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第49話 失恋

 俺の名前は慎二(しんじ)。思春期真っ盛りの中学二年生だ。

 今日はとんでもない事が起こってしまったんだ。俺の愛しの人であり、学園のアイドルである獅童水美ちゃんを駅前で見かけてしまったんだ。


 すっっっっっっげえ美人と一緒にいた。いやもうびっくり。でももっと驚いたのは、水美ちゃんがすっっっげえオシャレしてた事だ。


 木の影から二人を観察していると、色々な事が分かった。


 まず一つ。二人はすっっっっっっげえ仲がいい。水美ちゃんは家の話をほとんどしないらしいけど、多分姉なのだろう。


 そして二つ目……二人は誰かを待っているようだった。移動する気配が無かった。しかも、ここは待ち合わせ場所として人気なのだ。


 最後に三つ目……恐らく、相手は“男”だろうと言う事だ。


 そうしてしばらく待っていると、何人かの男が近づいてきた。まさかこいつらが……とは思ったけど、違ったらしい。すっっっっっっげえ美人な姉が追い払おうとしていた。しかし、男達は愚かな事に引こうとしない。



 ……ふっ。これは俺の出番かな? とも思ったが、無理だ。複数の男相手に勝てる訳が無ぇ。


 俺はただそれを見ているだけだった……その時だ。



 一人の男が現れた。すっっっげえイケメンで、でもチャラい感じはしない。雰囲気がもうイケメンだ。


 そのイケメンの後ろに水美ちゃんは隠れた。……おいおい。学校で見せるような顔じゃねえぞ、あれ。


 ところが、それ以上に驚く事があった。思わず顎が外れそうになっちまったよ。


 そのイケメンは、なんと姉の方に熱烈なキスをして、あろう事か水美ちゃんのおでこにキスをしたんだ。


 思わず叫びそうになったね。しかも、その後もイチャイチャイチャイチャと。怒りを超えて呆れを超えて砂糖を吐きそうになったね。


 そして、そのままイチャイチャとしたまま三人はどこかへ向かうようだった。近くに大きめのショッピングモールがあるからそこだろう。


 俺は、元々行く予定だったヒトカラを諦めて三人を尾ける事にした。



 行きながらも三人はイチャイチャイチャイチャしていた。飽きねえのか。飽きねえんだろうな。


 しかも、二人とも完全にメスの顔をしてやがる。対してイケメンは和やかそうに微笑んでる。クソがっ! イケメンめ! 滅びろッ!


 そのまま柱の影からショッピングモールへ入っていくのを観察する。


 そのまま尾けていると、服屋に入っていった。普通の、ブランドなどではないただの服屋だ。


 それにしても……あのイケメン、ずっと二人と手を繋いでやがる。クソっ……俺なんて女子と一回も手を繋いだ事が無いのに!


 水美ちゃんがイケメンに帽子を二つ見せている。

『どっちが良いかな?』とかやってるんだろうか。『どっちも似合ってるよ(イケヴォ)』とかやってるんだろうな!


 ……と思っていたが、イケメンはどうやら白い帽子の方が好きらしい。かー、分かってねえな。そういう時は両方買って…………るな。サラッともう片方の帽子をカゴに入れたな。

 水美ちゃんが遠慮しようとしているけど、それより早く美人な姉の方がイケメンの肩を叩いた。


 連続で『どっちが似合う?』とかああああああああ! 羨ましい! というかあのシャツやばくね? 生地うっっすいし……その、首周りがゆるゆるなんだが。

 え? あれ着けるの? え?


 イケメンも動揺しているらしく、顔を真っ赤にしていた。……くそっ! その表情かおで何人の女を堕としてきたんだよ!

 あ、水美ちゃんも顔真っ赤だ……可愛い。でへへ。


 そして、姉の方はどうやら試着するらしい。服とズボンを持って、中へと入った。


 しばらくすると……イケメンが中の姉と話し始めた。かと思えば、頭を中に入れやがった!?


 いやいやいやいや。あんな顔してやっぱヤリチンなのかよ。俺は無害ですよオーラ出しといて。


 ……って事は水美ちゃんも…………いやいやいやいや! さすがに無いだろ!! あの男子と話はしても決して体は触れさせないで有名な水美ちゃんだぞ! 俺もサラッと手を握ろうとして避けられたんだぞ!(泣)


 ……でも、水美ちゃん。あのイケメンに抱きついてたよな。キスをされても嫌な顔をするどころかめちゃくちゃ嬉しそうだったよな


 少しして、イケメンは顔を出した。そして、バッと辺りを見渡した。


 ……やべ、目合った。大丈夫だよな? バレてないよな?


 咄嗟に近くの服を適当に取って、見ていない振りをする。……数十秒ほどして目を向けると、イケメンは水美ちゃんと話していた。何を話しているのかは分からない。


 その後は同じような光景を小一時間見せ続けられた。


 服を試着して、イケメンが褒めて、姉または水美ちゃんが喜ぶ。それで特に気に入った服はカゴに入れる。


 よくうんざりしないなと思い始めた時だ。イケメンはカゴを持って会計へと向かった。



 ……ふーん。全部イケメンが奢るんだ。へー! お金持ちで羨ましいね!


