第41話 そうしていつか、ひとつになる
「こ、古海くん……」
賢さんが完全に意識を失った後、私はなんとか古海くんの腕を揺さぶった。
「そ、その人、大丈夫? 死んじゃってない?」
「大丈夫、気を失ってるだけだよ」
「本当に?」
「琥珀くん、大丈夫だ。息はある」
体を起こした響さんがそう言うのを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろす。
「神崎さん、僕がうっかりこの人のこと、殺しちゃいそうだって思ってたの?」
「え、うん。だって古海くん、この人のこと大嫌いでしょ」
当たり前のことだと思ったのでそう言うと、古海くんはなんだか微妙な顔をした。何故か響さんが同時に吹き出す。
「まあ、お前がさっき暴走しかけたのも、この男が余計なことを言ったせいだしな。琥珀くんの理解は全く間違っていない」
「うるさいよ。ちょっと……頭に、血が上っただけだから」
「そのちょっとで人を殺してしまえるのがお前なんだ、蓮。気をつけろ」
淡々とした声だからこそ、その言葉には重みがあった。なんだか責められている気がして、私は咄嗟に古海くんの前に出る。
「だ、大丈夫です! 古海くんが暴走しちゃっても、私が止めます!」
「神崎さん」
「ね! 名前呼んだら、戻ってきてくれるんだもんね?」
ぱちぱち、と目をしばたたいた古海くんは、私と手を握ったまま、ほんのりと笑った。
「うん、戻るよ。だから……だから、ずっと一緒にいてね」
「うん!」
響さんが今日に眉を片方上げて、私と古海くんを交互に見る。
「お前たち、もしかして、収まるところに収まったか?」
「へ?」
「何が?」
「いや、だから、恋人同士になったのか?」
「はっ!?」
あまりにくっきりはっきり言われて、私の思考がびたっと止まった。答えられないでいるうちに、古海くんがあっさりと頷く。
「そっか。好き同士だったら、恋人になってもいいんだ」
「えっ」
「じゃあ、神崎さん、僕と恋人になってくれる?」
「へっ!?」
「だめ?」
「いやだめとかじゃなくて! なんか、なんか、展開早くない!?」
「そう? 早いなら、待つけど」
いや、そういうことでも、ない気が……!
頭の中でぐるぐると色んなことが駆け巡って、私は黙り込んでしまった。すると不意に、古海くんが何かに気づいたように目を伏せる。
「あ、でも、これ、だめかもしれないね」
「へ? 何が……?」
「僕たち、普通の従兄弟じゃないから。僕の親同士は血が繋がってて、神崎さんは、同じように血の繋がった兄弟の、子供なわけだから……血が、近すぎるかも」
あ、と私は口を開けた。それは、響さんも気にしていたことだ。
「あの、それなんだけど……」
「琥珀!」
そのとき、私の名前を高く呼ぶ声がして、反射的に振り返った。
そこには、なんとか自力で歩けるようになったらしいお母さんと、あの学ランの人の姿があった。
「お母さん!」
「待って、神崎さん、あいつ……」
古海くんが私の腕を掴んで、学ランの人を睨みつける。私は慌てて手を振った。
「あ、そうだ、違うの、あのね……」
急いで、あの学ランの人が幽霊であることや、お母さんを助ける手助けをしてくれたことを伝える。顔をこわばらせていた古海くんは、その言葉でほっと息を吐いた。
「なんだ、そういうこと」
「そう、それでね、あの、さっき古海くんが気にしてたことなんだけどね、多分大丈夫なんだ。お母さんね……」
そこで、お母さんと賢さんの血縁関係について説明する。途中でこちらに追いついたお母さんからも、賢さんとは従兄弟同士だと断言してもらえた。つまり、私たちは従兄弟ではなくて、はとこだったというわけだ。
響さんが納得した様子で頷いた。
「なるほど、それなら血が近すぎるとも言えないな」
「じゃあ、僕ら、恋人になっても大丈夫、ってこと?」
「そう! 多分!」
「神崎さん、僕の恋人になってくれるの?」
「へっ」
話が戻ってしまって、はたと動きを止める。古海くんは私のほうをじっと見て、目をそらそうとしない。
「い、今、言わなきゃダメ?」
「できれば。僕、すぐに返事が欲しいタイプみたい」
「そ、そっか」
私はお母さんたちのほうをちらりと見る。この状況で? 本当に?
すると、お母さんは何かを察したのか、よろめきつつも響さんのほうに行って、賢さんを縛り上げたり、響さんと協力して警察やら何やらに連絡をし始めた。ぐっと親指を立て、ジェスチャーで「こっちは任せな」と教えてくれる。
なんかすごく恥ずかしいけど、正直ものすごく助かる。
「こ、古海くん、こっち!」
不思議そうな顔をしている古海くんを引っ張って、響さんとお母さんから距離を取った。そのまま、目を丸くしながらもついてきてくれた古海くんを見上げて、口を開く。
「あの、あのね」
「うん」
「古海くん、私のこと、好きなんだよね……?」
「うん、好きだよ。足りない? また証明しようか」
ぐっと顔が近づいてきて、私はぶんぶんと首を横に振る。
「足りてる! 足りてるから!」
「そう?」
すっと離れた古海くんを、恨めしい気持ちで見上げる。
「古海くん、もしかして、からかってる?」
「神崎さんが可愛いから」
さらっと言われて、どぎまぎしてしまう。こんなこと、簡単に言う人だったっけ?
掴まれている手が熱い。心臓が痛いくらいに鳴っていて、今すぐここから逃げ出したい気持ちになった。だって、だって。
だって、本当に可愛いものを見るような目で、見られるのは困る。
「あの、私、私も……」
「うん」
「私も、好きだよ、古海くんのこと」
「うん」
「だからね……」
私は息を吸った。見上げた先に、互い違いの瞳が見える。
「恋人に、なって、ほしいなって……」
「……ふふ」
薄く笑ったかと思うと、急に真正面から抱きしめられる。
「わっ、ちょっと、古海く……」
「好きだよ、神崎さん」
吐息が耳にかかって、私は息を止めた。温かな体温が、本物の古海くんが戻ってきてくれたことを伝えてくる。
「僕がおかしくなったら、僕の名前を呼んで。お願い」
「わ、わかった」
「今、呼んで」
ぎゅうぎゅう抱きしめられながら、私は甘えてくる古海くんの背に手を回した。
「蓮、くん」
「ふふ、うん、琥珀ちゃん」
「どっか、行ったら嫌だよ、蓮くん」
今度は、古海くんが息を詰める音が聞こえた。
「どこにも行かない」
きっぱりと言って、私の髪に顔をうずめる。
「どこにも行かないよ、約束する……」
その声がずいぶん温かくて、古海くんの手が、ずいぶん、熱くて。
私は、古海くんの肩に顔を押しつけて、ぼろぼろと泣いてしまった。
古海くんは、私が泣き止むまでずっと、私を抱きしめ続けていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
「古海くんはちょっとおかしい」はひとまず、これにて完結となります!
全然この後もこの2人は前途多難だと思いますが(恋愛偏差値が低すぎて)、なんとか結婚とかまで持っていってもらいたいですね。自分で書いておいてなんですが、ここまでやったのに結婚しないのは嘘だろと思っています。
小学生を主人公にしたのは初めてでしたが、楽しんでいただけましたら幸いです。星やスタンプ、感想などいただけますと、非常に励みになります!




