おまけ:王都観光打ち合わせ
クリストもわかっているとは、思う。毎日一緒にいてヨシノの聖女生活を間近で見ていたのだし、話もたくさんしたのだし。間違いなく、フィネとミネの次に仲良くなった(と、ヨシノは思っている)。
フィネとミネには言いにくい愚痴なんかもこぼしてしまったことがあったりして、それは「こんなに豪華な服や部屋なんていらないからちょっとだけでもお金でくれたら好きなものが買えるのに」という、ここでは伝統的らしい聖女業に文句をつけるものだったが、そうしたらクリストがヨシノの欲しかったものをプレゼントしたりもしてくれた。優しい。
だからきっと察しのいいクリストは気付いているとは思うのだけど、一向にそのことが彼の口からは出てこなくて、ヨシノはどうしようかとぐるぐると考えていた。
王都観光の打ち合わせ、といってもヨシノはまったく下町を知らないのだから計画の立てようもなく、「おいしいものを食べたい」という希望以外に言うことがなかった。
「一応、記念碑とか歴史上有名な建物とかもあるけど。」
「うーん。でも歴史知らないしなあ……。」
知ってても興味が湧いたかどうかは定かではないが、定番の観光コースと紹介された史跡巡りを断るとクリストは知っていたという風に笑った。
「だろうと思った。どうせそれより、屋台とかの方が好きなんだろ。」
その言葉に内心あっ、と思うが、「ま、まあね」とつい平静を装ってしまう。するとクリストはご飯系甘味系の屋台やお店を説明しだして、王都のそれぞれのエリア特徴にまで話が発展してしまい、ヨシノが掴みかけた核心からまた話が逸れてしまう。さっきからそれの繰り返しで、微妙に神経を消耗している。一体いつ、言い出せばいいのだ。
クリストにはよく呆れられている気もするが、ヨシノだって一般常識くらいはわきまえている。向こうから誘ってきたんだからきっとそのつもりだろうと予想はしているけど、やっぱり先に確かめておいた方がいいはずだ。フィネとミネもいない正真正銘の二人きりなのだ、王都観光の日は。もし、王都に行ったあとでクリストにその気がなかったとわかったら、ものすごく気まずくないか?
クリストはなんだかんだいって優しいから気にするなと言ってくれるだろうけど。そんなことになったらせっかく延ばした帰還の日を、指折り待つ毎日になってしまう。
よし。やっぱり聞こう。
ヨシノは覚悟を決めて息を吸った。
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ちょっと聞きたいことがあるんだけど、といつになくヨシノがしおらしい態度で切り出した。
「何?」
「あのさー、二人で行くってことは……、」
ちらと恥ずかしそうに上目遣いで見られてクリストはどきりとした。
今、ここで、確認するのか。
もともとヨシノが帰るまでには好意を伝えようと思っていて、だからこそそのために王都観光に誘ったのだが、ヨシノの帰還が先延ばしになったことでなんとなくその猶予も先延ばしになった気がしていた。
ヨシノが帰ってしまったと聞かされた時は、城の部屋でも庭でもどこでもいいから二人きりになった時にさっさと言ってしまえばよかったのにとずいぶん悔やんだものだったが、また以前と同じ日常が戻ってくるとあの切迫感も薄れてしまう。そりゃ、早く言えばいいことに変わりはないが、気まずい思いをさせて関係がぎくしゃくしてしまったら。そんなことになるくらいなら、今のままのぬるま湯にできるだけ長く浸かっていたい。という、完璧に臆病風に吹かれている内心に深く切り込んでくる一撃だった。
わかってるかもしれないけど、一応確認なんだけど、と、そういうたぐいの前置きをいくつも並べてヨシノは言いにくそうにもじもじとしている。「二人きりで行く」というところに重きを置いているようなのは、向こうもそのことを意識しているということだ。頬をわずかに赤らめて所在なさげに視線をうろうろと移ろわせている様子に拒絶は見えず、クリストの胸も期待に高まる。
こうなったらもう、さっさと言ってしまえ。そうすれば王都観光は正真正銘のデートになるし、その後も不自然さを気にせず好きな時に会いに行ったりあれこれできるぞ。よし言おう。これはデートに誘ったのだと。
決心して息を吸い込んだ時、ヨシノの方が一瞬早く「これって、」と口に出した。
「クリストの、おごり、だよね……?」
吸い込んだ息を全部使いきる勢いで間抜けな声が出た。
「……はあ?」
その返しをヨシノは何を言ってるんだこいつという言外の肯定の意味にとったらしい。
「あ、だよね。私にお給料なんて出てないの知ってるもんね。いや、でも一応ね。なんかクリストに甘えまくってるよなーって気になってたから。」
何を言ってるんだこいつまでは伝わったのに、その意味が全然違う。その溝をどう埋めたらいいのかと微妙な顔になったクリストにかまわず、肩の荷が下りたようにスッキリとした顔でヨシノは食べたいものの選定をし始めたのだった。
そのさまに、いろんな意味で何度も感じてきた思いが再びクリストの脳裏をよぎる。
やっぱり、こいつに期待した俺が馬鹿だった。