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オーク

 ブラックドッグ家が見えてきた。でもさ……。


「なんか……またデカくなってない?」


「そうっすね。城壁をすこし広げて、館もまた増築されたっす」


「そうなんだ」


 旦那様とアビーのことはステフとレッチたちに任せて、俺はひと足先にタマたちと一緒にブラックドッグ家に戻ってきた。


 久しぶりにタマを抱えながらジローに乗ったけど、やっぱりいいね。


 そして、なんか知らないけど屋敷の門の前でオークっぽい魔物たちが並んで正座している。いや、あれが俺に会いにきたっていうオークたちだね。


「あれはなにしてんの?」


「わかんないっす。いきなり来て、あの調子なんっす」


「それで、俺にお願いがあるって言ってんの?」


「そうっす」


 おいおい、マジかよ。俺がいつ戻ってくるのかわからないのに、正座して待っているとか正気じゃないね……というか、それぐらい切羽詰まっているってことか?


 屋敷につくと、オークたちがみんな俺たちを見て「えっ?」と驚いた声をあげる。


「あなたは……ゴブリンなのですか?」


 一番大きなオークがそう言うので、俺はそれに「そうだよ」とうなずいて「ジロー、ありがとな」と首元をガシガシとなでてから降りる。


「それで、お願いってなに?」


 俺が首をかしげると、先頭にいた一際大きい体のオーク……ではなく、隣にちょこんと座っていたコボラスが「あんた、本当にポチさんか?」と聞いてきた。


「うん、というかコボラス。久しぶり」


「あぁ、久しぶりです」


 コボラスがポリポリと頭をかくと「俺を知ってるってことは間違いないか……だけど」と呟く。すると隣のオークがコボラスに「頼むよ」と言った。


「わかってるって」


 コボラスはそう言うと座り直して、いきなりガバッと土下座した。


「ポチさん、こいつも転生者で困ってるみたいなんだ。力になってやってくれないですか?」


「おぉ、うん。真剣さはわかったけど、内容を聞かないと答えられないよ」


 俺が首をかしげると、一番体の大きなオークが「そうですね」とうなずく。


「先代がワンマンでみんなを虐げていたので、倒して代替わりしたのですが、北の山から強い魔物の群れが押し寄せてきて、これをなんとか押し返したら、今度は南の森の主がこれ幸いと攻めてきて……」


「オークはかなりの数がやられたらしい」


 そう言われてみると、この大きなオークの体はあちこち傷だらけだね。周りのオークたちもか……。


「なるほど、ちなみにさ。テイムされているウルフを倒してたのって先代なの?」


「えっと、たぶんそうだと思います。僕はそのテイムや従属の首輪ってのを好汰こうた……じゃなかった……コボラスから聞いて初めて知りました」


 オークが頭をかきながらそう言うので、俺は「そっか」とうなずく。


 あとは……。


「君たちは好汰と太志ふとしだろ?」


「「えっ?」」


 俺がそう聞くと、コボラスとオークの2人が驚いた顔をするので、俺は笑った。するとコボラスこと好汰が「嘘だろ……」と呟く。


「もしかして……過男なのか?」


「うん」


 俺がうなずくと、コボラスはギュッと顔を歪めて、オークも肩を落とした。


「それじゃあ、助けてもらえないよね」


「なんで?」


「だってさ、僕もいじめに参加してたし……」


「まぁ、そうだね」


 俺は首肯した。たしかに今世オークの太志も参加はしていた。だけど……。


「でも太志は自分がいじめられるのが怖かっただけだろ?」


「そうだけど……僕は……」


 太志がギュッと両膝を握る。


『怖かったから』なんて、言い訳だけど……わかるよ。俺が逆の立場なら『俺は絶対に参加しなかった』とは言い切れない。


 やらなければあのくだらない集団から爪弾きにされて、今度は自分がいじめの対象となるってのがいじめの救われないところだからね。


 なので、俺は「もういいよ」と言った。


「「はぁ?」」


「好汰には仕返ししたし、太志はいじめに参加したことをずっと後悔してきたんだろ?」


 俺が真っ直ぐ太志を見ると、太志はギュッと顔をしかめた。


「事あるごとにつきまとうんだ。彼女ができても、会社に勤めても、結婚しても、子供ができても……彼女がいじめの被害者だったり、上司が、妻の弟が、パパ友が、子供が……僕が昔いじめをしていたということをその人たちが知ったらどんな顔するんだろって……バレたらどうしようって……」


