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BLACK RING  作者: 墨川螢
第2章 ジャスティスリッパー事件
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2-37

 そこに至って、仁はやっと、行動もとい、暴動を起こした。自動販売機にむしゃぶりつき、遠吠えをする狼のように、喉を反らせ、高みに向かって怒鳴り散らす。

「何を言う! 何でそうなる! 通り魔は千尋じゃねぇっ! 何度言ったらわかるんだっ! そもそもこの事件は通り魔事件と関係ないっ! 手口がまるで違うだろうがっ!」

 千尋か通り魔か、どちらを擁護しているのか、もうまるでわからなかった。

 睨み据える少女の表情には――まるで赤ん坊をベッドに寝かせることもなく、便器に転がしておくような、そんな鬼才的な奔放さが見え隠れしていた。

「通り魔は――『ジャスティスリッパー』に進化した。週末の事件は、そんな血風(けっぷう)の便りを、世間にもたらした。知らないとは言わせません」

 そしてその声の底には、自尊心さえ這い出した――それはまるで、テレビと雑誌とネットだけによってその世界の全てが決定される、そんな甘ったるい女共のそれだった。

 仁は、聞こえよがしに舌を打ち、冷や水を払うように首を振る。

「知らないと言う他ない。あの電話の後すぐに、夢の国へ発ったからな」

 そして――そのように言い切った。

 しかしそれは――嘘だった。

 まどろみの隙間に滑り込むように、枕元のスマートフォンより、その情報は入って来た。自動配信のニュース、秀一からのライン。情報が溢れて零れるこの社会、無人島にでも行かない限り、引き籠りを極めることなど不可能だった。

「では、起きないお友達のために――」それでも理奈は、得意気に語り始めた。

「金曜日は役所で戦争、土曜日は事務所で抗争。加護江市役所は戦車のデコレーションが素敵なチョコケーキと化し、鶴亀(つるかめ)組の事務所は具がどっちゃりのチェリーパイです。しかしそれらはやはり――斬り分けられていた。あの武道館と、同じくです。手口に着目するのなら、これら三つの事件は、今世間で話題の、ジャスティスリッパーの仕業でしょう。相沢さんが仰る通り、通り魔の仕業には見えません。スケールがあまりにも違います。ですが――」

 相沢仁は―

「最も注目すべき点は、リッパーは、やくざ者はともかくとして、市役所では、謎の黒スーツの一団を刃にかけていることです。この日本であんな軍隊じみた武装をしていた連中です、きっとろくな連中ではないでしょう。しかし、どんなに調べても、そういった正体は掴めませんでした。しかしながら、第一に正義の味方気取りである通り魔は、加護江市公認の悪人を襲撃していたはず。やはり、手口違います。リッパーは――加護江市が認知していない悪人までをも襲撃し、更には命を取り上げた。最たる手口が違うのです。『兎追いし』と『兎美味しい』ぐらい違うのです。これでは、『通り魔=ジャスティスリッパー』の式は成立しません。ですがですが――」

 何事も――

「果たして通り魔は、その正義を、加護江市の大衆に委ねていたのでしょうか。恐らく答えはNOなのです。思えば、司法の六法に肘を(くら)わせ、己が木太刀を振るったファシストに、デモクラシーの精神を期待するなど馬鹿げています。あくまで通り魔は――自分の正義のみに従い、悪人を裁いていた。加護江市公認だろうと非公認だろうと、そんなことは関係ありません。標的とみなした瞬間には、自身の正義のみが、その胸に燃えていたはずです。では、件の黒スーツの一団は、いかなる悪事をもって、標的とされたのか。あまつさえ、命まで取り上げられてしまったのか。悪人を殴り倒す通り魔を――悪人を斬り殺すジャスティスリッパーに進化させてしまったのか。もしかすると、黒いスーツを着ていたから殺されたのかもしれません。いやいやそれとも、黒いネクタイを締めていたから殺されたのかもしれません。そんなわけがあるものかと、そう仰るおつもりですか? 申し訳ありません。私には、他人の正義の仔細などわかりかねます。リッパーからすれば、ガムの噛み捨てさえ、万死に値するかもしれません。ですがですがですが――」

 言わなかった――

「いたんですよ、黒スーツの一団の中に――悪人とされるべくして悪人とされた、極悪人が。石井大輔に染谷琴美。この名前、当然御存知ですよね。相沢さんのクラスメートです。そして何より――山野井千尋さんのクラスメートです。相沢さんには失礼を承知の上で、勝手ながら、事件当日の山野井さんの動きを探らせてもらいました」

 もとい――言えなかった。

 気付けば目には、足元のアスファルトが映っている。

「あの市役所での事件は――仇討ちものの決闘だった。山野井さんは、大切な友人に暴行を加えた男と女を成敗したのです。二人に味方した連中もろともに。水戸の御老公のようにではなく、暴れん坊将軍のように――斬り捨てて」

 あの保健室で、箍が外れた――

 彼女は狂った――

 ジャスティスリッパーへと――踏み出した。

『真っ赤に真っ赤に塗り潰す』いつかの台詞が、脳裏に湧く――

 赤い沼の中、踠きに踠く黒い影――しかし手元には、一筋の藁さえありはしない。

「この剣道部の件だってそうでしょう。不当な動機で自分を排斥した人間を、正当な動機で排撃した。彼女の正義はそう言うことでしょう。今の彼女には、ジャスティスリッパーとなった彼女には、代わりのないものなんて――己が正義しかないんです。『悪・即・斬』ですよ。仲間の首を刎ねるとき、仲間の心臓を貫くとき、その刃には、一片の曇りもなかったはずです」


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