リバイヴ・オブ・ディスピア 二日目
タイトルが漢字二文字縛りだといつから錯覚していた?
「行きなさい! 【ホーリーランス】!」
勇ましい掛け声と共に、イーリスが聖なる光を固めた槍を放つ。それは空を切りながらまっすぐに標的であるブラックウルフに向かい、その身に深々と突き刺さった。
断末魔の悲鳴が上げながら倒れ伏し、そのまま粒子となって消えていった。
「……ふぅ」
「お見事です、イーリス様」
「本当ですか? えへへ、嬉しいです」
戦闘を見守っていたリューが笑顔で褒めると、照れたように頬を染めるイーリス。つい今まで戦闘を行っていたとは思えないほどに和むその姿に、リューの笑みも自然と優し気なものになる。そこにいるだけで周りに癒しをまき散らす少女、イーリス。リューの中でアヤメと並ぶ癒し要員となっていた。もちろん、それを悟らせるような愚かな真似を、リューが犯すことは無い。
イベント『リバイヴ・オブ・ディスピア』、二日目。
二人は、草原フィールドに訪れていた。遠目に見える城を覆う防壁は刻一刻と完成に近づいている。今も生産職プレイヤーたちが張り切って作業に従事しているはずである。辺りを見渡せば、二人と同じようにモンスターと戦っているプレイヤーたちの姿がちらほらとうかがえる。装備などから、中堅クラスのプレイヤーだと推測できた。
さて、リューとイーリスが此処で何をしているのかといえば、イーリスたっての希望で行われることになった『聖女強化計画』である。
説明しよう。『聖女強化計画』とは!
三日目の戦いの勝利条件の一つである『異界の掌握』。それを成すのは、イーリスが行う儀式だ。すでに儀式を行うための儀式場は作られており、あとはイーリスが実行するだけになっている。
それならば早く儀式を行ってさっさと異界の掌握を済ませてしまえばいいのでは……という意見が、二日目朝の会議で出たのだが、
「それでは駄目なのです。この異界は、核であるこの城こそ我々の元にありますが、あくまで主はグラシオン・ゲーティスであり、主導権は完全にあちら側にあります。その状態で掌握の儀式を行ったところで、すぐさま介入されてしまい失敗に終わることになるでしょう。そのため、儀式を行うのはグラシオンとの戦闘中、あの者が手出しの出来ぬ時でなければならないのです」
と、いうイーリスの言葉によって、その意見は却下されてしまった。
とはいえ、何とかして儀式を早く終わらせることができないかという話は続く。それは、掌握によってこの異界をプレイヤー側に有利な場にできるからである。イーリスが異界を掌握することで、彼女の使える神聖魔法の効果を異界にいるプレイヤー全員に付与することができるというのだ。つまり、掌握が早く終われば終わるほど、戦いの有利はプレイヤー側に傾くのである。
どうしたものかとプレイヤー達が頭を悩ましていると、解決策はイーリス自身からもたらされた。
「それならば、儀式を行う私が今よりも力をつければよいのです。儀式には私の『神聖魔法』のスキルを使いますし、スキルのレベルが上がれば儀式にかかる時間を短縮させることができるかもしれません」
とのことだ。イーリス自身、プレイヤー達の役に立ちたいという想いが小さな胸に宿っているらしい。それをイーリスが提案したとき、背後でそれを見守っていたリューは彼女の背中から発せられる隠しきれないワクワク感を感じ取っていたが、何も言わずに黙っておいた。動機がどうであれ、イーリスの言っていることは何も間違っていない。ならば、リューがやるべきはそんなイーリスを全力で支えること。
ただ、その時のリューの視線は、不自然に暖かなモノだったという。
そんなこんなで、まずは肩慣らしと草原フィールドのモンスターと戦ってみることにしたイーリス。草原フィールドに現れるのは、レベル20前後のモンスターばかり。そして、イーリスのレベルは52。このあたりのモンスターに後れを取ることは無かった。