「だから転生してきて、先代の主にいじめられていたオークたちを助けたの?」


「わからない……だけど、たぶん……帳消しにしたくて、僕は主を殺したんだ」


 太志がそう言ってうつむいた。


「じゃあ、いいよ」


「でも……」


「そんな顔するなよ。この際だからはっきり言うけど、太志は加害者なんだ。そんな風に被害者ヅラされるのは納得いかないよ」


「過男……」


「どんなに悔やんだとしても取り返しはきかないだろ? 残念ながらやってしまったことは消せないし、巻き戻してなかったことにはできない『失敗したらやり直せばいいんだよ。誰にでも失敗はある』なんて言えるのは大失敗していないやつらか、周りを見ようとしない自分大好きなやつらだよ。わかるでしょ?」


「うん、そうだね。世の中は取り返しのつかないことばかりだ。自分が目を背けても、誰かの中に残り続ける」


「そうだろ。だから逃田過男は太志を許さない」


 俺がそう言い切ると、太志は「そうだよね」とうなずく。


「だけど、もう俺は逃田過男じゃないくてポチだし、太志もオークなんだ。前世の俺は死んだし、太志も死んだからここにいるんだろ?」


「うん」


「じゃあ、ここからまた始めよう。名前は?」


「オータロウ」


「そっ、そうか、オータロウ。よろしく」


 マジか、ギリギリだな。太志が次男坊だったら、危うくバケラッ◯になるとこだよ。というか……。


 俺はオータロウの後ろに並んでいるオークたちを見た。確実にいるな、この中に次男坊であるオージ◯ウが……。


 俺がそう思いながら手を出すと、オータロウはすこし戸惑ってから俺の手をとった。


 俺たちは握手をする。


「本当にいいの? ポチ」


「うん、そうだね。正直に言ったら俺も割り切れない気持ちがあるよ」


「そうだよね」


 オータロウが言い淀むので、俺は「うん」とうなずく。


「一生、いや二生だろうが、三生だろうが、心の底から許せる日は来ないと思うよ。意味のわからない理由で磔にされて、それでも許せるのはイエスさんぐらいじゃない? あの人はたしかにパナイ。でもだからと言って俺はあの人みたいになりたいとは思わないよ」


「そうだね。僕もそう思うよ」


「だけどさ……すこし前に愛する家族を殺されて、その復讐をとげた人にあったんだけどさ、その人は全然うれしそうじゃなかったんだよ」


「えっ?」


 オータロウが驚くので、俺は笑った。


「ちゃんと家族の復讐をとげたってのにさ、その人はちっともうれしそうじゃなくて、ずっと泣いてた」


 俺はそう言ってギュッとまぶたを閉じた。


「俺は馬鹿だからさ、なにが正しいとか、間違いとかわかんないし『こうあるべきだ!』とか言うつもりも『復讐なんて虚しい』とかきれいごとを言うつもりもないけどさ」


 俺は「フフッ」と笑って頭をかいた。


「まあ、せっかく転生したし、笑っていたいんだよ。くだらないことばっかり言って、好きな人たちとさ」


 俺はタマとジローを見て「今はそんな気分なんだ。また気が変わるかも知らないけどね」と続けた。するとオータロウが「そうか、ポチはすごいな」と言ってくれたので、俺は「そうかなぁ」と笑う。


「それからっと、好汰も反省してんだよね?」


「あぁ」


 好汰が頭をかくと、付き添っていたコボルトの女の子たちが「コボラスは心を入れ替えてます」と言う。


「うん、わかるよ。本当は俺の顔なんて見たくないはずなのに、それでも友達のためにわざわざ頭を下げに来たんだからね」


 俺は「わかった」とうなずいて、好汰を見た。


「あのさ、奴隷の足枷は外すからさ。うちのアビーと契約してくれる?」


「いいのか?」


「うん、まあ、よくはないよ。この先も俺が許すことはないし、好汰がゴブリンやフォックス、コボルトにしたことが許されるとも思えない。だけど、これからはその子を大事にしながら償っていきなよ」


 俺がそう言うと、好汰は顔を歪めて「あぁ、約束する。もう間違えない」と寄り添ってくれているコボルトの肩を抱き寄せた。


「ごめんな」


「うん?」


「前世も今世も俺が馬鹿だったよ。どうせ世の中は弱肉強食なんだからほかのやつらを踏みつけてもいい、踏みつけられる弱いやつが悪いって……踏みつけられたくないなら強くなるしかないって思ってた」