 水美ちゃんは驚いた様子でイケメンを止めようとしたが、姉に連れ去られていった。やべ、近い。


「で、でも、あんなにたくさん……ダメだよ。お金無くなっちゃうよ。姉さん」

「ふふ。大丈夫だよ、水音も私もあんまりお金は使わないから。自由に使っていいお金はいっぱいあるから。今日ぐらいはね」


 ……なるほど。あの男はみなとって言うのか。それで、やっぱりこの人は水美ちゃんの姉か。


「生活費までは使わないし、その辺は水音も弁えてるから大丈夫だよ」


 んん? ……生活費?


 まさか……とは思うが、あのイケメンと水美の姉は同居……同棲してる?


 もうちょい盗み聞きをしたかったが、もう二人は店の外に出ていっていた。バレる訳にはいかないのでまだ店からは出られない。


 しばらくして、あのみなととやらは水美ちゃん達の所に行った。水美ちゃんが荷物を持とうとしたが、断っていた。……イケメンがよお!


 そして、その後はまた三人で仲良く手を繋いでどこかへ向かったようだ。今度は水美ちゃんが真ん中だ。


 俺はバレないよう、少し距離を離しながら尾ける。……三人共楽しそうだな。対して俺は……やめだやめ。考えるのは無しにしよう。


 そうして向かった場所は……し、下着店!?


 しかも、あの様子だと水美ちゃん達は二人してみなととやら……めんどくさいからイケメンでいいや。イケメンに着いてきて貰おうとしてたのか!?


 しかし、イケメンはどうやら断ったようだ。……? なんで? ヤリチンじゃ無いの? 『俺色に染めてやるぜ(イケヴォ)』とかやらないの?



 クソっ、これもモテる秘訣なのか。どうなんだ!


 ……いやしかし。それにしても……もしかしてこれってチャンス?


 学園のアイドルであり愛しの水美ちゃんがどんな下着を買うのか気にならないわけ――


「なあ、君。ちょっといいか?」




 ひっ、と声が出た。


「最初は気のせいだと思ってたんだけどな。だが、ここまで着いてきてるなら“クロ”だと思ってな」

「ど、どうしてバレて……」


 思わずそう声を出してしまった。これだと自分からバラしたようなものだと言うのに。


「ああ。俺は昔から視線に敏感でな。特に、自分の大切な人に不躾な視線を向けるような奴にはな。水美の知り合いか?」


「ひっ」


 やばい。怒らせてる。こんな時どうすればいいか。そうだ、アニキの真似だ!



「すいませんでしたああああああああああああ」


「あ、ちょっと、待て!」


 そう叫びながら、俺は全力疾走をした。脇目も振り返らず、ただひたすらに走る。


 アニキは出会いを求める度にしょっちゅう色んな場所に行く。当然危険な目にも逢う訳だけど、こうすれば大抵は逃げられるらしい。


 ……そして、実際逃げ切る事は出来た。



「はぁ、はぁ。……ああ、クソ。帰宅部に走らせんじゃねえよ。アニキ」

 ここには居ないし、そもそも叫びながら逃げろなどとアドバイスをされた訳でもない。勝手に真似をしただけなのだが、どうしても悪態が口をついて出た。


「ああ……クソ」


 どうしても頭がイライラする。分かってた。分かってたはずなのに。


 アニキも言ってただろうが。


『可愛い子ってのは彼氏が居るんだよ! 特に男の扱いが上手い奴はな! そういうのに俺の魅力を分からせるのが良いんだよ!』


 とか何とか……バカ言え、アニキ。彼女出来たことすら無えだろうが。



 それに……


「ああ、クソ。あんな良い男、勝てっこ無えだろうが」



 イケメンだ。確かにイケメンだったが、アニキの言う通りだ。


 だけど、よく見れば、顔はそんなにイケメンじゃ無かった。静かな、どっちかと言えば根暗そうな顔。


 ……でも、髪型と服。それとオーラがものっそいイケメンだった。それに釣られて顔までイケメンに見えてたって訳だ。


 イケメンは努力すればなれる。本当にその通りじゃねえかよバカアニキ。




「……はあ」



 時間が経てば経つほど冷静になってしまう。現実を受け入れてしまう。




 たまらずスマホを取り出した。連絡先から電話番号をタップする。


「おお、どうした。慎二。カラオケ行ってるんじゃねえのか?」

「アニキ……聞いてくれよ。俺、失恋したんだ」


 ポツリとそう言うと、アニキは笑った。


「なに笑ってんだよ」

「悪ィ、俺なんざ毎日毎週失恋続きだぜ? 今どこに居るんだよ」

「ショッピングモール。隣町の」


 ああ、とアニキが考える様子を見せた。


「おっしゃ、待ってろ。一緒にカラオケ行って発散すんぞ。そんじゃ今向かうぞ!」

「お、おい、アニキ」


 そう声をかけるも、ツー、ツーと電話は切られた。



「……なんだよ、もう。ああ! こうなったらアニキの金で思う存分歌ってやる!」



 床をダンと踏みしめ、そう叫ぶ。辺りの視線なんざ知らねえ。アニキを見習え。







 ……結局、アニキは財布を持ってくるのを忘れて俺が奢るはめになった。クソがっ!

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