14:新参者の虚栄心
「まさか丸三日も経って村にすら到着しないなんて⋯⋯こんなに保存のきく食料を分けてくれたハンスさん達になんだか申し訳が⋯⋯」
荒野を抜け出し、木々の生い茂り、数メートル先すら見えないような、真っ白な霧の立ちこめる湿地帯へとたどり着いたフューリーの格納庫で、山積みにされた食料の箱を見てクロが小さくそうため息を吐くと、ネメアがふ、と笑いかける。
「ボクたちの通るルートは打ち合わせた通りだからね。それも見越したうえで、ボクたちに食糧を分けてくれたんだろう。なら、期待に応えてマリスを捕まえないとね」
「ううん。にぃはそこまで考えてないの。これはにぃなりの感謝なの」
「ミリィ! 入ってきちゃったの?」
突然響いた声に振り返って足元を見れば、ロリコーンをデフォルメしたぬいぐるみを胸に抱いたミリィがクロを見上げていた。
「全然警備がいなかったの。ミリィなら忍び込むのも簡単なの!」
角の生えた白馬を力いっぱい抱きしめ、ミリィは胸を張る。
「まあ、艦の中をうろうろする人なんて想定してないから。それよりも、ダメだよ? ここには資材どころか武器なんかの刃物だってゴロゴロしてるのに」
「そんなドジは踏まないなの。クロねぇは心配しすぎなの」
「ク、クロねぇ!?」
あまりにも唐突な呼び方に、ギョッと目を見開いたクロは、ミリィを見つめると、その目はうるうると揺らいでいた。
どうやら、呼び方を訂正つもりはないようだ。とため息を零すクロに、ネメアがうん、と頷いた。
「いつの間にか懐かれたようだね。ギスギスするよりは良いだろう。こうしていられるのも、旅が順調な証拠さ。レミ様も断続的に生身を外に晒さなくて済むようになったし、魔物との遭遇率もグッと抑えられるようになった。もう少しボクの事も褒めて良いんだよ?」
やれやれ、と肩をすくめるネメアに、クロが苦笑いを浮かべつつ頭を下げたそのとき、格納庫内にけたたましい警報が響き渡った。
『各員にに通達。前方に高魔力反応あり。数は⋯⋯え? あ、待ってください。反応、十、二十、四十、倍々に増えてます! 出撃できる方は至急発進を! あ、ご武運をお祈りします』
ブツッと音がすると、それ以上レミの声が響くことはなく、格納庫に居合わせたくろとネメア、そしてミリィは視線を交錯させる。
「倍々に増える、と言うのは奇妙だね。それに、この霧の中だ。目視での魔物の判別は難しいだろう」
「それはそうなの。ここは、にぃたちに言わせれば“試練の森”って呼んでるの。ミリィは忠告したの。どうしてわざわざこんな所に来たの?」
きょとんとした表情を浮かべ、首を傾げたミリィに、ネメアが答える。
「マリスは恐らく影を渡る魔法を持っている。それならこの霧はあまり障害にならないだろう? そして、人目につかずに簡単に移動と補給ができると言うことさ。これでよし。さ。発進準備が整ったよ」
リアと共にメイメツ、そしてミリィの持ち込んだ紺色のウルグの足下にあるハッチを整備していたネメアは、額の汗を出撃拭い取り、指で輪っかを作る。
「クロ。わたしも、行く!」
肩で息をするイリスが格納庫へ入室すると、クロの胸に飛びついた。
「分かった。ただし、さっきも通達があったけど敵の数は未知数だ。何かあったら敵の殲滅じゃなくて、安全確保を優先する事!」
「ん。分かってる。クロこそ、無茶したら、嫌」
「あぁ。ありがと。さて、それじゃあ行きますか」
イリスの頭を撫でた手を離し、自身の頬をペチペチと叩いて気合を入れたクロは、メイメツの胸部を開くと、そこに飛び乗った。
『清浄の姫園隊長、クロ・リュミナーレ。メイメツ。出撃る!』
『同じく。イリス。ステラ。行く』
『え? えと、あ、ウ、ウルグ改。行くなの!』
クロの乗るメイメツが開かれたハッチを真正面に見据え、力強く駆け出すと、それに続いてステラ、そして少し遅れて紺色の狼を摸した夢幻機兵、ウルグが後に続いて出撃する。
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『うわぁ、真っ白だぁ。二人とも、ちゃんと着いてきてる?』
バシャッ!と水飛沫を上げ、沼地へと足を踏み入れたクロは、周囲を見渡してそう声を上げた。
『ん。平気。クロの姿はちゃんと追えてる』
