26.未来への歩み
時は流れ、半年がたった。2人で使っているダブルベッドも大分使い込んである。俺は結局、話をした翌日にチェックしていたダブルベッドを2人で買いに行った。その行動力には、流石に彼女から白い目線を貰って肩身が狭い思いをした。
―――あれから、彼女は随分と前向きになった。彼女は会社を退職してからずっと、アロマセラピーの資格の勉強をしていたらしい。そして資格を取得した後は、調香に関することを学ぶ為に専門のスクールにも通い出していた。今回のことがあるまで知らなかったのだが、儚はあのよく効く鼻をいかして、アロマに関する仕事に就きたくてずっと努力していたらしい。
それもようやく報われて、アロマを扱っている店で働かせてもらえるようになったようだ。
彼女はどんどんと変わろうとしている。昔の塞ぎこんだ様子は見られず、辛いことがあっても少しながら相談してくれるようになった。
そんな儚が働き始める前に、長く考えていたことを伝えようと、仕事が決まった日に2人向き合い腰を据えた。彼女は、その改まった雰囲気に少し戸惑っているようだったが、素直に何も言わず従ってくれた。
「ずっと考えていたんだけどさ…。ねぇ儚。
嬉しいときは素直にうれしいって言っていいんだよ?楽しいときは楽しいって笑ってさ」
「…………」
「たとえ誰かがつらい思いをしていたとしても、それは儚のせいじゃないし、その人にしか解決できないことが多いんだよ。むしろ俺だったら、俺が苦しんでいるからと言って儚に遠慮されたらそっちのほうが辛い」
彼女は、俺の言葉を心でゆっくり理解しようとしているように、そっと目線を少し下げ、瞳を閉じた。
これまで逃げていたことと向き合い言葉にしているんだ。多少時間が掛かってもしょうがないだろう。このことを話し合おうと決めた時から、時間がかかる事など覚悟していた。―――しかし、予想より早く心を落ち着けた彼女は「うん、有難う。話し続けてと」促してきた。瞳の中には強い光が見られ、今の彼女なら大丈夫だと感じた。
「人のことをすべて理解しようなんて、不可能だし単なるエゴだと俺は考えてる」
「えっ……」
「勿論、だからって無視していい訳でも、理解しようと努力するのをやめていい訳じゃない。ただ、人はみんな支え合うことは出来ても、その人の人生を変わってあげることは出来ないんだ。大体、痛みや悲しみだけを背負わせる関係なんて、俺は嫌だな。それなら、些細なことでも相談して、一緒に泣いて笑って寄り添うような関係に、俺は儚となりたいと思ってるよ」
「……うん」
頷いてくれた彼女に嬉しくなって、笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
「それに結構人って勝手だからさぁ、遠慮してばかりいたら何時か本当に幸せを失っちゃうよ?」
俺みたいに儚とキスしたいとか、デートしたいとか好き勝手言って、実行しちゃう人間がいるんだから、儚は特に気をつけないと。最後にそう付け足すと、泣きそうな表情をしていた彼女が、やっと笑ってくれて安心した。
少し偉そうなことを言ったようで恥ずかしくなるが、彼女に伝わるものがちょっとでもあればいいと願った。
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仕事を始めるにあたって、彼女の薬指にペアリングをはめさせてもらう。
これを見て少しでも、一人ではないと感じて欲しいという思いもあるが、もちろん虫よけ対策でもある。彼女に結婚を申し込んだ時に、『自信が付くまで、しばらく結婚は待って欲しい』と言われていたが、未来の話をしたのは正解だったようだ。
少しでも負い目を感じずに、俺が本当に必要としているのだと、実感してくれればいい。そうすれば、俺も自信を持って彼女を守ることが出来る。朝の陽ざしを受けながら、彼女が初出社するのを見送った。
「行ってらっしゃい、儚」
「うん、行ってくるね。今日のご飯はかつきの好きなもの作るから、楽しみにしていてね。かつきも気をつけていってらっしゃい」
まだ口説き落とせてはいないが、彼女の指に光るのが結婚指輪になるのは。
そう遠くないだろう。
これにて、完結とさせていただきます。
儚は暁(かつき)の手を借りつつ、しっかりこれから歩んでいきます。
時にはかつきを叱りながら、仲睦まじく二人でやっていくことでしょう。
此処までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




