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宣言

 翌日から私は、黒いベール付きの帽子で顔を隠しつつ、私の特徴である金髪が目立つように黒い服を着てユーゲンベルクの街をうろついた。私くらいの明るい金髪はまあまあ珍しい。


 宝石店の前で強盗少年3人に絡まれて以降、金髪の少女が地震を起こしている精霊士なのではないかと噂になっているので、すぐに人は集まった。


 適度に人が集まったら、カンパニュラに深い穴を掘ってもらう。


 この穴は将来的には、ダムからの水道を通す工事に使うのものだ。ザシャさんが早々に計画書を作ってくれた。だが、何も知らない一般人からしたら道に突然、穴が空いて迷惑かもしれない。


 しかも歴史上大地の精霊士は、畑への加護くらいしかしてこなかったので一瞬で地面に大穴を空ける所業は、人々に相当な衝撃を与えた。私が通ったあとには、地獄の入り口みたいな真っ暗な穴が出来る。


『闇堕ち精霊士』

『もう精霊士じゃなくて魔獣と魔女』


 などと散々な言われ方をした。


 今日も今日とて追っ手を撒き、走行中の馬車に飛び乗った。中には一般人に変装したザシャさんが乗っている。


「デイジー、大丈夫?」

「ええ、結構楽しいですよ」


 ザシャさんは私を気遣って、水筒に入った冷たい紅茶を差し出してくれる。由緒あるラインフェルデン家の貴公子であるザシャさんにこんなことさせていいんだろうかと私が心配になるけど、ありがたく受け取った。


「あと2箇所、穴を空けたら広場に行って、デイジーが演説をして終わりだよ」

「最後の演説がちょっと、恥ずかしいですよね」


 ザシャさんの配下の人が台本みたいなものを書いてくれて、その台詞をみんなの前で言う予定だ。今日は広場で精霊祭というユーゲンベルク独自のお祭りがあり、観衆を集められるので丁度いい。


 精霊祭は、広場に祭壇を作って、精霊に感謝を捧げるお祭りだと言う。精霊は精霊士だけのものではなく、どこにでも、あまねく存在している。風が吹くのも、光が降り注ぐのも、地に足をつけて立っていられるのも、精霊がいてこそだ。目には見えない彼らに感謝し、出来れば自分にも加護を与えてとお祈りするのだそうだ。


「デイジーなら出来るよ。たくさん人が集まるように、ラインフェルデン家から、ビールとワインと食べ物を配布してる」

「そんなの絶対すごいたくさん人が集まるじゃないですか……」


 緊張で胃がきゅっとなった。今飲んだ紅茶が冷たかったのもある。ただで公爵家からお酒と食べ物がもらえるならみんな集まるってものだ。


「大丈夫、落ち着いて」

「は、はい。でも、ベールを被ってるとはいえ、あんまり大勢の前で話をして大丈夫でしょうか?」


 私はユーゲンベルクに来てから、数えられる程の人としか関わっていない。だが、衆人環視で火山が爆発するだのと演説したら皆に顔を覚えられてしまいそうだ。


「問題ないよ。みんな身分や格好で人を区別するから。典型的な貴族令嬢みたいな格好をしてしまえば誰も気づかないよ」

「え……」


 単純に私の確認不足だが、聞いていなかった。私は名前を変えたあと、お嬢様の格好をしなければいけないらしい。ザシャさんは座席にもたれ、彼の長い足の間に挟まっている愛犬ドーリスを撫でる。


「貴族は貴族としてしか見られない。3年の空白があるとはいえ、俺はこの街で生まれ育ったのに、こういう格好をしてうろつけば誰も俺だと気づかない。そんなものだよ」


 地味な茶色の服でにっこり笑うザシャさんは、今日も光の精霊の恩恵で癒しオーラが全開だった。でも話す内容は厳しい。私もザシャさんが貴族だと知ってから少し距離を感じていたので、返答に困ってしまった。


「あの……」

「でも女性の方が服装や髪型による振り幅が大きいし、デイジーはきっときれいだろうなあ。ドレスはもう発注してるんだ」


 私の困惑を流すように、ザシャさんは蜂蜜色の瞳をとろんとさせて微笑んだ。


「……ザシャさんに考えてもらってばかりですみません」

「全然気にしないで。俺が、好きでやってるだけだから」


 好き、という言葉を私は口の中で転がした。田舎の少女を貴族のお嬢様風に仕立て上げるのが好きな人も世の中にはいるのかもしれない。例えば私の真横とか。ザシャさんは、ドーリスをわしゃわしゃ撫でている。



 予定通り穴を2箇所設置して、私とザシャさんの乗る馬車は広場へと駆けた。広場に近づくにつれ、昼から気持ち良くただ酒に酔った人の賑わいが耳に届いた。


 少し離れたところで私は馬車を降りる。噴水からの涼しい風が頬を撫でた。始めてこの街に来たときに、豊かな水資源の象徴として見とれた噴水だ。実際はオスカーが水を賄っていたのだけど。


 黒いベールを目深に被り、黒いドレスを着た不吉な女精霊士として私はゆっくり広場に歩いていく。人混みはさっと左右に割れた。今までの平和な笑い声が消え、低い囁きがさざ波のように寄せては返す。


 ――あの女


 ――闇堕ち精霊士か?