「うん、まぁ、前世ではそういう風潮があったよね。大抵の場合、弱者を虐げるのは強者ではなく、弱者の中から抜け出ようとするやつだからね」


「あぁ、俺が弱かった。今ならそれがわかる。だから許されるとは思ってないが、謝りたいんだ。ほんと、ごめん」


「うん、わかった。よし、じゃあ、この話はこれで終わりね。改めてよろしく、コボラス」


 俺がそう言うと、コボラスが「あぁ、よろしくな」と泣いた。


「そのとなりの森の主ってのは俺がなんとかするよ。っと、その前にオークたちの怪我を治すのが先だね」


 俺が「うーん」とうなると「オーク数名と私が契約するわ」と奥様が屋敷から出てきた。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさい。よく戻ってきてくれたわ。ポチ」


「ほんとにふざけた王様で、次あったら殴ってやろうと思います」


「あら、そしたらアル様にすこし早いけど即位してもらおうかしら」


 奥様がフフッと笑うので、俺は「そうですね」と笑っておく。


「私がオークたちと先に契約しておけば、怪我を治して受け入れても心配ないでしょ?」


「はい、できたらお願いします」


「お安い御用よ。それにちょうど力仕事が得意な従者が欲しかったの」


「えっ?」


「なにをおどろいてるの? オークたちなら城壁を広げるものお手の物でしょ?」


「まあ、そうですね」


 たしかに土の魔法を使えるものもいるだろうし『魔力循環』を教えたら土木作業は余裕でこなすだろうね。でもね……。


「奥様、屋敷を広げるのは後にしたほうがいいかもしれないです」


「あら、どうして?」


「えっと、この先、ブラックドッグ家の領地はとなりのバーディー家も吸収して、元フォレスト領までってことになるみたいです」


「うん? なに言ってるの?」


「えっと、ブラックドッグ家は伯爵に陞爵しましたよね?」


「そうね。ありえないスピードで派閥内にも敵ができそうだからみんなのご機嫌を取るのが大変だったわ」


 奥様が「オーティスががんばってくれたからなんとかなったけど」と遠い目をするので、俺は「それでですね」と苦笑いを浮かべる。


「陞爵に合わせて、あのふざけた陛下から奥様のお父様であるバーディー男爵に領地替えの打診があったみたいで……」


「えっ?」


「ブラックドッグ家の領地は隣のバーディ家と旧フォレスト家の領地までとなりました」


「嘘よね……それって……」


「はい、辺境伯になります」


 俺がうなずくと、奥様は「そんなの、ダメよ!」と頭を抱えた。


「うれしいわよ、返り咲けたのは単純にうれしい。だけどね、あまりにも早すぎるのよ。1年前まで誰も相手にしない没落男爵家だったのよ。それが辺境伯? ふざけてるわね」


「はい、だけど、これには理由がありまして……」


 俺はそこからこの先の話をした。


「つまり帝国から亡者の群れがくるのね」


「はい」


「それで? どうするの?」


「来るならやるしかないですね」


「そうね」


 奥様はうなずくと、オータロウを見た。


「聞いていたわね。この先、うちに仕えるならあなたたちにも帝国から来る亡者たちと戦ってもらうことになるわ。それでも大丈夫かしら?」


 奥様が聞くとオータロウは俺を見た。


「どちらにしても僕たちの命はポチに預けましたから、異論はありません」


「そう、ありがとう。オータロウ」


 奥様は優しくうなずく。


「さきに手当てをしないとね。でもそのまえに、お父様たちはどちらに領地替えになるのかしら?」


 奥様がそう聞くので、俺は「あのぉ」と言った。


「それが『爵位を返上して娘たちに養ってもらう』と言ったみたいです」


「なっ!」


 奥様は目を見開いて「あのクソ親父! とうとう家を潰したの?」と呟いた。そのあとで、しばらく口の中でブツブツ言っていたのだが「うん?」と首をかしげる。


「うちの弟たちは?」


「姉さんに……」


 俺がそこまで言うと、奥様は「ふざけんなよ!」と怒鳴る。


 あぁ、やっぱりこうなるよね。


 俺がそう思っていると奥様は「あの穀潰しどもが!」と叫んでから、気を取り直したのか「ちょっと取り乱したわ。ごめんなさいね」とほほえんだ。


 だけど、もちろん目は笑ってない。


 だから、怖いね。

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