報告
「デイジーって料理出来るの?」
オスカーはちゃんと服を来て戻ってきて、失礼な質問をする。
「出来ますよ、養護院では調理担当してましたから。こっちに来てからはそれなりに忙しいし、食材とか器具の調達とか面倒でやってないだけです」
「僕もこう見えて出来るんだよね」
得意そうに乾燥パスタの袋を開けて、茹でる用意を始めているオスカーに私は疑問を抱く。
「待って、夕食の量十分あるのにそれを足すんですか?」
「え……だって全然足りないよ。君も食べるでしょ?」
驚いた様子で、秤で水を計る手をオスカーは止めた。パスタを茹でるのに水を計るという行為に私も驚く。
「私は遠慮しておきます」
「もしかして太った?あはは、羨ましいなあ」
オスカーの発言に、かなり神経が逆撫でされた。私はここに来てから、少し服がきつくなって最近控えている。あまり太ると先日計測して発注した服が、仕上がってきても着られなくなりそうで、すごく気にしているのに。
「オスカーに教えておきますが、普通の女性にそういうことを言うと怒られますよ。私は我慢強いから耐えられますけど」
「別に、言う機会なんてないし」
これから起こることをまだ知らないオスカーは、鍋にざらざらとパスタの大袋の中身を全て投入した。続けて手慣れた様子で、得体の知れない粉末などを計量し、調合し始める。オスカーはブローディアの力を借りて、何でも粉末にする癖があるのだ。多分食堂のスープなどを粉末にしてあるんだろう。
「それが料理ですか?」
「ふふん、料理は化学だよ。薬の製造に比べたらずっと簡単だね」
結局、私はオスカーの作った具なしパスタを勧められてめちゃくちゃ食べてしまった。具がないのにちゃんとうま味があって、クセになる代物だった。
「何だったんですか、あの粉は……」
カンパニュラの検品はされていたので毒性はないはずだが、味はかなりの中毒性があった。
「それは機密事項だから教えられないなあ。でもおいしいと思う塩分濃度とかは決まってるからね」
「そうですか」
まともに答えてくれないけど、おいしかった。私はカンパニュラに頼んで代謝が良くなるというミントやレモンバーム、レモングラス、ジュニパーベリーを生やしてもらい、ハーブティーを淹れる。ちょっとしたものを生やす為の植木鉢は、少し前から置いてあった。
「で?僕に話って何?」
カップをテーブルに置くとオスカーは気負いなく訊ねてきた。
「話があるなんて私、まだ言ってませんけど」
「話がなければ、君は僕と夕食を食べないよ。それにザシャ氏と何度も出かけてるのも、何か計画があってのことでしょ。だって君は厭世的で内向的で、人と距離を取りたがる」
「……」
オスカーに内向的だのと一番言われたくないので少しむっとした。オスカーなんて5年もここに引きこもってるのに。
「この僕は、こんなに心を開いてるのにさ」
「ええと、それはともかく」
私はハーブティーを飲み、気持ちを落ち着けた。オスカーも私に合わせてカップを傾ける。
「私、一度死んで名前を変えて生まれ変わることにしました」
「は?」
オスカーは間違って塩酸に指でも突っ込んだような顔をした。とてつもなく嫌そうであり、信じられないという顔だ。
「何の冗談?」
「冗談じゃないです。トムから完全に逃げるにはそれしかないんです」
「ああ、トム・ブレヒトか……毒殺してもいいけどそうすると、彼の精霊が魔獣化するからなあ。薬で永遠にぼんやりさせることくらいは出来るけど?」
「悪い冗談ですね」
オスカーまでトムを何とかしようと案を出してくれて、少し吹き出してしまった。今この瞬間の気持ちだったら、私は自分でトムに立ち向かえそうだと思った。
「お気持ちだけありがたく受け取っておきます。だけど、トムには関わらないのが一番ですから。私はここ、ユーゲンベルクで火山の噴火を防いだことにして華々しく散ります……ついでに山に巨大ダムを掘って」
オスカーは片方の眉をぴくっと上げた。
「ついでにダムを?なるほど」
「私は大地の精霊士ですから、火山の噴火を防いで天命を使い尽くしたことにしないと、魔獣が発生しない死を偽装できません」
精霊の加護があるので精霊士はそうそう死なない。不慮の死であれば、精霊が魔獣化する――この2点があるので、精霊士の死の偽装はかなり難しい。ここ最近の弱い地震は私にとっては、天恵と言えた。
「僕は君に、助けて欲しいなんて頼んでないけど」
「ええ、私がトムから逃れるために勝手にやるだけです。オスカーの栄光を覆って私が新しくユーゲンベルクの英雄になりますから、オスカーなんて完全に忘れられてしまうでしょうね」
「なかなかやるね……」
乾いた笑い声をオスカーはあげた。
「ザシャ氏を救い、僕を救い、次に君はどこへ行くの?」
「しばらく身を隠しますが、もうすぐ戦争が終わります。人々は今度は戦の勝利に酔いしれ、私のことも忘れるでしょう。そうしたらここに戻りたいと思っています」
そういう手筈になっている。名前を変えて、少し見た目を変えるだけで問題ないとザシャさんは保証してくれた。私はここの生活が気に入っているし、まだ薬の勉強だって始めたばかりだ。オスカーの教え方は荒いけれど理解できるとすごく嬉しいから、がんばりたい。
「君の人生だから、反対しないよ。手伝う。ダムからの水路の整備とか設計するし、浄水設備も考案するよ。だから……」
オスカーは早口で捲し立てる。私がまだ考えていなかったところまでもう到達したらしい。確かに穴を掘ってお仕舞いではない。長くかかる事業だ。
「流石、オスカーですね。そんなことまで出来るんですね」
「そんなのは簡単なことだよ。でも、これから何か起きそうな嫌な予感がするけど」
「何言ってるんですか」
オスカーは形の良い眉を悲しそうに下げた。
「あのさ、僕、子供の頃から友達っていなかったんだ」
急に何を言い出すのかと思ったけど、でしょうねとも思ってしまった。
「周りはみんな馬鹿だと思ってた。でも君は、すごくまともで、僕の知らないこと色々教えてくれるから、友達だと思ってる」
「ありがとうございます。私も、友達って居なかったからそう言ってくれて嬉しいです」
何でもトムのせいにしてはいけないけど、私と関わるとトムにひどいことをされるからと友達は一切いなかった。精霊士になってからは、それはそれで特別視されてしまう。同じ精霊士でないと友達というのは難しいのかもしれない。
「絶対、戻ってきてよ」
「約束しますよ」
いや、精霊士というのを除いても、私はオスカーを放っておけないだろうなと思った。というか、オスカーといるのは楽しい。それだけのことだ。