終わりの夜 終幕
えーっと。はい、どうも、原初です。お久しぶり? です。
更新、滅茶苦茶遅れました。
マジですみません。
海よりも深く反省いたします。
とまぁ、謝罪はこのくらいにして、長かった蒼編も、これで最後です。
流と蒼、二人の関係は、どうなるのでしょうか?
俺は、蒼の真意を測りかねていた。
どうして、いきなり不機嫌になったのか。
どうして、いきなり甘えようとしてきたのか。
どうして、恋愛話なんてしようと思ったのか。
俺が困惑していると、蒼は「じゃあ……わたしは?」と、ぽつり、つぶやいた。
蒼は……俺にとって蒼は、幼馴染で、腐れ縁で、手のかかる妹で、大切な家族。今までだってそうだっし、これからもそうだと思う。
血はつながってなくても、手のかかる、大切な、妹。
そう、言葉にして蒼に伝えた。
「…………そっか、やっぱり」
「やっぱりって……。俺が何を言うか、分かってたのか?」
「ん。流にぃのことなら、なんでもわかる」
そう言って微笑む蒼。けれど、やはりその笑みは普段のそれとは違っていた。そして、そのどこか違う笑顔は、否応なしに俺の心をざわつかせる。
その後しばらく、俺も蒼も一言も発することのない、静寂が訪れた。
聞こえるのは微かな息遣いと、虫の鳴き声。心地の良い静けさに、ついつい瞼が落ちそうになる。……もうすぐ、零時。日付が変わる。
俺は左肩を下に体を横にして、蒼の方を向く。蒼も、俺の方に体を向けていた。
ベッドの上で蒼と二人、無言で見つめ合う。
俺の顔を映すその瞳は、混じりあう感情で揺らいでいる。俺に向けられる視線は、俺の不安を煽る。どうして……。
沈黙に耐えられず、俺は言葉を漏らした。
「蒼……。俺に、どうしてほしいんだ?」
――何かを、求められている。
「俺に、何をして欲しいんだ?」
―――たぶんそれは、とても大切で、かけがえのないもの。
「俺に、何を知ってほしいんだ?」
――――たぶんそれは、俺の知らないもの。まだ、俺の中にないもの。
「俺には、お前がどうしたいのかが分からない。分かってやることができない」
―――――俺が、『 』を知らないから、理解できないから、持っていないから。
……お前は、そんな風に悲しそうな色を瞳に映すんだろう?
「だから、教えてくれないか?」
お前のことを分かってやれない馬鹿な俺に。
「蒼が俺に求めるものを」
お前の望みを。
「蒼が俺にして欲しいことを」
叶えてやる、なんて言えやしないけど。
「蒼が思ってることを」
お前の笑顔を曇らせる原因を。
「はっきりと、俺にも分かるように」
お前自身の言葉で。
「蒼――」
「――――――――教えてくれ」
俺に、『 』を。
―――流が、そう言いきった瞬間。カチリ、と音がした。
それは、時計の長針と短針が触れ合う音。
時計が示すは、午前零時。
すなわち……『今日』が終わり、新しい『今日』が来たということ。
そしてそれは……………、
終わりの、始まりだった。
――――ドサッ。
「なっ!?」
驚きに目を見開き、それを見つめる。
「い、いきなりどうした……蒼」
それ……俺の腰あたりに馬乗りになり、俺を見下ろす蒼。圧迫感はあるが、蒼の体は軽く、苦しくはなかった。
急に人の上に乗って来た理由を問うたが、返答はない。
少しうつむいており、前髪のカーテンがその顔を隠し、その表情を見ることはできない。
しかし、なにか……。何か、嫌な予感がした。
「蒼……」
妙な胸騒ぎに意識を奪われそうになりながらも、蒼に再度声を掛けようとした。
「えっと、何を……」
「流にぃ」
それは蒼に遮られる。それ以上は口をつぐみ、ただ視線だけを蒼に向ける。これから告げられることを、聞き漏らしてはいけない。そんな気が、なぜだかした。
前髪の影で隠れた蒼の顔。その中で唯一うかがい知れる口元が、きゅっと結ばれる。まるで、何かを決意するかのように。
そこから放たれる言葉は、一体………。
蒼が、ふっ、とうつむかせていた顔を上げた。
そこに浮かんでいる表情を、俺はとっさには言葉にはできなかった。
瞳は潤んで熱を帯び、それでいて強い覚悟の光を放っている。
頬は紅に染まり、しかし口元は緩まず真剣さを表すように一文字を描いている。
蒼と一緒にいた十五年と数か月。ほぼ毎日顔を合わせている彼女の、初めて見せるその表情に、俺は胸をかきむしりたくなるような衝動が走るのを感じた。
けれど、動けない。
蒼の視線によって縫い付けられたかのように、体は動かず、視線は蒼にだけ向けられていた。
蒼の言葉の続きを、聞きたい。けれど、聞きたくない。
幼馴染で大切な妹。そんな彼女の自分に見せたことのない表情に、そんな相反する思いすら抱いてしまう。
「流にぃ、わたし……」
一文字に閉じられていた唇から、震え声が紡がれる。聞いているこっちまでも揺さぶられてしまいそうな声音に、俺は頷くことで言葉を促すことしかできない。
完全に俺は、蒼の雰囲気に飲み込まれていた。
蒼の口が開かれる。
「わたし、流にぃの妹を、やめる」
そこから零れ落ちた言葉は、雨垂れのごとく俺に当たり、弾けた。
はじけ飛んだ欠片が、俺の耳に当たる。耳の中に侵入してきたそれは、じわり、と染み込むように、脳内に入り込んだ。
けど、そこで理解が止まる。
「…………え?」
「だから、わたしは流にぃの妹をやめる。兄妹関係、抹消」
「えっと……? それはあれか? 反抗期的なアレか? それだったら俺、お前の教育に関して一から考え直さなくちゃいけないんだが……」
「そうじゃない」
えっと、反抗期じゃないなら、どうして妹をやめるなんて言ったんだ……? というか、実際血はつながってないんだから妹ではないんだけどね?