 ――精霊祭をぶち壊す気か?



「皆さん、私の話を聞いて下さい」


 暗記した台本通りに私は話す。たくさんの視線が一斉に私に向けられた。視線をどこに向けるべきか、迷ってしまう。人々の目には見えないが、カンパニュラが大きな雪豹の姿を現し、私の脚に体を擦り付けた。それだけでとても心強い。


「私は、大地の精霊士です」


 野次が起こり、いくつもビールの木製ジョッキが飛んできた。私はそれをキャッチして、地面に叩きつける。ジョッキはいわゆる木っ端微塵となった。身体能力が常人を凌駕していること、それが精霊士としての証明となる。


「話があります。私に手出しされませんよう……」


 ふと、広場の噴水が止まっていることに気がついた。私の視線を追って、広場の誰もが噴水の変わりように釘付けになる。水は、空中に丸く広がりながら凍っていた。下からの水が、円盤上の氷を持ち上げているという異様な光景だった。


 足元に微かな気配――オスカーの精霊、ブローディアの気配があった。オスカーに代わって応援に来てくれたんだろう。噴水の氷が弾け、空中に大きく文字が描かれる。


『黙って聞け』


 人々の立ち位置によっては、文字はまともに読めないだろうが群衆は私への攻撃をやめた。ただ、不安や恐怖で凍りついたようになっている。それはわかる。大地の精霊士と自己紹介したのに、水を操ったように見えるからだ。私は何なんだろう。


「私は大地の精霊士ですが、全ての精霊を統べるのです」


 台本にない台詞を適当に言って、私は色とりどりの花で飾り付けられた祭壇に向かってカンパニュラと歩を進めた。群衆に向き直る。その中に一般人のふりをしたザシャさんの姿が見えて、胸が温かくなった。カンパニュラも、ブローディアも、ザシャさんも応援してくれてる。多分オスカーも遠くで応援してくれてる。


 落ち着いて、私は精一杯の声を張り上げた。


「私は、天命に導かれこのユーゲンベルクにやって来ました。もうすぐ、あの山が噴火します」


 想像以上の反応があった。地面が揺らいだかと思うほどの悲鳴だ。私は手の平を下に向けて動かし、静かになるのを待つ。お前が噴火させるんだろう、お前が災厄を呼んだなどと罵声があった。また物が飛んできて、ブローディアが氷の盾で防いでくれた。


 これが、オスカーが恐れる世間の声なんだろう。世の中の悪意を私は全身で感じた。


 この計画を伝えたときにオスカーは教えてくれた。5年前の渇水はただの自然現象なのに、オスカーが引き起こしたと疑われたと。水で儲ける為に、わざと井戸を枯らせたと陰で囁かれたと。世の中、精霊士の仕事に感謝してくれる人ばかりではない。強すぎる力は、嫉みを生む。


 怒号や侮蔑の視線に囲まれ、私は却って挑戦的な気持ちになった。何も怖くない。全員に理解されなくても、私を理解して応援してくれる人はちゃんといる。私はベールを取り、顔をさらけ出した。虚を突かれたように広場は静まりかえる。私が笑っているからだろう。


「私は精霊と共に在ります。私は、持てる力の全てを使って噴火を止め、あなた方を守りましょう」


 私は先ほど以上の反応を予想した。歓声にしろ怒号にしろ、また人々は沸き返るはず――だけど、凍りついたように動かない。


「あれ?」


 ブローディアがみんなを凍らせてしまったのかと疑った。だけどそうではない感じがした。また噴水は止まっているが、水のまま、絵みたいに静止している。私とカンパニュラ以外、誰も動いていない。風も感じない。


『デイジー』


 カンパニュラが、澄んだ青い瞳で私を見上げた。いつもより口元が膨らんで嬉しそうだ。


『おめでとう、そしてありがとう。今の宣言を以てデイジーは精霊の女王となった』

「うん?」

『私は大精霊になった』

「え?」


 ごつっと額を擦り付けて、カンパニュラが甘えてきているので手を伸ばして撫でた。いつもと変わらない滑らかな毛並みの感触だ。でも疑問は消えない。


「ど、どういうこと?!」

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