出発
大方の予想通りに、トムは暴れ始めた。だが、はっきり言って予想を超えていた。なんと国に、宣戦布告をしたのである。その内容は、伝え聞くところによるとこうだ。
『命を賭した戦いの場においてまで、実力や実績を鑑みず、貴族にのみ評価を与えるベルストク帝国は、差別意識によって腐りきっている。腐敗した国に未来はない。トム・ブレヒト率いる反乱軍は、皇帝を討ち、身分による差別のない国を目指す』
どうも私は関係ないようだった。
勝手にしろと思う。でも、新たな戦いを起こすのはいかがかと思う。でも確かに差別は良くない。この二律背反に悩んでいると、皇帝陛下から私に対して勅命が下された。ヴィルヘルムさん経由で。
内戦を起こしたトムを、捕らえよとのことだ。トムは戦争中から多くの兵士に声をかけていたらしく、トム率いる反乱軍は大規模に膨れ上がっている。
トムは風の精霊士であり、国内最強とされていた。彼の旗印の元には多くの人が集う。彼らに勝てるのは、精霊の女王になった私だけだ。
旅の支度に数日かかったが、出発の日となった。
「オスカー、用意できましたか? もう行きますよ」
私は今日何度目かのノックをした。だけどオスカーの研究室の扉は開かない。
「今……心の用意してるからもうちょっと待って」
扉の向こうから聞こえるオスカーの上ずった声は、かなり緊張していると思われた。
「そうですか。無理しなくていいですよ。また今度にしましょうね」
「待って、待ってよ。今行くから」
私は地下室から離れて歩きだした。そのとき、後ろでガチャガチャとドアが開く音がした。
「デイジー! 待ってよ!」
珍しくオスカーに名前を呼ばれて振り返る。そういえば、オスカーと二人で研究室にいるときは、君、だけで間に合うから名前を呼ばれてこなかった。オスカーは黒いフードを目深にかぶり、ほとんど顔が見えない。
「出られるじゃないですか。じゃあ、早く行きますよ」
「う、うん」
まあでもそんなことはどうでもいい。私は、最高の達成感に震えていて、ニヤつきそうな顔を見られないよう、背中を向ける。
――計画通り。
オスカーの扱いは、やっぱり養護院のときの子供の扱いと同じ。置いていこうとするとついてくる。やってやったという達成感に満ちて、輝いて見える研究所の外に出た。
小鳥のさえずりや、風に吹かれる植木のざわめきこそあるものの、オスカーが緊張しないように人払いをしてもらっているので、通り道には誰もいない。私はここまで来ればいいだろうとオスカーを見た。開放的な野外でオスカーを見るのは変な気持ちだけど、オスカーの方が違和感があるのかもしれない。しきりに首を左右に動かし、周囲を警戒している。
「……ザ、ザシャ氏は?」
「馬車の後ろにいるんじゃないですか?」
今回の旅には、ザシャさんまで同行する。私、ザシャさん、オスカーという訳わかんないメンバーだ。私とオスカーで、トムを止める旅に出ると所長に報告したらこうなった。
ザシャさんは、「デイジーとオスカーは二人とも精霊士だから強いけど、世間知らずで心配だから」などと言っていた。ザシャさんだって、十分お坊ちゃん育ちで世間知らずだと思うがそれは言わなかった。
「ザシャさん、お待たせしました。オスカーを連れて来ましたよ」
「ああオスカー、久しぶりだね」
馬車の陰に隠れて見えなかったザシャさんに声をかける。ザシャさんは、怪しい黒いフードをすっぽり被ったオスカーに親しげに微笑んだ。二人は、オスカーが引きこもる5年前から既知の仲らしい。
「ひ、久しぶり……ザシャ氏は変わらないね。いや、本当に光の精霊の恩恵があるんだ。なんか、なんか……何、この気持ち……」
