不機嫌なアヤメ
手が進まねぇ……
危うくシルさんの胸のふくらみに埋もれ、窒息しかけたアヤメだが、ここがダメージの発生しない街中ということもあり、大事には至らなかった。
至らなかったのだが……。
「あ、アヤメちゃ~ん? ほら、お菓子あるよ~? 食べる~?」
「………………(ぷいっ)」
「あぁ! そっぽ向かないでぇ~~~!」
「あ、あはは……」
とまぁ、このように、シルさんを完全に警戒するようになってしまったのである。
俺の背中に隠れたアヤメに差し出したお菓子を拒否され、がっくりと肩を落とすシルさん。一時的なモノだとは思うのだが、シルさんにも非があるので擁護するのも難しいんだよなぁ。
そんなことを思いつつ、アヤメの頭をぽんぽんと撫でる。
「アヤメ、大丈夫だったか?」
「………………(ぶんぶん)」
「大丈夫ではなかった、と。なるほど……シルさん」
「は、はい!」
いきなり声を掛けられたことに驚いているシルさんに若干の申し訳なさを感じつつも、俺はにっこりと微笑みながら、アヤメの召喚主として言わねばならないことを口にした。
「まぁ、しばらくすればアヤメも許してくれるでしょうが……シルさんは当分、アヤメに抱き着くことを禁止します」
「そ、そんなぁ! わ、ワタシの癒しがぁ……。神官さんの意地悪!」
「人聞きの悪い……。とにかく、アヤメに許してもらってからにすること。それと、抱き着くなとは言いませんけど、アヤメが苦しくない程度にしてくださいね?」
「あぅう……。はぁーい……」
涙目で警戒中のアヤメを見つめているシルさんには悪いが、この小さな相棒の機嫌が直るまでは我慢してもらうとしよう。
とはいえ、こうやってしっかりと釘を刺しておけば、シルさんも反省してくれるはず……いやまて、なんかシルさん、じりじりとこちらへと距離を詰めていないか? 気のせい……じゃねぇな、これ。
しかも、俺を避けるようにして後ろに回り込もうとしている……ふむ、察するに、なんとか俺を突破してアヤメに抱き着こうとしている、といったところかね?
「……シルさん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
名前を読んでみれば、先程以上に焦った声音が返ってくる。うん、これはもう確定だろう。
恐る恐るといった様子でこちらを見てきたシルさんに、にっこりと微笑んで見せる。
「ひぃ!」
おや? シルさん? どうしてそんなに怯えているのかなぁ? 別に俺はこれっぽっちも怒ってないんだけどなぁ?
ただね? 少しお話したいことがあるだけなんだ。アヤメの召喚主としては、ね? ちょっと反省の色が見えないなぁって。うん、それだけであって他意はない。他意はないんだよ。
「し、しししし神官さん? あ、あの……」
「うん? なんです?」
「ひぇ……え、えっと……何か、怒ってる?」
「うん? 怒ってる? やだなぁ、そんなことないですよ。……あははっ!」
「爽やかな笑いが逆に怖い! ごめんなさいごめんなさい! 出来心だったんですぅーーーー!」
しゅばばっ、と素早い動きで頭を下げたシルさん。それを見て、表情を笑みから呆れを含んだものに変え、ため息を一つ。
「はぁ……。とにかく、さっき言ったことはしっかりと守ってください。分かりましたか?」
「あぅ……で、でも、ワタシの癒しが……」
「分 か り ま し た か ?」
「ひゃ、ひゃい! 分かりましたぁーーー!!」
もう地面に頭が付くんじゃなかってくらいお辞儀を深めたシルさん。これならもう、アヤメに対して無茶なことはしないだろう。
そう思っていると、くいくいっ、と後ろから服の裾を引っ張られた。そちらを振り返ってみれば、じっとこちらを見つめるアヤメの瞳と視線がかち合う。
「アヤメ、どうかしたか?」
「………………(ぷいっ)」
と思ったら、アヤメの方から視線を逸らされてしまった。
おや? 反抗期かな? と思ったが、狼耳は何か言いたげにぴこぴこ動いているし、尻尾も左右にふらふらと揺れている。
ふむ、これはあれかな? 俺がシルさんとばかり話していて、アヤメに構っていなかったから、ちょっとしたヤキモチを焼いている……とか?
「アーヤーメー?」
「………………(ちらっ……ぷいっ)」
ああ、これは確実に拗ねてるな。拗ねるアヤメも可愛い……じゃなくて、早急に機嫌を直さないと。これ以上冷たい対応をされると俺の心へのダメージがヤバい。
何より『あっ、アヤメちゃんに無視されてる。仲間~仲間~』とでも言いたげにこちらを見てくるシルさんが非常に腹立たしい。てか、俺は少し拗ねられているだけで、下手したら嫌われる一歩手前のシルさんと一緒にされたくないのだが?
とりあえず、俺から離れていく様子はないので、アヤメの身体を持ち上げ、膝に座らせる。……ふむ、相変わらずそっぽを向かれてるけど、嫌がられたりはしない……と。
そのまま、アヤメの頭に両手をのせて、かいぐりかいぐり。いつもより少し強めに撫でまわす。すると、どこかつんけんしていて冷たかったアヤメの雰囲気が、次第に柔らかくなっていく。
「………………(ふにゃあ)」
数分もすれば、アヤメの耳はぴこぴこと元気よく踊り、尻尾はぶんぶんと振り回され、時折べしべしと俺の身体を叩いている。うん、ここまで来れば大丈夫かな?
「さっきはごめんなー、アヤメ。ほったらかしにしちゃって。もうしないから、許してくれるか?」
「………………(こくこく)」
「ありがとう。ほーれ、よしよしー」
「………………(ぴこぴこ、ぶんぶん)」
いつもの無表情も、心なしか柔らかくなっているような気がするな、と思いつつ、機嫌よさげなアヤメの姿にほっこり。
こうして、俺とアヤメの不仲リスクは回避されたわけなのだが……あの、シルさん? その目は何でしょうか?
なんだか、初めて会った時と同じような……この世の全てを呪っている瞳になっているんですが……?
「アヤメちゃんがあんなにもあっさり……。くっ、これがご主人様と有象無象の違いなのね……!」
「語弊しかない言い方するの止めてくれません?」
「うわーん! 神官さん厭味!? アヤメちゃんを抱っこできないワタシの目の前でアヤメちゃんとイチャイチャイチャイチャ! 何というかこう……疎外感! 疎外感が半端ないのぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ちょっ、いきなり叫ばないで下さい。じりじりとこっち寄ってこないで! やめっ……やめろぉ!?」
どったんばったん、ぎゃーぎゃー!
閑静な雰囲気の店内に、俺とシルさんの騒ぐ声が響き渡る。
結局この後、夕飯の準備するぎりぎりまで、スキル屋での時間を過ごしたのだった。
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