契約①
お嬢様が「うん」とうなずくと俺の手をつかんだ。そして、ジェムを見る。
「えっと、お嬢様?」
「ジェム、やって」
「はぁ?」
ジェムが首をかしげるとお嬢様が「自分でやるやつ忘れた」と言った。
「わっ、忘れてしまわれたなら仕方ありませんね」
「おいおい、それは仕方なくないだろ? この子は魔物をテイムしに森に来たんじゃないのか? なぁ?」
俺がそう聞いてもジェムはキッと俺をにらむだけでコホンと小さな咳払いをした。
「マジか? お前たちはマジなやつなのか?」
俺はそう呟きながらお嬢様を見たが、お嬢様はニコニコと笑っている。
いやいや、この子が主人とか不安しかないんだけど……。
ジェムが「では、いきます」と言った。
「汝はこの者を従者とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつその時まで契約のもとに、主人であると誓いますか?」
「はい、誓います」
おい! これってあれだよな? パパパパーンなあれだよな? マジか?
「汝はこの者を主人とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつその時まで契約のもとに、従者であると誓いますか?」
「いやいや、誓わねぇよ。俺はノーと言えるゴブリンだよ」
俺がそう言うとジェムが剣に手をかけて「誓うよな?」と凄む。
「おい、それはダメなんじゃないか? 神様が見てるよ。ねぇ? しかもさ、言葉わかってないよな? なんで俺がノーと言ってることはわかるんだ?」
俺が焦ってお嬢様を見ると、お嬢様がキラキラした目で俺を見る。
いやぁ、ないよぉー。そんな目で見るのは反則だよぉー。
俺はがっくりと肩を落として「誓います」と首を縦に振る。すると俺の首にシュッと首輪がはまった。
えっと?
「万物を造りし神よ。あなたは我らを作り、祝福をしてくださいました。今ここに契約をかわした2人の上に再びあふれる祝福を。困難にあっても共に立ち向かい、救いを見いだすことができますように見守りください『コントラクト』」
ジェムがそう言うと首輪が光った。
「うぇ、マジか? いきなりファンタジーだね」
「ゴブリンさん!?」
「うん?」
「言葉が喋れるようになったのね」
「えっ?!」
俺がおどろくと、お嬢様は「私はアビーよ、よろしくね」と抱きついてきた。
「うぉ、うん、よろしく」
俺がそう答えるとアビーはニコニコする。
「お嬢様、こいつの名前はどうされますか?」
「いやいや、俺には両親が付けてくれたゴブスケっていう立派な名前があるからね」
「却下だ」
「はぁ?」
「だから、却下」
ジェムがそう言うので、俺は「なんで?」と聞く。
「そんなもの、ブラックドッグ家にふさわしくないからだ」
ジェムはそう俺に答えて、お嬢様に「シルフィードにしますか?」と言い出した。
おいおい、どこの馬だ?!
「こいつは身のこなしが鋭いので、風の精霊のお名前から」
「お前は厨二病か?」
「なんだと?!」
「うん? 厨二病わかるの?」
「わからんが、馬鹿にされていることはわかる」
エスパーですか? やっぱりハイスペック過ぎるだろ? このイケメン!
「あのさ、どこからどう見てもゴブリンな俺にそんな名前付けたらお嬢様が笑われるぞ」
「なっ?!」
「『なっ?!』じゃねぇ、こっちが驚くわ!」
俺がツッコミを入れると、ジェムは「じゃあ、どうするのだ」と言う。
「そんなもの、普通にゴブスケでいいだろ?」
「嫌!?」
「うぇ?!」
俺がアビーを見ると、アビーがうつむいている。
「どうしたのかなぁ? なにが嫌だったのかなぁ?」
「初めてのお友達はポチって決めてるもん」
「はぁ?」
俺が首をかしげるとジェムは「お嬢様がそう言うなら」とか言い出した。
「おい! 落ち着け! どう考えてもウルフに付けるつもりだったろ? ポチって」
「うるさいぞ、ポチ」
「いやいや、だから」
「お嬢様がポチと言えば、お前はポチだ」
「マジか?!」
「マジだ」
おいおい。
「とりあえず落ち着こうよ。アビー」
「ポチ、お手」
「うん?」
なぜか、俺がアビーに手を差し出している。
「えっと?」
「ポチ、お座り」
「おい!」
俺はその場に座った。
「嘘だろ?」
「ポチ、ハウス!」
「えぇーっ」
俺はなぜかアビーに抱きついた。するとアビーは「いい子ねぇ」と言いながら俺の頭をなでる。
「おい、ジェム。どうなってんだ?!」
「なに驚いている? 首輪のコマンドだろうが」
「コマンド? なにそれ?」
「主従の首輪には5つのコマンドが設定できる。例えば『たたかえ』『まほう』『アイテム』『逃げろ』とかだな」
おいおい、どこのドラゴン倒しちゃうよクエストですか?
「でも、それだと4つだよな?」
「あぁ、もちろん最後は『死ね』に決まっているだろ?」
「嘘だよな……」
俺がそう言ってゆっくりアビーを見るとアビーはニコニコしている。
「アビーが『死ね』って言ったら俺は死ぬのか?」
「そうだ」
「いやいや『そうだ』じゃないよな?!」
俺がツッコミを入れるとアビーが「死なないよ」と言う。
「うん?」
「ポチは私の友達だから死んだらダメなの」
「えっと……どういうこと?」
俺がジェムを見るとジェムがアビーに「お嬢様はどのようなコマンドを登録したのですか?」と聞く。するとアビーは「うん」とうなずいた。
「『お手』『お座り』『ホーム』『守って』『生きて』だよ」
「犬のしつけか? ブラックドッグゆえにか? それともポチだからか?」
「ポチ、嫌だった?」
「いや、嫌じゃないけどさ、無理やり『たたかえ』とか『アイテム』とか言われるよりは、そのなんというか安全だし、気に入らないから『死ね』とか言われるよりはいいと思うよ」
俺がそう言うとアビーは「良かった」とうれしそうに笑った。そして、ジェムが「そうですね」と言う。
「『お手』で手を繋げばお嬢様は迷子になりませんし、止めたいときは『お座り』で止められて、お嬢様がピンチのときは『ホーム』ですぐに呼べる。あとは『守って』で戦わせて『生きて』で死ぬことも許さない。これは完璧な従者ですね」
「なっ、そういう解釈もあるのか?」
「あぁ、考えかた次第だな」
「俺の主人がアビーで良かったよ」
俺がそう言うとジェムは「そうだ、お嬢様に尽くせ」と笑った。