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第19話 古海蓮には家族がいる

本当に久しぶりの更新になりますが、ここから後編開始になります!絶対に意地でもハッピーエンドにします



 イサーンお兄さんは、それからすぐに私たちを古海こかいくんの家に連れて行ってくれた。その間ずっと、私はイサーンお兄さんに抱えられながら、自分の部屋から取ってきたものをぎゅっと握りしめていた。


 古海くんの家は、私の家から割と近くにあった。周りに並んでいる家よりもちょっと大きくて、家の前にある駐車場に、車とバイクが停めてある。


れんくん、鍵を」

「うん」


 古海くんはうなずいて、すぐに家の扉を開けてくれた。


「ただいま!」

「ただいま戻りました! 古海さん、いますか!?」


 そのときちょうど、奥からぱたぱたと駆け寄ってくる足音がした。


「ようやく帰ってきた! れんってば、ここ最近いつも遠回りして帰ってくるんだから。好きなことに夢中になると時間忘れちゃうの、古海さんそっくり!」


 ピアノのような高い声と共にやって来たのは、ひびきさんじゃなかった。

 全然知らない、二十歳くらいの女の人だった。


 最初に、透き通った真っ白な髪が目に飛び込んでくる。いや、銀髪だろうか? 背中まである長い髪を一部だけお団子にしていて、しかもそれが猫耳みたいになっていてすごく可愛い。

 髪だけじゃなく肌も真っ白なその人は、本当に美人さんだった。目はぱっちりしていて、ほっぺたがほんのり桃色をしている。多分メイクとかはしてないと思うけど、それでも十分綺麗だった。


 すらっとしていて背も高い。響さんと同じくらいはありそうだ。可愛いエプロンをつけていて、手にはおたまも持っている。料理中だったのかもしれない。


「まったく、何をそんなに寄り道することがあるの? 今日はイサーンくんが迎えに行ってくれたからいい、け、ど……」


 女の人は玄関先に立つ私たちを見て、正確には、イサーンお兄さんに抱えられている私を見て、はたと足を止めた。大きな瞳がだんだんと見開かれて、ぽかんと口も開けている。


「イサーンくん、その子、誰?」


 ちょっと硬い声で聞いてくる。私の頭上で、真面目な顔をしたイサーンお兄さんが「えっとね」と口を開いた瞬間だった。


「この人は神崎かんざきさんで、僕の友達。だから、イサーンにいは浮気してないよ、ニコねえ


 古海くんの言葉に、女の人がびしりと固まった。そしてすぐにくわっと口を開く。


「イサーンくんは浮気なんてしない!」

「そうだけど、今のニコねえちょっと疑ったでしょ」

「疑ってない! 蓮、わたしをなんだと思ってるの?」

「イサーンにいは絶対に浮気しないって信じてるけど、知らない女の子をお姫様だっこしてるとこ見たら、二割くらいは不安になっちゃう人」

「本当になんだと思ってるの!?」


 ニコねえと呼ばれたその人を見る。もしかして、この人が古海くんのお姉さんで、イサーンお兄さんのお嫁さん?

 彼女はひたいに手を当てて頭が痛そうな顔をした。


「そういうデリカシーがないところ、本当に古海さんにそっくり……! 直したほうがいいよ、れん

「響さんよりはデリカシーあるよ、僕」

「あの人よりなかったら問題なの」


 目のはしっこを吊り上げて、お姉さんは怒りを無理やり押さえつけたような声を出した。ちょっと、おこり方がイサーンお兄さんに似ている。


「それで? イサーンくん、なんでその子、ぐるぐる巻きなの?」

「詳しく話すと長くなるから……とりあえず中に入ってからでもいいかな、ニコちゃん。この子、今すごく体温が低くて」

「えっ、もしかして具合でも悪いの?」


 ぴょんと飛び上がるようにして私の顔を覗き込んでくる。みるみるその顔が驚きに染まった。


「ちょっと、唇真っ青……! 早くストーブの前に連れて行って! わたし、スープ持っていくから!」


 ぱたぱたと部屋の中に戻っていく女の人を見て、古海くんたちも後に続く。


 リビングに着くと、お姉さんがストーブの前に毛布をしいて、もこもこのクッションを置いていた。


「ここに座らせてね、イサーンくん。わたし、スープ取ってくる」

「うん、お願いね、ニコちゃん」

「まかせて」


 しなやかな猫みたいな動きでキッチンに戻っていったお姉さんは、すぐにカップに入ったスープを持ってきた。トマトのいい香りがする。ミネストローネだ。


「これ、飲める? 持てる?」


 頷こうとして、がちがちと歯が鳴ってしまう。それに、ぎゅっと握っていた手が固まってしまって開かない。

 お姉さんは痛ましそうな顔をしたけど、すぐにぱっと後ろを振り返る。


「蓮、この子にスープ飲ませてあげて。手が動かないみたいだから」

「えっ、わ……かっ、た」

「何があったかは大体想像がつくけど、今のあなたは冷静だよね? だったら問題ないよ。ほら」


 スープカップとスプーンを持たされて、古海くんはちょっと困った顔をした。私はなるべく微笑みを意識しながら、「気にしてないよ」という意味で首を横に振る。何が起こったかはよく分かってなかったけど、あれは古海くんのせいじゃない。