困惑する俺をよそに、蒼は言葉を連ねていく。
「妹じゃ、駄目。妹じゃ、わたしの求めるところに行けない」
「…………蒼?」
蒼が何を言いたいのかが、分からない。その真意を、まるで見抜くことができない。
そんな俺に追撃をかけるかのように、蒼は言葉を重ねようとする。
その顔は、最上級に赤くなっている。蒼はためらうように何度か呼吸すると、意を決したように告げた。
「流にぃ。わたしは、流にぃが好き」
「…………俺も、蒼のことは……」
「流にぃの言う『好き』と、わたしの『好き』は違う」
「……好きが、違う?」
……どういうことだろうか?
蒼は、そんな俺を見て、あきれたようにため息を吐いた。
「うん。分かってた。流にぃは、それが分かってないって」
「……それってなんだよ?」
「大抵のことは見ただけで覚えられる流にぃが、これだけは知らないもの。分からないもの。見たことも聞いたことも在るのに、理解できないものがある」
蒼はそこで言葉を切ると、ベッドに突けていた手を俺の胸元に添えた。そして、ゆっくりと体を前に倒し、顔を近づけてくる。
そして、
「っん」
「……!?」
ちゅっ、と。
俺の唇に、蒼のそれが重ねられた。
一瞬で、頭の中が真っ白になる。
唇に感じる柔らかさとか、頬に当たる熱い吐息とか、そんなものを考える余裕は一切ない。
優しく、触れるだけのキス。
けれどそれは、俺と蒼の間にあった、『兄妹』という関係を、完膚なきまでに砕く威力を持っていた。
……………時間にすれば、十数秒。
それだけの時間が、俺には無限よりも長く感じられた。
蒼の唇が、俺から離れた。離れる瞬間に蒼が漏らした「んっ」という吐息混じりの声に、心臓が跳ね上がりそうなほど高鳴った。
「……………こういうこと」
俺を見下ろす体勢に戻った蒼は、そう言って、真っ赤な顔で悪戯っぽく笑った。
けど、俺にそれを認識する余裕なんてない。
「な、なななななななな……」
『なんで』。そう口にしようとしても、実際に出るのは壊れたスピーカーみたいな『な』の連打。
動揺とか、そんなレベルじゃなかった。
頭の中でいろんなものがぐちゃぐちゃに絡まりあい、修復不可能なほどにぐっちゃぐちゃになっていた。
顔は、火が出るんじゃないかってくらいに熱い。見るまでもなく、真っ赤になっているだろう。
目が回っているのか、視界がぐるぐるする。
なんだこれ。
本当に、何なんだ、これは。
さっきから、自分の感情が、自分じゃないような動きをする。未知の感情の奔流に、飲み込まれそうになる。
分からない。こんなの、知らなかった。
「流にぃ、わたしは、貴方が好き」
耳に入ってくる蒼の言葉が、どこか遠くに聞こえる。
「この好きは、親愛でも友愛でもない」
知らなかった何かが、俺の中で形を成す。
「これは、『恋愛』」
蒼の言葉が、俺の中に沈んでいく。
「燃え上がるように熱く、蕩ける様に甘く、斬り裂かれるほど切ない。これは、そう言う『好き』」
……ああ、そうか。
「わたしは、流にぃに、この気持ちを知ってほしい。……その気持ちの向く先が、わたしだと嬉しい」
何もかもがぐちゃぐちゃな思考の隅で、一つ、確かに分かったことがあった。
「流にぃを狙うとなるとライバルはいっぱいいるけど……。わたしが、勝つ」
今、俺の視線の先で、言葉を重ね、想いを伝えている蒼は。
――――蒼は、幼馴染。
真っ赤になって、恥ずかしそうに。それでも、しっかりと話す彼女は。
――――蒼は、大切な妹。
まっすぐに俺を見据える彼女は。
――――そう、思っていた。けれど……。
蒼は、一人の女の子なのだ。
……今更だ。本当に今更で、酷い話だけど。
今、この瞬間から、俺の中で蒼は、『女の子』にカテゴライズされた。
そんな俺の内心など知る由もない蒼は、幾分か赤みが抜けた頬を緩ませ、笑みを浮かべ、
「だから、もう流にぃの『妹』はやめにする。妹じゃ、恋人にはなれないから」
最後まではっきりと、そう言いきった。
……不思議な気持ちだ。引っかかっていた物が取れたような解放感と、何かに囚われるような圧迫感を同時に感じる。
少しだけ落ち着いた俺は、蒼の言葉に「あ、ああ……」と短い返事を返した。
「ふふっ、流にぃ、真っ赤」
