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精霊の女王と大精霊

『デイジーが条件を満たしたということだ。強く、美しい心を持ち、真に精霊を受け入れ、精霊と人を支える決意を発することで成立する』


 カンパニュラは気分が良さそうに、ゆったりと尻尾を振っている。


「半分くらい台本の台詞だけど?」

『デイジーが自分で足した台詞もあったし、心からの発言だっただろう』

「ま、まあ」

『ほかにも条件はある。とにかく、デイジーが女王の器として認められたんだ』


 大勢の人の前で喋るなんて初めてだったから緊張して興奮して、何を言ったかもう覚えてない。だけどそんなことで精霊の女王になるなんて聞いてない。


 心臓がドキドキして、手が震えてしょうがない私の目の前に、唐突に大鷲が飛んできた。大きな羽根で優雅に風を切り、祭壇に着地する。


『大精霊様!』


 カンパニュラがびびびっと毛を逆立て、尻尾まで太くした。私も尻尾はないが、あれば膨らみそうな気分になる。だって伝説の大精霊様だ。絵では見たことがある。


『私はもう大精霊ではないよ。おめでとう。デイジー、カンパニュラ』


 大鷲の姿をした大精霊様は橙色の嘴を動かして、そう言った。カンパニュラと同じく、口は動かすけど頭に直接響いてくる声だ。


『ありがとうございます』

「ありがとうございます」


 まだ毛が膨らんだままのカンパニュラと、取り敢えずそう言ってみた。大精霊様の鋭く黒い瞳は、素早く私とカンパニュラを交互に見た。


『新しい大精霊と、精霊の女王に祝福を送ろう。私は役目を終え、やっと星に還ることが出来る』


 大精霊様は、もう一度黒褐色の翼を広げた。大精霊様から立ち上る淡い光が私とカンパニュラの体を包み、染み込んでいく。


 私の体に何か変化が起こったと感じた。そして、大精霊様の記憶が流れてきた。精霊と人の長い長い関わりと、星の記憶。どうして精霊は人に力を貸すのか。私は精霊の女王として、何をするべきか。


『デイジー、あなたは宣言通り全ての精霊を統べる存在となった。あらゆる精霊と通じ合うことが可能だ。それから、今までは肉体のみが強化されていたが、精神力も強化された。小さな精霊の力を借りて、光、水、大地に干渉できる』

「そう、みたいですね」


 今流れ込んだ記憶で理解したつもりだが、大精霊様に改めて説明されるとまた体に震えが走った。そんな魔法みたいなことが人間に出来るなんて信じられない。


『しかし人間は肉体に依存した精神である以上、疲労がある。使いすぎないように』


 大精霊様はカンパニュラに向き直り、嘴を開く。


『まだ若い精霊の女王を支えてあげなさい、我が子よ。あなたの子を見られないのが残念だが、そろそろ私は行く』

『はい』


 カンパニュラは胸を張り、前肢を揃えて返事をした。大精霊様だけが子供を生むから、大精霊様はカンパニュラのお母さんでもある訳だ。――そして、カンパニュラがこれから精霊みんなのお母さんになる。本当に信じられない。


 空気を両翼で強く叩き、大鷲の姿をした大精霊様は空に飛び立った。黒褐色に白い線の入ったその体は、動かない雲の波間に溶け消える。急にはっきりとわかった。もう大精霊様はいない。星に還ると言っていたが、こういうことだったんだ。会ったばかりだけど、もういないなんて。


『デイジー、悲しむことはない』

「うん」

『記憶は私とデイジーで受け継いだ』

「うん……」


 私はすっかり威厳を溢れさせているカンパニュラを眺める。私にも少しは精霊の女王として威厳が出てたりしないだろうかと自分の体を見下ろす。


 カンパニュラは彼方から私に視線を移し、両目をちょっと細めた。何か言いたいことがあるようだ。


「どうしたの?」


 まだ世界は止まったまま、私とカンパニュラ以外何ひとつ動かない。広場の人々も、噴水も、雲も静止している。


『デイジーは強くなった』

「そうみたい。カンパニュラに頼まなくても色々出来るみたいね」

『精神的にだ。あの村にいる間、それから村を出てから、私はいつも自分の判断が間違っていたのかと、私ではデイジーを助けられないのかと悩んだ。だが、デイジーはいつも驚くような答えを出す。こうして精霊の女王になるまで、強く成長してくれてありがとう』

