15:痕跡の追跡
クロがフューリーへと帰還し、少し遅れてミリィが帰還を果たした所で、ウルグから降りたミリィにクロが声をかける。
「ミリィ。私達にいい所を見せようなんて気張る必要はないんだよ。スライムに取り込まれた時は本当に心配したんだからね?」
腰に手を当てたクロがミリィに向かってそう言うと、彼女は肩を落とし、頭頂部にある藍色の毛に覆われた耳をぺたり、と折りたたみ肩を落とした。
「うぅ。ごめんなさいなの」
命の危機を前に酷く反省したのか、反論することも無く頭を下げたミリィに、クロは朗らかな笑顔を浮かべる。
「まぁ。全部が全部無駄なわけじゃないから。ミリィが突撃しなかったら、今もあのスライムと戦ってたかもしれない」
「そうなの! ミリィのおかげなの!」
一転、目をキラキラと輝かせ、胸を張ったミリィに、クロは彼女の頭に手を置き、額に青筋を浮かべる。
「でも、危ない目にはあったよね?」
「ゔぇ⋯⋯もう勝手には突っ込まないの」
「ま、無事でよかった。けど、今回はスライムの核が移動しなかったね?」
「それはミリィの魔法のおかげなの!」
えっへん、と再び胸を張ったミリィはさらに続ける。
「ミリィの魔法は“認識阻害”なの。例えば⋯⋯」
「ミ、ミリィ!? 腕が!」
軽く彼女が右腕を振るうと、その先から徐々に砂となって消える。
「安心して欲しいの。これは幻覚みたいな物なの。見えてない場所で触れば感覚はあるの」
ミリィはそう言いつつその姿を完全に消すと、クロの背中へと回り、驚かせるために両手を大きく上げる。
クロの履くスカートが指に引っかかり、その裾が持ち上がる。
「は?」
素っ頓狂な声を上げたミリィの視線の先には、スカートの下に履かれた厚手の短パンが。
「クロねぇ。これは無いの」
「クロ。また?」
「なんで私が怒られる流れになってるの!?」
きゃあ、と甲高い声を上げたクロはイリスにより足を払われてバランスを崩し、背中を支えたミリィによって魔力封じの錠を手首にかけられ、連行されて行った。
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「ふむ。どうやらあそこも瘴気が溢れているようだね」
司令室内、自身の席で顎に手を置き、感慨深そうに頷いたネメアの視線の先には、赤黒い瘴気の霧が立ち昇っていた。
「あそこはゲイト族の村がある場所なの!」
「あんな霧の中に村が⋯⋯?」
「獣人の中には気性が荒いせいで他のみんなと仲良くできなかった部族も集まって村を作ってる事も珍しく無いの。“獣人”って一言で言っても色んなヒトがいるの」
なるほどぉ、と声を上げた方向にネメアが振り返ると、彼女は驚いた様子で目を見開いた。
「キミがそんな格好をするなんて、珍しいこともあるんだね。いつも緑一色の軍服か、普段着だって黒っぽい服を好むのに」
クロが照れを隠すように赤面し、水色のワンピースの裾を掴んで口を開く。
「ほら。やっぱり私には似合わないでしょ。すぐ着替えてくるから⋯⋯」
その言葉は、ネメアがふるふると首を横に振る事で否定される。
「いいや。そんな時間はないよ。瘴気の影響を知ってしまった以上、見過ごすわけには行かないからね。それに、今のキミの姿も似合っている。これ以上の理由はないね」
「という事は⋯⋯?」
「キミの想像通りさ。さ、気が変わらないうちにこの村の調査に向かうと良い。ボクは溶解したウルグの修理が⋯⋯」
残っているからね、と言いかけたネメアの言葉を遮り、再びけたたましいサイレンがフューリーの中で響き渡る。
「何事かな?」
ネメアの席の右斜前に座るレミが声を上げる。
「現在、先程観測したスライムと同じ波形の魔力を有する者が後方から急速接近。このまま振り切ることも可能ですが、まっすぐ突き進むと善方に魔力反応多数り恐らく、先ほどのお話にあった通り、獣人たちの暮らす村があると思われます!」
状況を報告したレミの声に同意したシフイは頷き、クロに司令を出す。
「ふむ。状況は理解しました。であれば、クロ・リュミナーレ! 並びにイリス。そしてミリィに命じます。後方のスライム達を殲滅後、獣人達への接触を図って来なさい!」
はっ!と敬礼を取ったクロ達一行は格納庫へと戻り、各々自身の夢幻騎兵へと乗り込む。
『しつこいな。さっきのと同じか? ミリィ。あなたの能力が今回の戦場を左右すると思う。今回は私の指示に従ってもらうから!』
『はいなの!』
しばし自身の指先を見つめた後、意を決して真正面を見つめたミリィは魔力を練り上げて魔石に触れると、了解!と声を上げてウルグの歩を進める。
やがて格納庫のハッチが開かれ、ウルグが勢いよく飛び出すと、それに続いてメイメツ、ステラの順に降下する。
『今度こそ、良いところ見せるの!』
『無茶はしない約束だからね? まずは、私とイリスで奴らの撹乱をする。その後、隙を見てミリィが親玉を叩く! いいね?』
『⋯⋯分かったの。少しここで待機するの』
『ふふっ。良いところは全部あげるから、いい子に、ね?』
メイメツがウルグの頭を撫で青白い光に包まれて消えると、クロガネを大上段に振り上げて叩き込む。
ズドン!と鈍い音と共に黄金の光があちこちに蔓延ると、その光に触れたスライム達はその圧倒的なエネルギーに粘液すら残さず湿地帯の霧へと還っていく。
『また核が移動した。位置はフューリーの右斜め前方! イリス!』
声を聞いたイリスは、うん。とだけ返答を返すと、照準を合わせ引き金を引き、冷気をまとった弾丸は薄紅色のきょだいスライムへと迫る。
『クロ。バレてる。次』
イリスの言う通り、巨大スライムは周囲を凍結させながら突き進む弾丸を見留めたかのように全身が溶け、内部の核が足元の水へと吸い込まる。
『場所はわかってる。ミリィ。足元を思いっきり踏んで!』
『え、と、はいなの!』
ウルグが大きく跳躍し、一歩も違わず同じ場所へと着陸すると、パリン!と小気味のいい音を立てて破裂音が響き、次の瞬間には足元の薄紅色の液体がじゅう、と音を立てて霧へと還っていく。
『やっ⋯⋯た? やったの! 大勝利なの!』
『これが“認識阻害”の魔法⋯⋯私でも目視で確認してなかったら分からなかった⋯⋯』
指先でVサインを作り、嬉しげな声をあげるミリィを見つめ、クロは背筋に嫌な汗をかいていた。
『貴様ら! これはどう言うことか、説明してもらおうか!』
クロのかいている冷や汗は、どうやらミリィによる物だけではないようだ。突きつけられた刃物や銃火器の数々を見つめ、彼女は大きなため息を吐いた。