しかし、イーリスは戦闘に慣れていない。それなりに高いレベルも、聖女の責務を果たすためにパワーレベリングのようなやり方で上げたものであった。スキルだって、戦闘で使えるものとなると【神聖魔法】くらいしかない。その【神聖魔法】も、モンスター相手に有効な攻撃手段は、【ホーリーランス】と【ホーリーバレット】くらいであった。
そして、初戦闘を終えたイーリスと言うと……。
「イーリス様、大丈夫でしたか?」
「え、えっと……。だ、大丈夫です! 大丈夫ですよ?」
どこか慌てたように告げるイーリス。よく見ると、その小さな体は小刻みに震えている。
能力的に負けるはずのないモンスターが相手であろうと、戦い馴れていないイーリスにとっては恐怖の対象に成りえたのだ。
見ただけで分かりやすいくらいに震えているイーリスに、リューは「しょうがないなぁ」みたいな笑みを浮かべると、ゆっくりとその頭に手を伸ばし、優しい手つきで撫でる。
「無理をしないでください。怖かったら、怖いと言ってくれればいいんです」
「……で、でも。これは私から言い出したことですし……」
「関係ありませんよ。イーリス様は、俺たちのために頑張るって言ってくれたんですよね? あの骨野郎との戦いが、少しでも有利になるようにって」
「……そうですよ。でも私は、こんな体たらくで……!」
悔しそうに顔を伏せるイーリス。リューはそんな彼女の前に跪くと、その顔を覗き込む。
そこには、泣くのを頑張って堪えようとする幼子がいた。気丈にふるまい、率先して自ら動こうとする。そうやって聖女としての自分を保とうとしていても、異界に巻き込まれ、命を狙われ、神の啓示によってプレイヤー達のことを任される。そんな状況にイーリスの成長しきっていない精神は、容易く限界を迎えてしまったのだ。思えば、今朝の会議で妙にやる気を迸らせていたのも、そのことを誤魔化すためだったのかもしれない。
それでも、イーリスは頑張ろうとする。恐怖に震え、重責に押しつぶされそうになる心をなんとか奮い立たせて。
その在り方を、尊いと、リューは思う。ならば、リューがやるべきことは何か。
何も変わらない。何度も決めた、『イーリスを支える』と。
「イーリス様」
リューは静かにささやきかける。
「もう一度言います。怖いときは怖いと言ってください。辛いなら、辛いと言ってください。イーリス様を苛むすべてを、俺に教えてください。そうすれば、その全てから貴女をお守りします。イーリス様、俺は貴女を守護する者としてここにいるんですよ? それを、忘れないでください」
芝居がかった口調で言うリュー。イーリスに捧ぐ視線はどこまでも柔らかく、それでいて違うことなどありえないという決意に満ちていた。リューは非常に真剣だった。
「…………ひゃ、ひゃい」
そして、リューの真剣かつ柔らかな視線と、まるで恋愛小説で騎士が姫に向かって誓いを告げる際に使用されるようなセリフに、イーリスの顔は一瞬で真っ赤になった。思春期真っ只中の聖女様には、いささか刺激が強過ぎたようである。彼女の頭の中は、先程まで感じていた恐怖やらなんやらがさっぱりと吹き飛び、リューのセリフが延々とリピートされていた。
「えっと……イーリス様?」
「だ、大丈夫です大丈夫です! さ、さぁ! もっとモンスターを倒しましょう! 私、頑張りますよ!」
頭の中のモノを振り払うように、イーリスはわざとらしく元気な声を上げ、リューに背を向けて離れていく。突然のことに一瞬唖然としたリューだが、すぐにその背中を追いかけようとする。
リューから数歩分離れたところで、イーリスは唐突に立ち止まった。
「えっと、リュー様!」
「はい?」
くるり、とイーリスは肩越しに振り返る。そして、今だ赤みの引かない顔に、小さく笑みを浮かべた。
「あんなことを言ったんです。ちゃんと、私を守ってくださいね。約束ですよ、私の騎士様?」
その言葉に、きょとんとした表情を浮かべたリューは、すぐにそれを笑みに変え、
「仰せのままに」
そう、答えるのだった。
おかしい……真面目に聖女様強化計画を進めるはずだったのに……。この二人、相性が良すぎるぞ……?
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