「うるさい……。今は余裕がないんだよ……。ぐちゃぐちゃしてぐるぐるして……。何が何だか、さっぱりだ……」
「流にぃがそんなんじゃ、返事、貰えそうにない」
……返事。返事か。
そうだよな。俺、蒼に告白されたんだよな。それに……き、キスも……。
うう、顔が熱い。思い返すだけで、どうにかなりそうだ。
「……ヤバい。顔真っ赤で照れてる流にぃヤバい。襲いたい欲求がむらむらと……」
蒼が何か変なことを言った気がするけど、それどころじゃないから聞こえなかった。
蒼からの告白。その返事をどうするか。
告白……つまり、好きと言ってくれるのは素直に嬉しい。それに、俺だって蒼のことは好きだ。
……けど、その好きは、今のところ、蒼の言う『恋愛の好き』とは違うもの。
「……やっぱり。流にぃは違うんだ」
「……ああ。悪いけど、俺はお前に『恋』していない」
「っ! ……ん。知ってる」
はっきりと否定すると、蒼の表情が分かりやすく歪んだ。チクリと胸が痛んだが、嘘をつくわけにもいかない。
「流にぃ。わたしは、あきらめない。絶対に、流にぃをわたしの虜にして見せる」
「……そうか。俺からは、なんにも言えないな」
泣き笑いの顔で言う蒼に、俺は曖昧に微笑むだけだ。頑張れ、というわけにもいかない。まだ、俺自身の気持ちに整理がついていないのだ。何かを言うのは愚策だろう。
「けど……。うれしかったよ」
それでも、これだけは伝えたかった。
いまだに俺に馬乗りになっている蒼の顔を見上げ、笑みを作りながら告げる。
「蒼に告白されて、知らなかったものを教えてもらって。凄くうれしかった。ありがとな、蒼」
「……流にぃは、やっぱりズルい」
ふいっ、と顔を逸らす蒼。拗ねたような横顔からは、泣き跡は見て取れなかった。
「……むぅ。わたし、そろそろ自分の部屋に戻る」
「くくっ。なんか、しおらしい蒼って新鮮だな」
「からかうのは禁止。……わたしは、流にぃに甘えないって決めたから」
「……もしかして、今日やたらと甘えてきたのって、最後だから派手にやってやろうとか、そんな感じだったのか?」
「ん。流にぃと一緒にお風呂。久しぶりで嬉しかった」
お風呂、と聞いて、思わずあの時見てしまった蒼の裸を思い出しそうになり、慌ててそれをかき消した。
「……流にぃ、想像した?」
「な、何のことだ? ほ、ほら、もう部屋に戻るんだろ? 明日もどうせFEOをやるんだし、早く寝た方がいいぞ?」
「……ふふっ、流にぃ、照れてる」
「~~~~~~~ッ! か、からかうのは禁止だ!」
「さっきのお返し」
心底楽しそうな笑顔を浮かべる蒼を直視できなくて、ふいっ、と視線を逸らす。壁とにらめっこをしていると、ギシッ、と音がして、身体が軽くなった。
振り返ると、ベッドから降りた蒼が、俺を見下ろしていた。
「流にぃ、最後に一つだけ」
「……なんだ?」
「わたしは流にぃの妹をやめた。だから……」
そこまで言った蒼は、髪をかき上げながら身をかがめ……ちゅっ、と俺の頬にキスを落とした。
ビシッ、と固まった俺に、悪戯っぽい笑みを浮かべ、「お休みのキス」とつぶやいた蒼は、くるりと踵を返し、部屋の扉を開けて廊下に出た。
そして、扉の影からぴょこんと顔を覗かせ、
「流にぃのこと、これから『流君』って呼ぶ。……じゃあ、おやすみなさい」
そう言い放ち、パタン、と扉を閉じた。
蒼がいなくなった俺の部屋。硬化が解け、動けるようになった俺は、熱を帯びた頬を抑えながら、ベッドから体を起こした。
そして、蒼の出ていった扉を見つめながら、ポツリ、
「……………………ふいうちはずるいだろ」
極力感情を抑えた声で、そうつぶやいた。
――――こうして、蒼の不機嫌から始まった長い一日は終わった。
たった一日の間に、いろんなことがあった。
とても大きく、重大な変化もあった。
けど、この時俺が考えていたことは。
「今日は、眠れそうにないな」
ただ、それだけだった。
ちなみに、蒼は部屋に戻った後、流にキスしたことを思い出してニヤニヤし、告白したことを思い返してゴロゴロするという、流とは違った意味で眠れない夜を過ごすことになります。
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