『ミリィも平気なの。真夜中よりはちゃんと見えてるの』
『良かった。それじゃあ私が周囲の探索をするから、二人は少しの間、警戒して貰える?』
『『了解!』』
イリス、そしてミリィの重なった声を最後に、クロは魔力の痕跡を追いかけ始め、その範囲は徐々に広がり、やがて半径三キロメートルを覆う巨大な索敵ドームを作り上げた。
『クロねぇ、凄いなの。こんな広い範囲を探れるヒト、見た事ないなの』
感心したように言ったミリィは、改めて微動だにしないメイメツへと視線をやると、その頭上から薄青色でアメーバ状の身体を震わせた、スライムとよばれる魔物が今まさにメイメツに襲い掛かろうとしていた。
『げっ、クロねぇ!スライムなの! でっか』
その身体はメイメツの体積のは優に超える大きさをがあり、気を取られていたミリィは自身の頭上にも巨大なスライムが木の上から垂れていることに気が付かなかった。
『ん、ミリィ。安全第一』
タン、と大きな炸裂音が霧の中で反響し、次の瞬間にはミリィの頭上に居たスライムは凍りつき、それ以上動くことはなかった。
『お待たせ! どうやら、一体だけトンデモがいるみたいだよ。他のスライムは潰しても切っても再生するし、これじゃあキリがない』
『クロ。どうする?』
『その大きい反応を示してるのが多分他のスライムを操作してるんだと思う。微弱な魔力の糸がこの木々の間にあったから』
メイメツからほい、と軽い声が響くと、ステラの頭上から迫っていたスライムを剣で貫いた。
クロガネに魔力を込めると、黄金の光が小さく破裂し、スライムの体は水の塊となって四方八方へと散る。
『ありがと。それなら、クロ。転移でなんとか⋯⋯』
『いや、もう試したんだけど、私の魔力に反応して反応が移動しちゃうんだ』
だから、と言いかけたクロは言葉を切って周囲を見渡した。
『あれ、ミリィは?』
『ここなの! あ、んーと、上なの!』
声の示す通り上を見上げると、ミリィの駆る紺色のウルグが人の形態を取り、腕を元気よくブンブンと振っていた。
『見つけたの! アレが親玉なの!』
ミリィの視線の先には、彼女の駆るウルグの三倍はあろうかと見られる、巨大な薄紅色のスライムの姿があった。
『いいとこ見せるの!』
『あっ、ミリィ!? 独断での行動は!』
クロの制止は届かず、狼の姿へと変形したウルグは、足元の枝をしならせ、反発力を利用して一直線に巨大スライムの中心へと突き進む。
『でえええぇい!なの!』
焦る声を出したミリィの向かう先、薄紅色のスライムの中心に吸い込まれると、ウルグはその動きをピタリと止めた。
『⋯⋯やっちまったの』
諦観の籠った声を出したミリィの乗るウルグは、身動きが一切取れず、その表面を見れば、徐々に酸性の体液によって融解させられていた。
『イリス。力を貸してくれる?』
こくりと頷いたステラの身体は分解し、メイメツの装甲へと重なった。
蒼い装甲を身に纏ったメイメツは肩から掛けた長銃を構え、照準を覗き込む。
「クロ。今回はわたしがやる」
「分かった。それが良いと思う。アイツの意識は今、ミリィに向いてるはずだから、下手に飛び込むより長距離狙撃が合ってると思う」
言いながら、クロが自身にまとわりついていた触手への魔力供給を止めると、触手は天井へと格納され、メイメツの主導権はイリスへと移る。
「魔力、足りない」
「このタイミングで!?」
オロオロ、と手を右往左往させていたクロに、イリスは少しだけ怒気を含んだ声と冷たい空気を放出する。
「クロ。はやく」
ごくり、と固唾を飲んだクロは、恐る恐るイリスへ口付けを交わし、魔力を流し込む。
青白い閃光が迸り、クロの魔力がイリスの中を駆け巡ると、それを吐き出すようにメイメツの構えた長銃の弾丸へと注がれた。
眩い閃光と共に打ち出された弾丸は薄紅色のスライムへと直撃し、その身体を凍結させる。
「ん。今行く」
メイメツは青白い光に包まれ掻き消えると、次の瞬間には薄紅色のスライムの真正面へと現れ、クロガネの柄で強打する。
パリン!と氷の割れる音が響き、中から飛び出たウルグを抱え、スライムの再起不能を確認すると、クロが小さくため息を吐いた。
『ミリィ。後でお説教だから』
『うぅ。はいなの』
反省したように肩を落としたウルグは、メイメツによってフューリーへと連行されるのだった。