オスカーはザシャさんにすぐに当てられて、胸をおさえる。ザシャさんが魔獣から忘れ形見的にもらった光の精霊の恩恵で、オスカーは簡単に絆されたようだ。精霊士だからって、耐性はない。一般人と同じなのだ。
「はは、自分じゃ良くわからないし、加減もできないけれどオスカーにも効果はあるみたいだね」
ザシャさんは優しげな笑みを深める。
「……ザシャ氏、この犬も連れてくの?」
オスカーは、ザシャさんの愛犬、ドーリスに盛大に匂いを嗅がれていた。ドーリスは艶のある黒い毛並みが美しい大型犬で、女の子なのだけど、高さが丁度いいせいかオスカーの股関を嗅いでいた。
「ドーリスは大人しいんだけど、オスカーが格好いいから興奮してるんだろ。犬が苦手なら、ドーリスには御者台にいてもらうよ」
「ううん、嗅ぐのが終わってくれたら大丈夫……」
ドーリスのオスカーチェックが終わって、私たちは馬車に乗り込んだ。みんなの見送りは断ったので、静かに馬車は動き出す。
トムが反乱軍を率いている国境付近まで、ここから馬車で8日間くらいかかる。3頭立ての馬車を操る御者さんもいて、思ったより大がかりなものとなった。
私ひとりの旅なら故郷の村から出てきたときのように荷物はトランクひとつで構わないし、全日程が野宿でも問題ない。でもこの面子だとそうはいかないから、もっと日数がかかってしまうかもと私はこっそりため息をつく。
「出発したばかりでため息をついてるデイジーに、話がある」
私の右側にいるザシャさんが目ざとく気付いてそう言い出した。
「な、何でしょう……」
「目的地の前に、王都に寄って皇帝陛下に謁見してもらわなきゃいけない」
「割と嫌ですね……」
「僕だって嫌だよ!」
オスカーが深く被っていたフードを取り去って叫んだ。それはそうだと思う。ずっと地下にこもっていた人がいきなり皇帝陛下に会うなんて、登るべき階段をすっ飛ばしすぎている。ザシャさんは、オスカーをちらっと見た。だけど多分わざとに反応しない。
「……俺も父さんも一応がんばって陛下を説得しようとしたけど、ダメだったんだ、ごめん」
「ザシャさんが悪い訳じゃないですよ、でも何の用で会うんでしょうか」
「トムとデイジーが結託したらこの国なんてすぐ転覆するから、先に会って真意を確かめたいんだってさ」
「絶対ないですけど、疑われるのも当然ですよね」
一応私とトムは同じ釜で焼いたパンで育った仲だし、よそから見たらあり得なくはないように見えるんだろう。
「デイジーに直接会えば、わかってもらえるよ」
ザシャさんはいつもの微笑みを浮かべた。
「皇帝陛下って、ザシャ氏のおじさんかあ。よく考えたら興味出てきた」
そしていつの間にか、オスカーは完全に緊張が解けている。流石ザシャさんだ。3人で計画の確認をしつつ、馬車は進んだ。
それから馬車は走り続け、予定より早くに、今夜宿泊する小さな村に着いた。カンパニュラが道を全て均してくれたおかげだ。小石ひとつない、最高の道であった。
宿で宿泊の手続きをしていると、主人は私たち一行をじろじろと舐めるように観察してきた。ザシャさんと御者さんは同室、私、オスカーはそれぞれ1人部屋を頼んでいる。
「何の集団だろうって、見られてるよ」
オスカーが私に耳打ちしてくる。相変わらず馬車の外ではフードを被っているものの、その白く美しい肌は隠しきれない。
「うーん、本当に何の集団か、訊かれたら答えられませんね」
とにかくオスカーは目立つ容姿をしている。それにザシャさんも、光の精霊に癒されすぎて最近は忘れていたが、黒髪が男らしくて大変かっこいい人だ。こうして離れて遠くから眺めていると、大人の男性の色気みたいなのがある。
つまり、ザシャさんもオスカーもすごく人目を集める。御者さんは普通の見た目だけど、私は、家族でもなさそうな男3人と旅をしてる怪しい女だ。