 古海くんはおずおずと私の前に座ると、ぎこちない動きでスープをさまして、私に差し出した。私はなんとか口を開けて、それを飲み込む。

 温かさと一緒に、酸っぱすぎないトマトの味がした。ほっ、と吐いた息がちょっとだけ温かい。


「熱くない?」

「だ、いじょうぶ。おいしい……」


 古海くんはちょっとだけ、ほっとしたみたいに笑った。私の口はまだうまく動かなくて、スープを飲むのも本当に遅かった。それでも、古海くんは根気強く私にスープを飲ませてくれていた。

 カップの中身が半分くらいになったところで、私の体がようやくほぐれる。ほうっと息を吐いた瞬間、指がほどけて、ばらりと広がった。


 あっ、と声を上げた私の手から滑り落ちたそれを、古海くんが危なげなくキャッチした。


「あ、ありがとう、古海くん」

「ううん。でも、神崎さん、これ……」


 古海くんは私が部屋から持ってきたそれをしげしげと見つめた。銀色の小さくて薄い板が二枚、同じく銀色のネックレスチェーンに繋がっている。


「これ、ドッグタグだよね?」


 やっぱり知ってるんだ。そりゃそうだよね。響さんが付けていたんだし、知っていたっておかしくない。

 私は声が震えないように、どうにか冷静ですよという雰囲気を保って、言った。


「それ、お父さんの形見かたみなの」

「え……」


 古海くんが目を見開いたのと、リビングの扉が前触れなく開いたのは同時だった。


「ニコくん、すまない、今日の夕飯は後で……」


 すさまじく顔色の悪いひびきさんがリビングに顔を覗かせ、目の前に座っている私を見て、目を丸くした。

 きっかり二秒ののち、眉間をぐりぐりと揉んだ彼は、掠れた声を出す。


「……なぜ、琥珀こはくくんの幻覚が……?」

「幻覚じゃないよ、ひびきさん」

「こ、こんばんは、お邪魔してます……」


 ぺこりと頭を下げる。ぽかんと口を開けた響さんに、イサーンお兄さんがキッチンから声をかけた。


「あ、古海さん、起きましたか? ニコちゃんがミネストローネとサラダ作ってくれましたよ」

「あ、ああ……いや待ってくれ、どうして琥珀くんがここに……」

「あれ、古海さん起きたの? ってうわっ、何その格好! ちょっと戻って。着替えてきて。女の子の前で休日のおじさんみたいな格好しないでっていつも言ってるよね?」

「いや、それより琥珀くんのことを……」

「それよりじゃない!」


 ぴしゃりとお姉さんに言われて、響さんはすごすごと部屋に戻っていった。すぐに着替えて帰ってきたけど、またしてもお姉さんにくどくどと説教をされながら食卓につく。


「ほら、蓮たちもこっち来て。とりあえずご飯にしたほうがいいでしょ?」


 お姉さんが柔らかい声で私たちを呼んだ。さっきのとんがった声は響さん限定みたいだ。

 私は毛布にくるまりながら、古海くんに連れられて、食卓の空いているところに座った。

 机にはミネストローネとサラダと、ミートソースのパスタがあった。お姉さんにフォークを渡される。


「食べられる? 嫌いなものある?」

「な、ないです。全部おいしそう」

「本当に? 嬉しいなあ〜、イサーンくん以外、誰もそういうこと言ってくれないんだもん」

「そう、なんですか?」


 思わず古海くんを見る。意外だった。古海くんはそういうの、結構言ってくれそうなのに。

 すると、古海くんが不思議そうな顔でお姉さんを見る。


「わざわざ言わなくても、ニコねえの料理は毎日美味しいよ」

「あのね、それは、わざわざ言うものなの。当たり前にいつも美味しいから何も言わなくていいなんて、そんなわけないでしょ。蓮が心の中で感謝してても、わたしに何も言わないんじゃ、ないのと同じなの」


 私はちょっと感動した。すごい。あの古海くんを真正面から説教している。

 私なんか、古海くんに何か褒められたら、内容そっちのけで嬉しくなっちゃうのに。


 すると、古海くんは少しぱちぱちっとまばたきしてから、素直に頭を下げた。


「いつも美味しいご飯をありがとう、ニコねえ

「よろしい」


 ふふん、という顔をして、彼女は古海くんにもフォークを渡した。本当にお姉さんだ。


「……それで?」


 料理を食べながら、響さんが物言いたげにお姉さんを見つめた。


「何がどうして、琥珀くんがここに?」

「分かんない。帰ってきた二人をニコがお出迎えしたら、一緒にいたんだもん。イサーンくんたちが連れてきたんだよね?」

「そうなのか? 母親の許可はもらってるのか?」


 その言葉に、私はフォークを取り落とした。カラン、と食卓に転がったそれを見て、古海くんがぎゅっと手を握ってくれる。


「僕が話すよ」


 情けないことに、私は頷くしかなかった。実際、私も何が起きていたのか何も分かっていない。かろうじて、お母さんがいなくなってしまったことだけを覚えている。



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