋の人探しと、魔王討伐!」

「ちょ!え?!?まだそんなこと一言も言ってない!てかなんで初恋だって──」

「私たち魔道士じゃ、魔物と戦うには不便すぎるからやっぱり戦士がいなきゃね!」


 俺の焦燥を歯牙にもかけず、声高らかに話し続けた。俺が顔を赤くして文句を言っても仕方ないし、イヴィアナに合わせよう。


「戦士かぁ、ムキムキがいいな。じゃなきゃイヴィアナの魔法レベルに合わないんじゃない?」


 少しの褒詞を言っただけでイヴィアナは高飛車に表情を作った。単純で稚拙な子だ。


「それなら平気!もう戦士は決まってるの」

「まじか!仲間いたなら先に行ってくれよ〜」

「ごめんごめん。急に反逆者認定されちゃったから逃げるしかなくって。じゃ迎えに行こっか」

「え?何処に?」


 答えが分かっていながら口出した。


「私の故郷、ヘズ帝国」


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