決闘③
「なぁッ!?」
ライゴが、驚きの声を上げる。しかし、その驚愕はリューに槍を奪われたことに対するものではなかった。
リューは、自分の腹に槍が貫通している状態で、その槍を無理やり奪い取ったのだ。こう、柄を真横に移動させる感じで。
するとどうなるか。簡単だ。貫通した槍が体内でぐりぐりと動くことになる。VRなので痛みはないが、腹の中に何かがあるという異物感は酷いモノであることは容易に想像できる。モンスター相手に、同じような体験をしたことがあったのだ。
そう、想像できるからこそ―――それを行ってなお笑みを崩さないリューに、ライゴははっきりと戦慄を覚えた。
それすなわち――――コイツ、やべぇ。と。
そんなことを考えていたライゴは、視界の端に迫る紅いメイスに気が付かなかった。横薙ぎの一撃がライゴの顔面の突き刺さり、吹っ飛ぶ。
闘技場の舞台を転がり、ライゴのHPが削れる。もともとライゴはスピードタイプのアタッカー。耐久力は低い。リューが不安定な体勢から放った一撃でも、レベルが下がった今の状態では大ダメージだ。ライゴのHPは一割をぎりぎり保っている状態で止まった。
己の最も信を置く攻撃は効かず、幸運にも舞い込んできたチャンスは生かせず、武器を奪われた。HPは危険水域に入っている。アイテムの使用を禁止したため、回復手段もない。
まさしく絶体絶命。ライゴの頭の中に、『敗北』の二文字がちらつく。
「……まだや」
負けるわけにはいかないんや。胸の内で、そうつぶやく。視線は無意識に闘技場の右側の壁―――見えないけれど、そこにはこの決闘を見守っているアポロがいるはずの場所に向いていた。
「(ギルマスに、こんな無様な姿を見せて負けるなんて……。そんなこと、できるわけがないやろ!)」
ライゴの瞳からあきらめや絶望の感情が吹き飛び、代わりに闘志の炎が宿る。
リューに無理難題をひっかけ、挙句の果てに決闘まで申し込んだライゴ。彼をそこまで突き動かしたのは、ひとえに『嫉妬』からだった。
別に、腐っている方たちが大喜びしそうな禁断のあれやこれやではない。
ライゴにとって、アポロは強い憧憬の相手だった。
自分がどう頑張っても勝てない相手。それでいて、その強さを間違えることのないアポロに、憧れていたのだ。
そんなアポロが、頼りにしている者が、急に現れた。リューだ。
リューの話をしている時のアポロは、とても楽しそうで……。
憧れの相手。自分よりも強い相手。一緒に戦って、背中を預けてほしい相手。
そんなアポロが、頼りにしている存在。
だから、サファイアに連れてこられたリューを見て、ライゴは突っかかった。自分でも制御できないような苛立ちに突き動かされた行動だった。
「(これ以上、情けない姿を見せるわけにはいかへん!)」
そう、奮い立ったライゴ。しかし、目の前でリューが腹に刺さった槍を無造作に抜いている光景を見て、さっきまで胸中にあった絶望感が戻ってくる。
「(……コイツは、雑魚やない。ギルマスとか副マス、それに戦神王みたいなアホみたいに強いプレイヤーと同じ……。考えるんや、そんな相手から、ワイの槍を奪い返して……。そんで、勝つ)」
難しいとか、そんなレベルではない。達成できる可能性は限りなく低く、どんなに考えてもうまくいく未来が見えない。至難という言葉が容易に思えてくる。
それでもライゴはゆっくりと立ち上がった。負けたくない。その一心で、リューを強くにらみつける。再度燃え上がった闘志の炎は、まだ消えていない。
言葉は吐かない。挑発なんて何の意味もない。
ライゴが、捨て身の覚悟でリューに向かっていこうとした瞬間。
カラン、とライゴの足元に、彼の槍が転がった。
「なッ!?」
驚愕に目を見開くライゴ。そして、すぐに警戒心を一気に高める。この隙をついてとどめを刺すのがリューの狙いなのではないかと予測したのだ。
だが、いくら待っても何の攻撃も来ない。油断なくリューを見据えるが、のんきにこちらを見ているだけ。減ったHPを回復しようとすらしない。
ライゴの視線が険しくなる。リューの行動に『なめられてる』と思ったのだ。
「…………自分、どないして奪った武器をわざわざ返したんや? そんなん、何の意味もないやろ? わざわざ勝てるチャンスを捨てるとか、アホちゃうか?」
「……ひでぇ言われようだな」
「当たり前やろッ!! 自分、ワイのこと馬鹿にしとるんか!?」
「全然? まったくもってそんなことないぞ?」
きょとん、とした表情を浮かべるリューに、カッと頭に血が上るのを感じたライゴ。
「じゃあッ! 何でワイに武器を返したんや!! あのままワイに攻撃しとったら、自分の勝ちだったやろ!?」
叫び散らす。この決闘を汚すなとか、自分のことなど眼中にないのかとか、複雑な怒りで頭が沸騰しそうになる。
だが、リューはそんなライゴのことなど、まるで気にしていない様子で、二コリといつも通りの笑みを浮かべた。
「ああ、そのことか。だって、つまらないだろ?」
「……………………は?」
沸騰寸前だった頭が急激に冷えていくのを感じるライゴ。リューの放った言葉の意味が分からずに間抜けた声を出していしまう。
リューは、言葉を続ける。
「だから、つまらないんだって。武器を奪って無防備になった相手を一方的にボッコボコなんて幕切れじゃあ、俺は満足しない。せっかくのPvPなんだから、最後まで楽しみたいだろ?」
「た、楽しみたいって……。それだけなん? それだけで、ワイに武器を返したっちゅうん?」
「だから、そう言ってるじゃねぇか」
紅戦棍をくるくるとまわしながら、リューは「ほら、続きをやろうぜ」と笑いかけてくる。
それを見たライゴは、自分が憤りを感じていたことやリューに向けていた嫉妬が、途端にどうでもいいものに思えてきた。
「…………ハッ! 後悔してもしらんでェっ!!」
「くははッ、そう来なくっちゃ!」
ごちゃごちゃ考えるのはあとにしよう。今はこの戦いに集中しよう、と。ライゴは槍を拾い、構えた。
リューも、紅戦棍を構える。
二人の視線が交錯し―――――――――――!!
「【ボルテックスファング】!!」
「【パワークラッシュ】!!」
どちらからともなく飛び出し、中心で二人の武器がぶつかり合う。バチバチと雷光が飛び散り、衝撃が舞台を揺らす。
槍とメイスが鬩ぎ合う。リューは笑顔で、ライゴは歯を食いしばって武器を押し込む。
押して、押されて、拮抗して。
そして……拮抗が、破れる。
相手の武器を弾き飛ばし、己の武器を相手に叩き込んだのは……。
「楽しかったぞ、ライゴォ!!」
「ぐぁあああああああああああああああッ!?」
…………リュー、だった。
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