「カンパニュラ……」


 もう言葉にならなくて、私は膝をついてカンパニュラの首に抱きついた。胸元の白いふわふわの毛に顔を埋める。カンパニュラの判断を責めるなんて絶対あり得ない。カンパニュラが来てくれてから、どんなに毎日楽しくなったか。心強くて、頼れて、かわいくて、いつも傍にいてくれるカンパニュラが大好きなのに、胸が詰まってうまく言えない。


『デイジー、その。私は大精霊になったから、デイジーの心を読めるんだ』

「え」


 それって便利じゃない?気持ちが伝わって嬉しい以外のなにものでもない。そういえばさっきから、聞いてないことを答えてくれてるかも。


『嫌じゃないならいい。細かく言うと、精霊は精神世界、人間は物理世界に居るのだが、大精霊は両方に同時に存在出来るのだ。契約状態の精霊は狭間に属するから不便だったんだ。これからは皆に私の姿を見せることも出来る』


 カンパニュラのかっこ良くてかわいい雪豹の姿を、独り占めしたい気持ちと自慢したい気持ちがある。


『うむ。気持ちはわかったが怠けないで喋ってくれた方が話しやすい』

「えへへ……」

『そろそろ継承の時が終わる。時が動き出すから、演説の続きの準備をしないと』

「そうなの?よし、がんばる」


 私立ち上がり、深呼吸をした。何をしようか考えをまとめる。


 やがて時が動き出し、耳がキンとするくらい一気にうるさくなった。私は周囲の小さな光の精霊に指示を出し、皆の気持ちを宥めてもらった。おまけに私の背中から強い光を発してもらう。教会のステンドグラスでは、偉い人は大体光っているから。


「皆さん、静粛に」


 私の一言で、面白いように人々は静かになった。光の精霊の、精神を操る作用はすごい。


「私、デイジー・クルルは皆さんを火山の噴火から守り、この街の礎となります。あの山は砕け、私は死にますが、私はいつまでも皆さんを見守っていますよ。それでは」


 目がくらむ程に辺り一帯を眩しくさせ、私は全速力でその場を離れた。退場という訳だ。とても楽しかった。打ち合わせしていたザシャさんとの合流場所へと走る。


『当初の予定通り行くんだな』


 並走するカンパニュラが不満そうに言ってきた。そう、精霊の女王となっても計画は変更しない。デイジー・クルルはやはり人間の社会からは消える。精霊の女王としてやるべきことは、人と関わる必要はないし。


「人間のしがらみは色々あるっていうか、トムと戦って勝てるとしても、絶対につきまとわれたくないのよ」


 殺す訳にはいかないけど、トムのしつこさは十分に知っている。私を好きなのか嫌いなのかわからないが、婚約を公にした以上、男のプライドとか言って諦めないと思う。魔獣並みに叩いても叩いても復活してきそうだから嫌。


『……なるほど』




 私はザシャさんの乗る馬車に合流し、そのままユーゲンベルクを出た。例の山へと向かっている。


「デイジー、演説の最中に何かした?」


 ユーゲンベルクを離れたころにザシャさんは聞いてくる。街の外の道は本来踏み固めただけの土で、揺れるはずだが、カンパニュラが道をあり得ない程に平滑にしてくれたので、なんなら石畳の道より静かだった。


 私はちょっと言いよどむ。演説の最中に私は精霊の女王になり、カンパニュラは大精霊になり、光の精霊でみんなの精神を操りましたーなんてさすがに言えない。


「……私、成長したんですよ」


 それだけを言ってみた。


「そっか。すごく立派だった。みんなに野次を飛ばされてるときは全員殴り倒してやろうかと思ったし、あんな状況にデイジーを置いた俺も殴り倒したかったけど」

「そんなザシャさん想像つかないですし、あれは私にとって、大事な成長のきっかけでしたよ」


 優しい声音で、荒っぽいことを言うザシャに笑いが漏れた。カンパニュラもザシャさんも、私が頼んでやったことで責任感じる必要はないのに。カンパニュラはともかく、ザシャさんには子供扱いされたくない気がした。


「つらいことや悲しいことも、いずれ糧になりますから」

「そうだね。デイジーは若いのに達観してる」

「ええ、あの一瞬ですごく成長しましたから。今度きちんと説明します」


 精霊の女王として色々な記憶を受け継いだので、すごく大人になったと思う。ザシャさんは車窓に視線を向けた。


「山登りなんて久しぶりだな」

「私は初めてですね」


 山登りの記憶は受け継いでないので、これは普通に初めてだ。最後の総仕上げとして、この山の頂上に大穴を空ける。

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